夜這
「10」
センパイが裏を向けたカードを、場に出す。
「そういえば、さっきヤエに呼び出されてたけど何だって?」
デンが動揺し、カードが表を向いて落ちた。
「ジャック」
震えを抑えた声で言うが、動揺は隠せてない。
「なんでもありませんよ」
「ダウト」
「いや、これジャックでしょ」
デンはカードを指さすが、そこじゃない。
「なんでもないワケ無いじゃん」
そこだ。
「ヤエも青春の思い出が欲しいのよ」
ヤエさんは、セッターなので身長はそれほど高くないが、顔が小さくスタイル抜群。
そして、胸は凶器。
「入学以来、関東大会出場を目指して1年半、バレーに捧げた高校生活」
そんな彼女にだって、少しくらいロマンティックな思い出があっても良いじゃない。
そうセンパイは言う。
「たとえ昼間は練習で汗と泥にまみれてても、それを洗い流せば女に戻るのよ」
うんうんと頷くジョディ。何か感ずるトコロがあるらしい。
とりあえずデン、カード全部持ってけ。
「なぜだ!」
「クイーン、そしてあがり」
あジョディ、いつの間に。
じゃあ、キング。
「「ダウト」」
なぜだ!
「クロは直ぐ顔に出るからね」
余裕の表情でジョディが言う。
デンが持ってくはずだったカードが、全て僕の方に来た。
ヒドい。
合宿2日目の夜、僕らはトランプに現を抜かしてた。
「こんな雨ばっかりじゃねー」
晴天時しか、天文班の活動はできない。
雨が降ろうと風が吹こうと屋外でボールを追う女排とは、えらい違いである。
あ、ジョディ。僕の布団取るな。
「良いじゃない。ジョディの温もりに包まれて眠れるのよ。良い夢見れるわよ」
そんな事言っても、昨夜こいつ起こすの大変だったんですから。
「良いのよ?1つのお布団で一緒に寝ても。お姉さん黙っといてあげるから」
いや、絶対黙っちゃいねー男が約1名。
とデンを見る。
「もちろんデンは、私たちの部屋で寝るのよ」
トンでもないコト言い出しましたよ、この人。
「私のお布団はヤエに譲って、独り身の私は寂しく女排の部屋で寝るわ」
その部屋は、さぞや姦しいことであろう。
「いや俺はほら、親に決められた許嫁が」
あー有ったねーそんな話。
下足箱に忍ばされた白い封筒。送り主の西園寺美紀さん。
デンによれば、彼女こそ家が決めた許嫁らしい。
デンが政治家になる際に有用となる、家と家の結びつき。
彼の意志と関わりなく結ばれた縁。
たとえ好きな女性が居ても結婚は許されず、家の意向が優先される。
彼には多分、僕らほど人生に自由が無い。
だが――
ちょっとでも同情した僕がバカだった。
あんな美人さんとの縁なら、僕だって意志と関わりなく結ばれたいっ!
「あと5分で11時ね」
きろッ
センパイはデンに視線を走らせる。
そわそわそわ
デンは挙動不審である。
「クロ、今夜は寝かさないわよ」
へ?僕?
「おら、さっさと行きな」
げしげし。
デンを足蹴にし、上着を投げるセンパイ。
そして、上着を着こんで部屋を出るデン。
どゆこと?
ねぇ、どゆこと?
センパイは暫くデンの足音に耳をそばだてると、スマホを取り上げる。
「チェックメイトキングツー、CMKⅡ、こちら白の城主」
『白の城主、こちらCMKⅡ』
「黒の兵士をサクリファイス、白の女王はキングサイドへ。黒の王はキングサイドを出た。以上」
『白の城主、了解。白の王をキャスリング、以上』
あ、デン終わった。
これは終わった。
電話の相手は、名前は知らんが女排の3年生。
センパイが"白の城主"なら、入れ替わって隣の部屋で待つ"白の王"はヤエさんだろう。
同室の"白の女王"は、既に僕らの部屋へ移動済み。
そして"黒の王"は、隣の部屋へ誘導されチェックメイト。
「じゃ、私は女排の部屋へ移動するから」
えーと、どこまで引っ張ればヨイのでしょう?
「ABCで言えば――」
言えば?
「Cまで」
最後だから!それ、最後までだから!
「何か不満でも?」
指先がジョディを示す。
暫く唇をとんがらかした後、言った。
デンが"王"なのに、僕が"兵士"なのが不満です。そして捨て駒に使われたのが、もっと不満です。
センパイは、悪戯っ子のような眼で僕を見た。
「良いこと教えてあげる。"女王"はね――
"王"が落とすことなんて滅多にない――
「"女王"を落とすのは――
時として、捨て駒から成り上がった"歩兵"よ。
様々な指令を僕にした後――
じゃ、ガンバ♪とセンパイは部屋の外に消えた。
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10分くらい経った後、騒ぎが起きた。
だーっ!
隣の部屋でそんな声がして、こちらの部屋の扉を開けようとした不審者が居る。
残念ながら、施錠済みだ。
この鍵は日の光が射すまで開けてはならぬ。そうセンパイからのお達しだ。
そして、センパイからデンに助言が1つ。
"右ポケットが助けになるだろう"
何が入ってた?
上着の右ポッケを漁ったデンが応える。
「箱だ。表には"うすうす"って書いてある」
何の助けにもならんな。
僕らは互いに扉に背を預けていた。
「そっちの部屋には――」
デンが何を聞こうとしたかは判る。
――居るよ
――ぐーぐー寝てる
聞かれたなら、僕はそう応えただろう。
聞かれなくて良かった。
デンに嘘をつかなくて済んだ。
灯りを消した暗い部屋の中、ジョディが寝ているとは思えなかった。
息を潜め、緊張している。
もしも。
もしもその時、僕がもっと大人だったなら、
未来は変わっていただろうか?