プロローグ 「いい子は要らない」
「セシリア、あなたがいると気が散るのよ」
聖女――リリーナはまなじりを吊り上げて私に言い放った。アイスブルーの透明な瞳が私を真っ直ぐにとらえる。薄桃色の薄い唇はわなわなと震えていた。
「あなたのような戦闘補助しかできない人員をパーティに入れてあげているというのに、あなたってばモンスターが出るたびに震えてばっかりじゃない」
確かに私は戦闘補助員としてこのパーティに参加している。武器も振るえなければ、攻撃魔法も使えない。それでも、補助魔法の腕は魔道学院の中で群を抜いていたと自負している。……その他の座学は散々な結果だったけど。それに、私には優れた薬師だった祖母仕込みの薬学の知識だってある。少なくとも、このパーティを陰ながら支えていたつもりではあった。
しかし、目の前で怒りに震えながら私をにらんでいるリリーナを見ると、それは私の勘違いだったのかもしれないと思わされる。
「リリーナ。でも、私は……」
それでも、ここまで共に旅をした仲間として、少しでも弁明したくて口を開いた。
陽だまりをより集めたような薄い金色の髪。晴れた空を映した湖面のような、透き通った水色の瞳。まるで精巧なドール人形のように整った顔は、怒りの表情で満ちていた。圧倒的な魔力をもち、この世界を救う「聖女」として、この世の多くの人々の希望を背負っている彼女。年の近い旅の仲間として、私はリリーナのことを友達のように思っていた。――彼女にどう思われていたとて。
「口ごたえしないで!!」
リリーナの怒号に、肩に止まっていたサクラがびくりと身を震わせる。大丈夫だよ、と落ち着かせる意味で、サクラの胸を撫でてやった。サクラは落ち着かない様子で、くちばしを私の手にこすりつける。
「だいたい何なのよその鳥は。戦えないにもかかわらず、そうやって得体の知れないモンスターを飼っちゃって。いい子アピール?」
キッと鋭い目つきで、リリーナはサクラをにらんだ。リリーナの権幕にけおされたのか、サクラは「ピギッ」と小さい鳴き声をあげた。
サクラは旅の途中で拾った私の相棒である。モンスターに襲われたのか、血を流して死にかけていたところを救ったのが出会いだった。日に日に大きくなるサクラの様子から、サクラはただの鳥ではなく、リリーナのいう通りモンスターの子どもである説が濃厚だ。しかし、「得体のしれない」とは酷い話だ。リリーナもサクラとともに冒険してきたはずなのに。
「……サクラは私の大切な仲間だわ」
リリーナになんと声をかけてよいか分からず、ただそれだけを答える。
あっそ、と吐き捨てるようにリリーナが言った。
「その鳥と仲良くしたいならすれば良いわ。でも、もう私たちと一緒に旅ができると思わないことね」
一息を置いて、リリーナは言う。
「このパーティから出ていってちょうだい」
リリーナはそう私に告げた。これまでの怒号に近い叫びとは違い、静かな声だった。声音を聞いただけで、リリーナが本気でそう言っていることが分かった。
ずん、と心の奥が重くなる。めまいがするようだった。
「なぜ、と聞いてもいい?」
かろうじてそう尋ねると、リリーナは泣きそうな顔をする。涙を堪えるようにぎゅっと口元を結ぶさまを見ていると、なぜか私も胸が締め付けられるようだった。私がリリーナを追放するのではないかと思ってしまうほどに、さきほどまでの権幕とは打って変わって、リリーナの顔は暗かった。
「……そんなの、どうでもいいじゃない」
ぼそりと、リリーナは言った。
「セシリア、あなたをこのパーティから追放する。これから先、どうにでも生きればいいわ」
投げやりに言って、リリーナは踵を返して去る。風に吹かれて、金髪がふわりと揺れた。風に吹かれて、私がリリーナのために調合した薬の香りが漂った。リリーナは振り返らなかった。