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04

 麓の村に着いたのは、空の端がオレンジ色になり始めるころだった。カラスが家に帰るのか、ちらほらと飛んでいる。その様子をサクラは不思議そうに眺めていた。そんな姿を見ていると、サクラは自分のことを鳥類と認識してないのではないかと思わず心配になる。

 いつもに比べ、早歩きをしていたからか、適度な疲労感があった。一方、隣を歩いていたはずのキールさんは、なにも堪えていないようで涼しい顔をしている。


「ここの村は、小さいですが酒場もありますし、宿もあります。疲れを癒すにはもってこいだと思いますよ」


 村の入り口まで着くと、キールさんはそう言いながら宿と酒場の場所を指さした。たしかに、村というよりは町に近いぐらいには栄えている。小さいながら、露店のような商業施設もちらほらと見えた。


「まるで、ここに住んでいるみたいですね」


「短期間ではありますが、お世話になった村なので、一応顔はききますよ」


 そう言いながら、キールさんはすれ違う村人に挨拶をする。村人も、キールさんを見て笑顔を浮かべて手を振り返していた。なるほど、たしかにこの村の中では顔が知れているらしい。


 キールさんの案内で、まずは宿に向かう。サクラを連れているため、もしかしたら断られる可能性もあるかもしれないと少し心配したが、キールさんの知り合いということで、特別に宿泊を許可してくれるという。快く承諾する宿屋の主人の様子だけで、キールさんの人望の篤さがうかがえた。今後どうやって生活をしていくか、まったく考えていなかったが、もし決まらなかったらこの村で薬を作りながら暮らしてもいいかも、なんて考えが浮かんでしまう。


 とりあえず手持ちのお金と相談して2泊することにし、自分にあてがわれた部屋へ向かう。サクラを椅子の背に留まらせ、ぼふん、とベットに倒れこむと、どっと疲れを感じた。サクラが心配そうに私の様子をうかがっている。

 体、というより心のほうが疲れていたのかもしれない。いきなり追放されたのだから、当然といえば当然だ。今後のことを考えなければ、と思う一方で、睡魔は確実に訪れ、私の意識は落ちていった。


***


 トントン、と控えめなノックの音で目が覚めた。


「セシリアさん、いる?」


 ドアの向こうから聞こえてくるのは、キールさんの声だ。そうだ、この後酒場に行こうと約束してたんだ、一気に意識が覚醒する。


「今いきますー!」


 そうドアの向こうに答えながら、バッと起き上がり、慌てて髪を手で梳かす。身だしなみを整えるため、備え付けられている鏡をのぞいた。

 春に萌え出づる若草のような、柔らかい緑の髪。軽いウェーブのかかった髪は、肩のあたりまで伸びている。そういえば、ショートヘアにしていたのに、いつの間にか長くなっていた。雪が降りそうな曇天の空のような灰色の瞳が、眠たそうにこちらを見つめ返していた。お世辞にもあまり凹凸があるとはいえない体。平々凡々ではあるが、私はそれなりに自分の見た目が気にいっていた。特に、母譲りの「薬草色」の髪の色はお気に入りだ。小さいころは、よく母に髪を結んでもらっていたな、と思い出す。

 さっさと髪を整え、私はキールさんの待つドアの向こうに向かう。他のお客さんもいるかもしれないので、残念ながらサクラはお留守番だ。いい子にしててね、と一言かけるとサクラは「ぴぃ」とだけ鳴いた。


「お待たせしましたっ」


 勢いよくドアを開けると、キールさんは飛び出した私の顔をまじまじと見る。


「寝ているところを起こしてしまいました?」


 寝ぐせの跡がついているかと焦って髪を梳かすと、キールさんは困ったように笑った。


「けっこうペースをあげて歩いていたから、疲れさせてしまったかと心配で」


「いえいえ、そんな! ちょっとうたた寝してたぐらいです」


 ぶんぶん、と首を振りながら答える。キールさんは優しい。


「あっ!」


 ふと、私はとっておきの薬を忘れてきたことに気づいた。私が独自に開発した、「二日酔いを完全に防ぐ」薬だ。


「キールさん、ちょっと待っててください!」


 そう言ってまた部屋に戻り荷物をあさる。たしか残っていたはずだ。……記憶の通り、最後の一包が残っていた。

 満面の笑みで戻った私に、キールさんは不思議そうにたずねる。


「何か良いことでもあったんですか?」


「ふふふ……。よく効く二日酔い防止の薬をもっていこうと思って」


 それはいいですね、とキールさんは朗らかに笑う。


「もしかして、キールさん二日酔いになったことないんですか?」


「ないですね」


 キールさんはけろっと答える。


「……敵だ」


 お酒を飲めるようになってからこの方、私は二日酔いばかりだというのに……。

 よほど絶望的な顔をしていたのか、キールさんは私の様子をみて笑みを深める。


「二日酔いはとても気持ちが悪いということは聞いてますよ。経験したことがないので、いつかは経験してみたいと思っています」


「……今日、経験してみます?」

 

 私には自信があった。二日酔い防止の薬があれば、絶対に私がつぶれることはないと。なにせ、この薬はこれまで飲み歩いてきた経験と、涙ぐましい努力が詰まっているのだ。


「いいんですか? じゃあお願いします」


 さわやかに、キールさんは笑った。



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