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06

 キールさんの故郷に行くついでに、キールさんの冒険のお供をすることになった私は、残りの滞在時間を使って、冒険の準備を整えた。最初の印象通り、この村にはある程度の店が揃っており、あまり時間をかけずとも準備を終えることができた。足りないのは、私がよく使っている薬草類だが、あまり市場に出回っているものでもないので仕方ない。攻撃力を一時的に格段に上げる薬に使う薬草が足りないが、以前までのパーティとは違い、今回は二人だけの旅のため、そこまで使うことはないだろう。

 バッグをごそごそと整理しながら、これはノエルによく使っていた薬だな、と思い少し胸が痛む。ノエルはノエルできっとうまくやっている。そうは思うけれど、これまで幼馴染としてノエルにくっついて歩いていた私にとっては、ノエルのいないこの旅が少し奇妙な気がしてしまう。どこか寂しいような、それでいて新しい自分に出会えるような、そんなわくわくと胸の痛みが同時にくるような、そんな感覚。

 

「セシリアさん、荷物の準備はできましたか?」


 ドアの向こうで、キールさんが呼んでいる。今日はお酒はほどほどに、酒場のおじさんが腕によりをかけて作ってくれた晩御飯を食べようという話になっている。昨日の夜に作ってくれたおつまみといい、今日の朝に作ってくれたサンドウィッチといい、酒場で出てくるものすべてが美味しかった。思い返しただけでよだれが出そうだ。


「はーい! 今行きます!」


 ドアの向こうにそう返して、私は椅子に留まっているサクラにご飯を食べさせる。頭を撫でると、サクラは心地よさそうに目を細めた。明日から、キールさんと旅するんだよ、と声をかけると、きょとんとまん丸の目をして私を見つめ返す。黒目がちの瞳がうるうると私を見つめた。サクラは、まるで私のしゃべっていることが分かるような顔をすることがある。私の話が通じているなら、サクラはどう言葉を返すだろう。そう思いながら、ちょっとお留守番しててね、と声をかけながらもう一度サクラの頭を撫でた。


***


「ノエル、セシリアちゃんがいないまま進むんですか」


 セシリアのいない一晩が過ぎ、また夜が来ようとしている。夕飯の支度をしながら、こっそりアーランドが俺に声をかけた。モンスターには出会っていないため、セシリアが抜けた穴がどれほどのものかは分からない。しかし、パーティ内の雰囲気は最悪だった。

 リリーナはいつもに増して気分屋で我儘ばかり言っていた。それに苛立つハール。その二人の仲でオロオロしているのが、弓兵のアーランドと俺だった。アーランドは、俺と違い貴族の出ではあるが、16歳とこの中で最年少ということもあり、パーティの雰囲気に一番気を遣っていた。


「俺だってセシリアがいないのは不安だよ」


 リリーナに聞かれないよう、声を潜めてアーランドに返す。


「でも、セシリアの情報を掴めない今、俺たちは前進するしかない」


「僕だけでも、買い出しがてら情報集めてきましょうか」


「次の町だ。次の町に着いたら、2人で手分けして情報を集めよう」


 今ここで不自然な動きをしてリリーナにバレたらどうなるか分からない。今はただの追放だけで済んでいるが、もしかしたらセシリアに何か危害を加えられないとも限らない。

 リリーナは「聖女」だ。「聖女」によって魔族の支配から逃れることができ、この国が興った。この国では、「聖女」の血は何よりも尊い。「聖女」はこの国の最高権力者と言っても過言ではない。そんな人に反抗したらどうなるか、考えたくない。

 俺は勇者適正があったただの平民でしか過ぎないが、貴族として参加しているアーランドや、冒険者ギルド1の実力者であるハールにとっては、それぞれの所属する組織に何も起こらないとは言えない。


 セシリアをなぜ追放したのか、リリーナに詰め寄った際にみたリリーナの表情は、「聖女」なんてものではなかった。まるで「悪女」だ。思い出すだけで寒気がはしる。


「アーランド。俺にとってセシリアは大切な幼馴染だ。きっと取り戻してみせる」


 俺の目をみて、アーランドは強くうなずいた。


「僕にとっても、セシリアちゃんは大切な仲間ですよ」


 声は潜めたまま、それでも芯のある声で、アーランドもうなずく。

 その時だった。近くでバサバサと何かが飛び立つ音がする。気配を感じて、俺とアーランドは目を見合わせた。――モンスターが近くにいる。

 近くの木の下で目を閉じていたハールも、目を開いて斧を手にとった。俺も、腰に下げてあった聖剣に手を伸ばす。近くの切り株に腰を下ろしていたリリーナは、けだるそうに立ち上がった。この森にいるモンスターは格下ばかりだったはずだ。それでも、セシリアがいないというだけで、なぜか一抹の不安を感じてしまう。

 ガサガサと音を立てて出てきたのは、ベアウルフだった。この森の近くでよくみるモンスターだ。こいつなら大丈夫だろ、とパーティのみんなの中の緊張感が緩む。いつもこのモンスターたちは俺たちをみて固まっていることが多い。俺らの殺気にやられているんだろう、というのがハールの見解だった。


 ところが、いつも固まっているはずのベアウルフはまっすぐにリリーナに向かってくる。アーランドは、リリーナに弓が当たることを懸念してか動けない。一番近くにいるのは俺だ。リリーナの攻撃魔法の詠唱が速いか、それともベアウルフの牙がリリーナを裂くのが速いか。


「リリーナッ!」


 叫んで、リリーナとベアウルフの間に飛び込んでいく。ベアウルフの牙が、俺の左手をガブリと噛む。鈍い痛みに俺は顔をしかめたが、自由な右手でベアウルフをたたき切る。ぎゃうん、と声をあげてベアウルフは絶命した。


「くっ……」


 久しぶりに怪我をした気がする。ぽたぽたと滴り落ちる血の雫を見ながら、俺はぼんやりとそう思う。確実に油断していた。それは確かだった。それでも、これまで固まって襲ってこなかったはずのベアウルフが、こんなに素早い動きをするとは思ってもみなかった。


「ノエル、大丈夫か」


 ハールが駆け寄ってきて、俺の腕の傷の様子をみた。


「深くはないな。薬を塗っておけばすぐ治るだろう」


 セシリアの薬はまだ少しはあったよな、とハールが小声で言う。

 それを聞きつけたのか、茫然としていたリリーナがキッと目つきを鋭くする。


「またセシリア……!? そうやって誰もかれもセシリアの話ばっかり。もうウンザリだわ!」


「リリーナ……! ノエルはあんたを庇って怪我してるんだぞ」


 ハールがリリーナに言い返す。俺の怪我をもとに喧嘩が始まろうとしていたが、俺には言い返す力は残っていなかった。鈍い痛みを感じながら、セシリアのことを思い返していた。

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