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02

 私がおびえた顔をしていたのか、若い男は困ったように眉を下げた。モンスターではないことに一瞬安堵した私だが、泥棒や追剥など怖いタイプの人間である可能性もまだ十分に残っている。警戒を怠るなと、自分に言い聞かせた。


「ごめんなさい。驚かせてしまいましたか? 私はキールと申します」


 男――キールさんはそう言って頭を下げる。片耳に下がっているエメラルドグリーンの耳飾りがきらりと反射した。まるで雨のひとしずくのような、繊細な形をしたピアスだった。耳飾りと同じ色をした瞳が私をとらえる。男性にしては、ぱっちりと大きな瞳。女性と見まがうかのような、綺麗な顔をしていた。虫一匹でさえ殺せません、と言っても嘘に聞こえないような、世の中の汚さなど何も知らないような、純粋で透き通った瞳をしていた。瞳よりも深い色の、青の髪はさらさらと柔らかそうで、しかし何本かだけ寝ぐせのようにぴょん、と立っていた。

 紺の細身のローブを着ている彼は、冒険者にしては少し軽装だろうか。しかし、腰には長く使いこまれたと見える長剣が下がっていた。

 朴訥とした好青年のようにも見えるが、使い込まれた武器や、物怖じしない様子をみると、熟達した冒険者のようにも見える。


「ご挨拶ありがとうございます。私はセシリア、と申します」


 おずおずと、私も名前だけの自己紹介を行う。悪い人には見えなさそうだが、用心するに越したことはない。パタパタと私の周りを飛んでいたサクラが、ふと彼の元へ飛んでいった。


「あっサクラ!」


 私に懐いているといえ、サクラは腐ってもモンスターの幼獣である。焦って引き止めようとしたが、サクラは私にするように、ちょこんとキールさんの肩へととまった。


「すごく人懐こいんですね」


 そう言って、キールさんははっとするほど美しい笑顔で微笑む。そして、そのままサクラの胸を撫でたかと思うと、サクラも気持ちよさそうに目を細めた。

 サクラが私以外の人に懐くなんて。元パーティメンバーには誰も懐かなかったサクラが、こんなほぼ初対面の相手に懐くなんて信じられなかった。


「キールさんは、何か特殊な能力でもお持ちなんですか?」


 驚きを隠せないまま問うと、キールさんは目を少し見張った。


「特殊な能力……ですか? そのようなものは生まれてこの方感じたことはありませんよ」


 そう言って屈託なく笑うキールさんの姿を見ていると、私のような魅了<チャーム>の能力はないかもしれないと感じる。私のような馬鹿な真似をしなければ、ほとんど魅了<チャーム>の能力など身につかないだろうが。


「セシリアさんは今からどこに行かれるおつもりなんですか?」


 ふと、キールさんが尋ねる。


「これから麓の村に行こうと思ってました」


 答えると、キールさんは困ったような苦い顔をした。


「麓の村……ですか? こんな森の中を一人で歩くのは危険ですよ」


 心配してくれているのだろうか。キールさんは気遣うように言う。


「そうですね。それは分かってるんですが…」


 言い淀んだ私を見てか、キールさんは何か言いたげではあったが、それ以上は何も詮索してこなかった。


「実は僕も麓の村に行こうと思っていたんです。よろしければ一緒に行きませんか?」


 女性一人を残していくのは心苦しいですし、とキールさんはぼそりと付け加える。


「何か用事があるのであれば、無理にとは言いません」


 逡巡してキールさんをみると、その肩で眠りかけているサクラが目に入り、心が和んだ。サクラがそこまで懐くなんて、これまでに見たことがなかった私は、なぜか無性に嬉しくて、胸があたたかくなる。サクラは怪我をして死にかけていたところを保護した。周りに親も兄弟もいなかった。きっと、他のモンスターに襲われたところを見捨てられてしまったのだろう。これまで私しか頼るところがなかったサクラが、もう一人の拠り所を見つけられたというのが、嬉しい。


「サクラもその調子ですし、よろしければご一緒させてください」


 サクラを見ていたら、無意識のうちに口角が緩んでいたらしい。思ったより明るい声が出た。


「――! よかったです」


 そう言ってキールは破顔する。やはり、人懐こい、人好きのする笑みだ。


「少しの間かもしれませんが、よろしくお願いします」


 私も笑った。少しの間かもしれないが、また旅のお供ができるというのは嬉しいものだ。


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