08
食事を終えると、私とキールさんは準備を整えて宿屋の前に集合した。すでに日はとっぷりと暮れており、明かりがなければ何もみえないような漆黒に包まれている。空を見上げると、朝までは快晴だったにも関わらず、雲に覆われて月は見えない。ほぅ、とどこか遠くでフクロウの声が聞こえた。虫たちの大合唱が聞こえてくる。風が吹くと少し肌寒い。
私は手を合わせて光魔法を唱えた。オレンジに近い光が固まりとなって私の手から離れると、ふわふわと私たちの周りを照らす。これで夜道も歩きやすいはずだ。若干の炎魔法も込めたので、この光の近くにいるだけで少しあたたかいはずだ。
「酒場の女の子が言うには、狼のモンスターってことですよね?」
たずねると、神妙な面持ちでキールさんがうなずく。
「狼のモンスターとなると、下級モンスターから上級モンスターまで様々いるのが少し厄介ですね」
「こんな人里に降りてくるとなると、下級モンスターだと思いたいところですね」
下級のモンスターだとすれば、私の魅了<チャーム>の能力さえあればきっとすぐに無力化できる。一方、そうでなかった場合、2人のみということも考えると、苦戦が強いられる可能性は大いにある。いまだこの町に直接的な被害がないところをみると、どちらとも判断がつかない。狼のモンスターは上級になればなるほど頭が良いと聞く。この町をどう襲うかという算段をつけている段階だからこそ、まだ被害がないだけかもしれない。
「冒険者ギルドに所属してから、人里に狼のモンスターが出てくるなんて話は初めて聞きました。用心するに越したことはありません」
私も気を引き締めなければ、と心の中で強く思う。これまでのパーティの中で、私は非戦闘員だった。ノエルを含め、頼もしい前衛が2人もいたからこそ、私は補助魔法に専念できたのだ。今は私とキールさんの2人だけだ。これまでパーティを組まず、1人きりで戦ってきたキールさんと一緒だからこそ、私が邪魔しないように、自分の身は自分で守りつつ戦わなければならない。私の思いに呼応するかのように、頭上の光が強さを増した。
「とりあえず、町の周りをぐるっと周ってみましょう」
何か痕跡が残っている可能性もありますし、とキールさんが提案する。うなずいて、キールさんの先導のもと私たちは歩き出す。
夜の町は、しんと静まりかえっていた。酒場と宿屋は先ほどまでは賑わっていたが、モンスターの噂もあり、皆早めに切り上げて帰ったのだろう。まるで誰もいないような、そんな感覚さえ味わう。
キールさんも何も話さない。私の前を歩きながら、気配を探しているようだった。私が戦えない分、キールさんが気を張っているようにも感じた。私が足手まといになるわけにはいかない。私だって、キールさんの力になりたい。私も、できるだけ気配を研ぎ澄まして歩みを進めた。
一周、町の周りを歩いてみたが、特に異常は見受けられなかった。モンスターの痕跡らしきものも見つけられず仕舞いだ。これでいい、と思うのが半分、少し拍子抜けした気持ちも半分で、気が抜けかける。
「最後に、教会の近くに行ってみましょうか」
唐突に、キールさんが言う。たしかにこの町には教会があったような気がするが、特にモンスターがいるようにも見えなかった。
「教会に行ってどうするんです?」
「セシリアさんの住んでいたところでは、「聖女」の「宝珠」はどこに安置されていましたか?」
「……教会、でした」
答えると、キールさんは静かにうなずく。宝珠は「聖女」より賜ったとされている。力なき人々を憐れみ、守るための宝珠は、「聖女」の力を後の人々に伝えるために教会などの施設に置かれていることが多い。何年かに一度、宝珠を直に見ることのできる機会があり、人々は「聖女」の加護が与えられると信じ、教会へと足を運んでいた。教会に長蛇の列が並ぶ光景をみると、またこの年がやってきたのだと感傷に浸ったものだった。
「もしこの町の宝珠に異変があるのであれば、モンスターはそこを狙って襲ってくるかもしれません」
町の中心部にある教会に足を運ぶ。町の中では栄えているだろう地区にあるとはいえ、あたりは静かでモンスターの気配はおろか人の気配すらしない。教会の花壇に植えられている花々が、誰もいないのに鮮やかに花開いている。風が吹くと、花々がゆらゆらと揺れた。
「ここも、特に異常はなさそうですね」
あたりを見渡しながら私が言うと、キールさんは渋い顔でうなずいた。そして、教会を見上げる。キールさんの視線の先には、教会の鐘がぶら下がっていた。背景には丸い月が雲の隙間から顔を出している。ざざ、と風が吹き、雲が再び月を隠した。
「モンスターの噂はただの見間違えだったということでしょうか」
「町の人たちが寝ぼけて見間違えたってことですかね? それにしても、何人も目撃者が出るのはおかしいですし……」
そう私が言いかけた時、少し遠くの声で何かの遠吠えが耳に入った。わおおん、と細い声が聞こえる。犬、とも言えなくはないが、この環境下では狼のモンスターの声にしか聞こえなかった。
私とキールさんは目を見合わせる。今は声だけだったが、もしかしたら近くに向かっているかもしれない。
「警戒しましょう」
低く、キールさんが声をかけた。手は腰の剣に添えられる。私も、いつでも魔法を唱えられるように気を引き締めた。