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「私は聖女リリーナからの使者である」


 リリーナ、という言葉に思わず体がぴくりと反応する。リリーナが、使者まで使って私たちに何を伝えたいと言うのだろう。


「聖女リリーナは、この冒険者ギルドを廃することを決定した」


「……?!」


 あまりの驚きに、言葉が出ない。あくまでリリーナは聖女であって、冒険者ギルドに介入する力まではないはずだ。必死に頭を巡らせる。

 この国では、聖女が確かに大きな力を持っている。しかし、それはあくまで宗教的な面で力を持っているというだけであり、直接的に政治に口出しすることは叶わない。それでも、圧倒的な力を持つ聖女が裏で手を回しさえすれば、難しい話ではない。

 ただ、冒険者ギルドはあくまで冒険者たちの組合である。この国において、力をつけ始めている集団であることは間違いないが、政治的な争いにも関係ないはずだ。

 そこまで考えて、私は愕然とする。


――リリーナが、冒険者ギルドさえも操り、自らの傀儡にしようとしているのではないかと。


 たしかに、聖女は政治の力を持たない。しかし、リリーナを支援する貴族たちもいる。その貴族たちからも要請をもらいながら、街々で冒険者の斡旋をしているのが冒険者ギルドだ。どの冒険者ギルドも、貴族の領地にあることには違いない。領地内で冒険者ギルドを経営していくためには、貴族たちの協力が必要不可欠である。


 リリーナが裏から貴族たちに根回しをしているのだとしたら。

 だからこそ、こうして圧力をかけているのだとしたら。


 心臓がばくばくとうるさく音をたてている。いま私の中を駆け巡っている感情が何なのか、分からなかった。怒りのような気もするし、呆れのような気もする。ただ、この世を救うはずの「聖女」がこのようなことをして良いはずがなかった。

 リリーナはそれで幸せになるかもしれない。でも、リリーナに味方する人たち以外は誰も幸せになれない。


 こんなことが許されていいはずがない。


 その思いが私の胸を占める。


 ギルドマスターも、副マスターも、あまりのことに声が出ないようだった。使者が手渡した羊皮紙を食い入るように見ている。羊皮紙を受け取るギルドマスターの手が、震えているように見えた。

 

「ハール。聖女ってどんな人なの?」


 のんきな声で、キールさんがハールさんに尋ねた。ハールさんは一瞬顔をしかめ、口を開く。


「思い出したくもねぇなぁ……。聖女というより、悪女って感じだったな」


「悪女ねぇ。いかにもハールが嫌いになりそうだ」


 キールさんはそう言って笑った。ハールさんはさらに眉間の皺を深める。


「嫌いというか、合わないというか、もうあの女と一緒のパーティはごめんだ」


「そういえば、セシリアさんも聖女と一緒のパーティだったんですよね?」


「そうですけど……」


「セシリアさんも、ハールと同じ感想を持った?」


 キールさんのやわらかな瞳が私をとらえた。エメラルドの瞳がどこか楽しげに私を見つめている。その瞳にとらえられ、私はどう答えていいか分からず黙り込んだ。

 リリーナが悪女かと言われたら、どうにも迷ってしまう。

 リリーナと一緒のパーティだったとき、たしかにリリーナは少し冷たいなと思うところもあったけれど、それは彼女の負う使命がそうさせているのだと思っていた。それに、私にはまだ心を開かれていないのだとばかり考えていた。私はただ能天気に、いつかリリーナとも分かり合える日が来るのだと信じてやまなかったのだ。その時は、「悪女」だと思ったことはなかった。

 それでも、こうして一歩引いた場所でリリーナのやることを聞くと、どうしてもリリーナのやっていることが正しいとは思えなかった。ハールさんが「悪女」だと言うのももっともだと思う。


「……リリーナは、きっと寂しい人なんだと思います」


 私は考えながら、やっとのことで言葉を紡ぐ。


「リリーナが何をしたいのか、私には分からない。リリーナのやっていることは、正しいとは思えない。それでも、リリーナ自身を恨みたいとかそういう気持ちはなくて。どちらかと言えば、どうしたの?って聞いて寄り添ってあげたいんです」


 私の言葉を聞いて、キールさんは目を細めた。


「セシリアさんらしい答えですね。では、このギルドが潰されるのを黙ってみていたいですか?」


「いいえ!」


 思わず大きな声が出た。こうして多くの人が集まっている冒険者ギルドを、このまま終わらせるわけにはいかないと強く思う。


「私に考えがあるんです。どうですか、私の考えに乗ってくれますか?」


 そう言ったキールさんの瞳はきらきらと輝いていた。まるで、何か悪巧みを考えているような顔をして、キールさんは笑う。それを見ていると、「いいえ」なんて言えるはずがなかった。


「……キールさんの考えを、聞かせてください」


 私の答えに、キールさんは無邪気に微笑み返した。

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