1.序
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」
月のない夜に鋭い絶叫が空気を裂く
住宅街の一角にある交差点でもがき苦しむ一人の男の姿があった
その男の頭上には鮮血を思わせる赤い霧がうっすらとしかし確かにかかっていた
警告音とともに緊迫した声がスピーカーから流れる
「MEC本局より第二支部へ通達、そちらの管理区画内で巡回中の部隊がE.Mを確認、位置情報を転送する直ちに現場へ急行せよ」
デスクに座っていた者たちが一斉に動き始めた
放送がかかって数分もしない間に数台の厳つい装甲車がゲートから夜の街へ走り出す
その声はもはや人の声とは呼べない叫びだった
『オマエサエ、オマエサエイナケレバァガァァ』
現場に響く吠えるような怨嗟の音
男の頭上を漂っていた霧は、その体を包み込むように収束していく
『ガァァァア‼︎』
突然、収束していた霧が弾けた
『オマエサエェェェェ』
四散する霧の中からハイエナを人型にしたような化け物が恨みのこもった唸り声とともに現れる
「ターン!」
静かな住宅地を乾いた破裂音が走り抜ける
血を吐くような唸り声は消え、そこには首から上失った怪物が立っていた
近くの塀に飛び散った大量の血痕、外套の明かりを背負った大柄なシルエットがアスファルトに崩れ落ちる
風のない夜仄かに光る赤い霧が四肢から舞い上がり、そこには頭のない骸が一つ
人気のない道路を走る装甲車の一台で緊張感のない声が
「あちゃー、狙撃手に先越されちゃいましたね、久しぶりの大物だったのに」
若い男が残念そうにこぼす
「佐々山三等執行官、不謹慎な発言は控えたまえ」
上司らしき人物の険しい声
「すみませんっ、杉林一等」
「我々も帰投するぞ」
「「「「はっ」」」」
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さて、少しくらいは説明をしておこう
エモーション・マテリアライズ通称E.M
それは10年前に初めて確認させた現象だ、その当時警察におかしな通報が入った、その内容は信じ難いものだった
「死神だ!死神が出たんだ、助けてくれ!」
緊迫した声で訴える通報者からどうにか場所を聞き出し、数名の警察官が現場に向かった
警官が到着した時、そこに死神の姿は無く、変わりに地獄絵図が広がっていた
一面に咲いた血の華とそこかしこに転がる鋭利な刃物で切り裂かれた遺体
あまりの事態に警察は凶悪な大量虐殺事件として、その地域一帯を封鎖し犯人の捜索を始めたが、犯人は見つからず犠牲者が増えるのみだった
「死者374名 重軽傷多数」
これは
自衛隊の特殊作戦群が出動し件の死神が撃破され、その数日後に発表された最終的な被害者の数だ
発生地のすぐ側にあった小学校の生徒は、ほぼ全員が殺害されていた
その後、警察・自衛隊・各地の大学や研究機関から人員が派遣され研究チームが発足
これらの事件における怪物の残留物、宿主となった人物の遺体を回収、解析し、その脳波からこの現象が感情の変動に起因するものだということが判明した
そしてそれに加えて、この事件と同時期に各地で発見されるようになった新種の鉱物がこの怪物に対して有効な打撃を与えることができるということが判明し、その鉱物を用いた装備が数多く開発された
この事件から数ヶ月後、政府から独立した権限を持つ機関として『感情具現化現象対策局』通称《MEC》が異例の速さで設立され、我々人類はこの未知の現象に対する唯一の牙を手に入れたのだった
そして、これから始まる物語は、この組織に入隊することになる一人の青年の物語である
初めまして、「糸の切れた振り子」と申します。
この度は私の作品に目を向けていただきありがとうございますm(_ _)m
不束者ではございますがどうぞよろしくお願いします