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03

 キールさんとともに、他愛もない話をしながら森の中を歩く。キールさんは、ついこの間まで私が通っていた魔道学院のある、王国の中心地ゴートに住んでいたらしい。私の好きなパン屋の話や、よく友達と一緒に行っていたバーの話をしたら、どちらも行ったことがあるようで、話が思ったより弾んでしまった。お酒が好きな私はよく友達とともにそこそこバーに通っていたが、キールさんの顔は見覚えがない。もし以前に会っていたとしたら面白かったのに、と少し残念に思う。

 キールさんは、ゴートの冒険者ギルドに籍を置く新米冒険者だそうだ。年は私とそう変わらない、21歳。私が話す話題のほとんどを知っているのにはびっくりした。生きた年月はそれほど変わらないのに、私の倍以上の知識量がありそうだ。


「キールさんは、年の割になんでも知ってますね」


 そう言うと、キールさんはそうですかね、と苦笑いをする。


「そうでもないですよ。必死に生きていたら、いつの間にか知識がついてしまった。……そんな感じです」


「キールさんも苦労されているんですね……」


 しみじみと声が漏れた。


「セシリアさんも苦労されてるんですか?」


 私の声音を心配してか、キールさんが私の顔をうかがう。


「苦労しているかって言われたらそうは分からないんですが、ちょっと最近上手くいってなくて……」


 ぽろりと本音が漏れてしまう。


「それがおひとりでこの森を歩いている理由ですか?」


「まあ、そうなりますね……」


 へへへ、と力のない声が出てしまった。


「たしか今向かっている村に小さいですが酒場があったはずなので、私でよければお話聞きますよ?」


 あまりに私の声が憔悴しきっていたたか、キールさんがそっと提案してくれる。パーティから追放され、一人きりの私にとって、その申し出は願ってもないものだった。今はキールさんがこうして話してくれているからこそ、そこまで落ち込まずにすんでいるが、もし他に誰もいなかったら喪失感で押しつぶされてしまいそうだ。


「はいっ! お願いします」


 これまでにないほど意気込んで返事をすると、驚いたのかびっくりした顔をしたキールさんが、くしゃりと笑った。


***


 ――俺、ノエルにとって、セシリアは大事な幼馴染であり、初恋の相手だった。

 セシリアは小さいころから俺にくっついて歩いていた。親同士の仲が良いという理由で、俺たちはいつも一緒に遊んでいた。俺にとっても、セシリアにとってもお互いが唯一無二と言っていいほど、常に一緒だったような気もする。

 セシリアは、俺が走るだけで、満面の笑みで「すごい」と褒めてくれた。徐々に大きくなって、俺が剣を振るうようになると、俺の怪我を心配してはいつも傷薬をもって歩いていた。セシリアの母仕込みだという薬草は、少し沁みるけれどすぐによくなるからとても助かっていた。

 俺は元々小さいころはもっと体が弱かった。セシリアと出会うより前は、ことあるごとに風邪をひいては寝込んでいた。しかし、セシリアの母やセシリアの作る薬を飲んでからというもの、あっという間に健康になり、体つきも変わっていった。今の俺があるのは、セシリアのおかげといってもいい。


 それに、セシリアがいつも味方でいてくれると思うと、どんな辛い鍛錬であっても耐えられた。鍛錬で疲れてボロボロになっても、セシリアが「よく頑張ったね」と笑いかけてくれるだけで、疲れも吹っ飛んでしまうような心地がしていた。どうにも俺は不愛想で、態度で示すことはできていなかったかもしれない。でも、俺にとって、セシリアは大切な人に違いない。――そう思っていた。


 休憩が終わっても、セシリアは戻ってこなかった。セシリアがリリーナに連れ立って休憩地点を離れたところを俺はしっかりと見ていたが、念のため、他の仲間にもセシリアの行方をたずねる。


「セシリアちゃん、見当たらないですよね」


 弓を手入れしながら、ぼそりとアーランドが言う。


「そろそろ毒矢の在庫がなくなりそうだったから、セシリアちゃんにお願いして作ってもらおうと思ってたんです。それに、さっきの戦闘で少し魔力を消費したから、回復薬も貰おうと思ってたのに」


 アーランドの弓に使う矢は猛毒の一種である。元来は人にも効いてしまうということで取り扱いには十分注意しなければならなかったが、セシリアの調合によって、人に対しての作用が薄れ、比較的安全に使うことができるようになった。さらに、セシリアの魔力回復薬があることで、皆バンバン魔法を打てるというのは俺たちパーティの強みであった。


「俺も探してたんだ。さっきの戦闘で怪我した分、セシリアの薬を塗ってもらうつもりだった」


 前衛として斧を振るうハールも不機嫌そうに言う。セシリアの薬は深手でも立ちどころに治ると評判が良い。そのために、前衛を務める俺とハールはセシリアの薬がある前提での立ち回りをしていた。いつもは戦闘が終わるとすぐに薬を配ってくれるセシリアの姿が見当たらないということは、セシリアの身に何か良くないことが起こったに違いない。

 一気に背中に冷たい汗をかく。セシリアと連れ立って離れたはずのリリーナは、メンバーの会話が聞こえているはずにも関わらず、黙したままである。

 

「リリーナ、セシリアはどこだ?」


 リリーナは答えない。「聖女」リリーナはいつもそうだった。気に入らないことがあると黙ってしまう。それは、今まで「聖女」として周りに丁重に扱われてきた環境がそうさせるのかもしれない。セシリア以外のメンバーは、旅がはじまってすぐに彼女の性格には辟易させられていた。「歳が近い同士、仲良くしましょうね」そう言って、リリーナと向き合うセシリアの姿に、俺は眩しさを感じていたぐらいだ。リリーナは平民出身であるセシリアをあまりよくは思っていなかったようだが、そこそこの仲を保っているとばかり思っていた。


「リリーナ。お願いだから答えてくれ。セシリアはどこだ?」


 俺が問い詰めると、リリーナはつん、とそっぽを向いた。


「セシリアはこのパーティから追放したわ」


 不機嫌な声で言う。

 予想もしていなかった言葉に、俺は何も言うことができなかった。周りのメンバーも、唖然としてリリーナを見る。


「……なぜ。セシリアは非戦闘員とはいえ、これまでよく働いてくれていたじゃないか」


 視界がぐるぐると回るようだった。


「そうね。頑張ってくれてたわね」


 リリーナは、俺がショックを受けている様子を見てか、機嫌を直したようににっこりと笑う。その顔を見ていると、思わず吐き気がしそうだった。


「じゃあなぜ」


「素行よ」


 え、と気の抜けた声が出る。


「セシリアの素行が悪いって、そんなこと信じられるはずがない。あんな良い子他にいないだろう!?」


「それはあなたが見ていないかったからよ。裏では私に薬をくれなかったり、無視されたりしていたの」


 リリーナはこわかったわ、と上目遣いで言う。


「そんな……」


 セシリアは、そんな子ではない。そう言い返そうとした瞬間、リリーナは息がかかるほど近くにぐっと寄る。


「ノエル、あなたに見せていた顔はまやかしだったの」


 今までにないほど近くに寄ったリリーナの顔は、「聖女」というよりまるで「悪女」のようだった。


「このパーティのリーダーは私。決定権は私よ。”勇者ノエル”」


 リリーナは声をひそめたまま囁いた。


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