01
私は1人森の中を歩いていた。リリーナのところに戻り、パーティに戻してくださいと懇願するという手もあった。
しかし、リリーナが私と一緒にパーティにいたくない、というのであれば、無理についていくというのも悪手だろう。現状のパーティは「聖女」リリーナの元に集っている。実質雇い主であるリリーナに解雇された形になるのだから、それを蒸し返しても門前払いが関の山だ。
それに、私はパーティに戻って、みじめな姿をノエルに見られるのが嫌だった。勇者――ノエルに長い間片思いをしているからこそ、彼の前でかっこ悪いところは見せたくない。しばらく彼には会えない――ズキンと胸が痛んだが、知らないふりをして足を進めた。
陽のあたらない森の中はじめじめと湿っていて、カビ臭いような、土のにおいのような、独特の香りが漂っている。時刻はまだ昼を回ったところだとは思うが、この暗さでは今どれぐらいの時間が過ぎたのかわからない。かろうじて聞こえる小鳥の声だけが、まだ昼なのだろうと私に思わせる要因となっていた。
夜が来る前にこの森を抜けなければ。非戦闘員である私が、夜に一人で野宿するのはできれば避けたい。日があるうちに、森を抜けた先にあるはずの麓の村にはたどり着きたいところだ。一人きりで歩く森の中はいつもと違って心細かったが、いつまでも落ち込んでいられない。私はそう思いなおして、自分の顔をぺちんと叩いた。
リリーナの言った通り、私には攻撃能力がない。攻撃魔法を使おうとすると魔力が爆発し、自身が怪我をしてしまうし、武術に関してはからきしだった。リリーナが怒るのももっともな話だと思う。
そしてもう一つ、私にはリリーナをはじめパーティにはひた隠しにしていた能力があった。その能力は、魅了<チャーム>という特殊能力である。なぜこの能力が身についたかというのは、とても恥ずかしい話ではあるが、私が勇者―ノエルに片思いをしていたことがきっかけである。
ノエルは私の幼馴染なのだが、小さいころからたぐいまれな剣術の能力を持っていた。親同士の仲が良いこともあり、私たちは小さいころからよく共に遊んでいた。私は運動神経が皆無だったから、二人で遊んでいても、走るのが速くて、風のように軽やかに体を動かすノエルは眩しく見えた。
よく遊ぶ剣術の得意な男の子。それだけで、私にとってノエルを好きになるのには十分だった。
――初恋だった。魔道学院の友達に聞いたところでは、小さいころは運動神経の良い男の子を好きになる女子が多いそうだ。小さいころは頭の良さより、運動神経がいい男の子が目にみえて「すごい」と思ってしまうらしい。そう声をひそめて私に教えてくれた友人は、ノエルと私の話を目をキラキラさせて聞いてくれた。
ノエルが王都に行って騎士を目指すといえば私も王都に行くと言い張って聞かず、そこから魔法を猛勉強して、かろうじて魔道学院へ進学することができた。ノエルが「勇者」になると言って、選抜を受けにいった際には、私もパーティの一員になろうと志願し、そして無事合格した。後から聞いた話ではあるが、私は魔道学院で鍛えた補助魔法と、母仕込みの薬師の腕が評価されたのだと思っていたが、実はノエルが裏で口を聞いてくれたと、リリーナが言っていた。
ノエルと同じパーティで冒険できたことが嬉しかった私であったが、そこで大きなミスをしてしまった。ノエルの気持ちをこちらに向かせたい一心で、「惚れ薬」なるものを作ろうとしたのだ。今となっては、なんて馬鹿なことをしてしまったのだろうと思う。魔道学院の図書館で偶然見つけたレシピを、私は誰にも知られぬように書き留めていた。その時は珍しい野草などを集めることができず泣く泣く断念したのだが、冒険の途中であれば手に入る。パーティの皆の薬草を採ると言ってこっそり惚れ薬に使う薬草摘みにもついてきてもらった。
珍しい薬草を集めつつ、夜なべして鍋をかき混ぜ、できあがった黒い薬を飲んだ。これでノエルと両想いだ!と意気込んだ私は、その後ノエルにアタックしようとしたのだが、ノエルはいつもと変わらない様子だった。――失敗だった。失敗したことに気づいた私はその日ふて寝したのだが、次の日の戦闘で気づいた。私がゲットしてしまったのは、魅了<チャーム>の能力だと。
最初は戸惑った。戦闘していると、モンスターが私をじーっと見つめて何もしてこないのだ。モンスターのぎょろりとした目で見つめられてもあまり嬉しいものではない。居心地の悪さを感じていると、モンスターがいきなり求愛行動をとってくるのだ。具体的に言うならば、犬型のモンスターがクンクン鼻を鳴らして近づいてきたり、よくわからないダンスを踊ってきたり――あとで聞いたのだが、研究家によると求愛行動の1つらしい。そんな調子で、モンスターたちが私に攻撃をあまりしてこなくなった。もちろん、雑魚モンスターに限るが。
非戦闘員である私にとって、攻撃されないというのは良いことではあるのだが、如何せん不自然である。そして、ぽけーっと私を熱い目で見つめてくるモンスターたちが殺されていくのは何とも心が痛い。そんなこんなで、モンスターの助命を願いでたりしているうちに、リリーナからは冷ややかな目で見られるようになった。
そんな時に出会ったのが今も旅をともにしているサクラだったりする。ちなみに、サクラというのは、遠い東方の幻の国で、薄桃色の花を咲かせるとされる木の名前らしい。その名前を付けたのは、サクラの羽が淡い薄紅色をしていたからである。こんな色をしているのだろうか、という想像をもとにつけた名前だ。自分でも気に入っている。
鳥型のモンスターだというのに、サクラはほとんど飛ぼうとしない。まるで私自身が止まり木であるように、私の肩にいつも止まっている。私としてはかわいいのでとても嬉しいが、鳥型の動物としてこの体たらくはどうなんだろう、と思ったりする。
ふいにサクラが「ぴるるる」と鳴き声をあげた。どうした、とサクラを撫でるとサクラは私の肩を離れ、私のまわりをぱたぱたと飛び回る。
――普段飛ばないサクラが飛んだ?!
もしや、大型モンスターかと息をひそめる。とりあえずの猫騙しとして、モンスターが現れてもすぐに対応して逃げられるように、光の魔法をいつでも打てる準備をしておく。一発眩しい光を浴びせている間に逃げれば何とかなるだろうという魂胆である。
パーティで冒険していた経験から、人の気配や殺気の察知能力は磨かれていると思う。しかし、森の中は相変わらずしんとして、何かが出てくる気配すらない。ぱたぱたとサクラの飛ぶ羽の音だけが聞こえている。
その時だった。
「その鳥は、あなたに懐いているようですね?」
ふいに後ろから声がした。完全な死角から、降って沸いたかのように音もなく。
驚いて振り返ると、そこには人好きのするような笑顔を浮かべた若い男が立っていた。