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実は私は存在しない  作者: tema
第零章-現代
8/67

女排

「それじゃお2人さん。また、コレお願いね」

ヒドい。


電車とバスを乗り継ぎ、たどり着いた長野県霧ケ峰高原。

学校の山荘は、バス停から徒歩30分くらいの上り坂の向こう。

それは知ってた。事前に調査していた。

問題は、天文班の備品。


口径150mmニュートン式反射望遠鏡。

タカハシ製赤道儀とバランスウェイト、三脚込みで総重量25kg。

学校から最寄り駅までデンと分担して運んだが、その時はコロコロがあった。

山荘までの道は舗装されておらず、つか岩が転がる登り斜面でコロコロは使えない。


「いやーさすが男手があると違うねー。頼りになるねー」

頼りがいのある男、宿痾九郎です。

でも、荷物持ちはちょっと苦手。


センパイから指示された無線班とマイコン班の部活動。

「位置エネルギーを生成するのよ。これぞ物理部の活動!」

そんな部活とは思いませんでした。


「手伝おうか?」

小声でジョディが言ってくれるが、そればっかりはまかりならん。

男の意地というモノがある。


========

ぜーぜー

山荘に着いた僕らは青息吐息。

途中で何度挫けそうになったことか。


横ではデンも息を荒くしている。

その横で息も荒く崩れ落ちてるセンパイ。

ちょっとセンパイ!

アナタ望遠鏡持ってないのに、なんでぜーぜー言ってんの!


「ここ…空気が…薄くて…」

言いたいことは判る。

でもアナタ、途中で自分の荷物までジョディに持って貰ってたでしょうに。

「じゃぁ先に部屋へ荷物、運んどきますね」

あ。


身動きできない僕らを残し、ジョディが先に部屋へ向かう。

右手には鏡筒と三脚、左手には赤道儀とバランスウェイト。

その上、自分とセンパイの荷物まで担いでる。

息も乱さず。


========

「貴方たちに限って、無いとは思っているけれど」

とセンパイの真剣な眼差しが、僕らを射る。

「お約束とか言って、覗きしちゃダメよ」

そんなコトはしないと誓います。


僕とデンが厳粛な誓いを行い、センパイとジョディは風呂へ行った。

この山荘、大きな風呂があるものの男女兼用である。

つか本当は男女別にあるのだが、片方が故障しているらしい。


うーあー

まだ身体はへたばっている。

ちょっとこの身体はアレだ。その、何というか。

ひよわ。


比べるにジョディはムキム――もとい筋肉s――いやさ、鍛えられてる。

ちょっと僕も鍛えた方が良いのかなー。

そんなことを考えながら窓の外を見ると、庭のコートで女排(じょはい)こと女子バレー部の皆さまが鍛えてた。


うわー。

バレーボールって室内球技じゃないのか?

なぜ庭にバレーコートがあるのか?

「体育館とか無いからな、仕方あるまい」

なんとか復活したデンが言う。


レシーブ、トス、スパイク。

ワンツー、ワンツー、フック、アッパー。

スパルタである。そして泥だらけである。


「男排のバレーコートは中庭で、コンクリ敷きらしい」

うっわー。

転んだ時のことを、想像しただけで痛い。

新人部員が辞めるわけだ。


その点、物理部なら位置エネルギー稼ぐだけの簡単なお仕事です。

「お風呂あがったよー」

「ん、何見てんの?」


センパイとジョディが僕らの横に来て、女排の練習風景を見る。

ポコッ。

あいてっ。

「やらしー目で練習風景を見てるんじゃない」


ジョディがヒドい。

誤解である。冤罪である。

そんな目で見てたんじゃない。


「ほら、さっさとお風呂行ってらっしゃい」

くぷくぷ。

そんな笑いを含んだ目で、僕らを送り出すセンパイ。

「はいはい」

素直に出ていくデン。


僕は、センパイの目が気になった。

なにか?

「いやー」

ちらっと僕を見て、それから肩をバンバン叩きだすセンパイ。

痛い。


「ド(えら)いモノ、見せて貰った」

センパイが人差し指で、ジョディの自己主張が激しい胸部を示す。


あーなるほど。

で、アレはそんなに?

「もうね、子供会の花火大会なのに尺玉出して来た!みたいな感じ」

ほう。

「アレは大量破壊兵器ね。ハーグ条約違反だわ」

ほほうっ!


ボコン。

僕の頭にジョディの鉄拳が振り下ろされた。本日2回目の鉄拳である

「今すぐその足で風呂へ行くか、さもなくば」

さもなくば?

「気絶して、担がれていくか」

賢明な僕は、足を使うことに決めた。


========

んー、やっぱ鍛えた方が良いのだろーか。

自分の細い腕を見てそう思う。

既に湯舟に浸かってるデンの腕は、それなりである。

と言っても、眼鏡を外しているため良く見えない。


それで良い。

男の裸など見る必要はナイ。むしろ見たくナイ。

なのに、脱衣所に重い足音が聞こえた。

乱暴に扉を閉める騒音。


運動系の部員が来たらしい。

むさい。

そしておっかない。ちょっとだけ。


内扉が乱暴に開かれ、思わず僕は振り向いた。

何人か肩に手ぬぐい掛けたと思しき人が入ってきてた。漢らしいフルチング・スタイルである。

焦点が合わぬ自分の目に感謝し、顔を戻す。

振り向く。


叫び声が女性のものだった。


次の瞬間、僕は頭に強い衝撃を感じた。

僕の記憶は、ここで途切れている。


========

「その、本当ごめんね」

「申し訳ない」

「すみません」

「いえいえ、お気になさらず」

何人かの女の人、そしてデンの声が聞こえた。


扉が開き、閉まる音。

「あ、クロ気づいた?」

ジョディの声がして、四つん這いで近づく彼女の姿が見えた。

眼鏡が無いからボケボケだったが。


えーと。

「あ、はい眼鏡」

さんきゅー。

「おおっ大丈夫かい?」

センパイが、心配そうに僕の顔を覗き込む。


何が――起きたんだ?

「俺たちが風呂に入ってたら、間違えて女排の連中が入ってきた」

はい?

「動転した人が風呂桶を投げつけて、それが頭に当たったお前は昏倒した」

はいぃィ!?


「大丈夫だ!」

胸を張ってデンは言う。

「誤解は解いておいた。ドアプレートもちゃんと"男子"にしてあったし」

いやそーゆー問題じゃない!


「まぁまぁ、彼女たちは何度も謝ってたぞ。ここは許すのが男だ」

そう言えば、謝ってる声を聞いた。

「たんこぶになってるから、脳内出血は無いと思うわよ」

そーゆー問題でもない。


まーまーまーまー

センパイとデンは、笑いながら僕を宥めようとしている。

怒ってくれてるのはジョディだけだ。

さすがジョディ。我が心の友。


「なに怒ってんのよ。こんなラッキーすけべ、そうそう起きるもんじゃないわよ」

怒らいでか!

肝心な時に眼鏡かけてなかったから、何も見えなかったんぐべぇッ!

ジョディが振り上げた拳は、途中で軌道を変えて僕の腹に叩き込まれた。


========

「あ、ごめんね。痛かったでしょう?」

「いえいえ、本人も大丈夫だと言ってましたから」

あ、ちょ、それ僕の科白…


食堂で、女排の皆さまの謝罪をにこやかに受け止めるジョディ。

その謝罪は、僕にスルーパスして頂きたい。

さっきは一緒に怒ってくれたのにー

外面いーな、おい。


不満である。

屋外のコートで泥だらけになってた姿とは違い、泥を落とした彼女たちは大層魅力的である。

風呂上りの上気した頬が、またなんとも。

そんな彼女たちが謝罪のため僕に近寄ってくるも、隣に座ったジョディが応対し僕に出番ナシ。会話ナシ。出会いナシ。


くすん。


========

「あらヤエ、どうしたの?」

食後の珈琲タイム。物理部4人だけの食堂に、女排の人が1名歩いてきた。


「遅くなりましたが、女排代表として宿痾(しゅくあ)さんに謝罪を」

「そんな気にすること、ないですよ」

こらジョディ、僕の科白取るな。


「女排主将の八木恵梨香、通称ヤエ。私の親友」

センパイが紹介したヤエさんは僕の前に座り、深々と頭を下げた。

「大丈夫ですよ。コイツも気にしてないし」

こらデン、だからそれ僕のセリフー


気になる。気にならぬワケがない。

ヤエさんはバレー部だ。ゆえにその胸元には2つのバレーボール――は言い過ぎ。でも決してソフトボールじゃなく、もっと巨大な…あ、ジョディいたい痛い。


と、なぜかセンパイが席を立ち、僕の左へ。

右は不動のジョディ。

両手と前に華!

非常に喜ばしい状況である。


目の前でうろうろしているデンが目障り。

結局デンはヤエさんの右隣に座る。


「宿痾さん、本当にごめんなさい」

いえいえ、気にしてません。本当に。

「ヤエ~、要件は本当にそれだけ~?」

センパイ、少しは気にしてください。本当に。


「それだけ、と言えば嘘になります」

彼女の眼が真剣になり――

「この場でこんな事を言うのは、常識外れと判っています」

でも私は――と彼女は両手で目の前の手を掴み。


「あなたが、欲しい」

そう言った。


========

ここで、想定される幾つかの誤解を解いておこう。

第1に、答えはノーだ。ヤエさんは僕の手を掴んでいない。

彼女が掴んでいるのは、ジョディの手だ。


第2に、答えはノーだ。ここにキマシ・タワーを建てるのはまだ早い。

彼女が言ってるのは、そういう意味じゃない。


第3に、答えはやはりノーだ。

ジョディは首を横に振る。あ、これ誤解じゃなかった。


ヤエさんは暫くジョディの手を包んだまま動きを止め、そして残念そうに笑った。

「空手、いえ柔道かしら?少なくともバレーの手じゃないわ」

「家が道場をやってまして」

アタシは――


ジョディもまた、残念そうに笑う。

「体育系の部活はできません」

そう言った。


ヤエさんは、つと視線を逸らしセンパイの方を向く。

睦月(むつき)…私フられちゃった」

「おおよしよし可哀そうにねー。デン、慰めてあげなさい」

「ええッ!?俺ですか?」


ヤエさんが上目遣いでデンを見る。

デンは少し躊躇った後、左手を上げてヤエさんの頭をイイコいいこする。

「じゃぁ後は若い2人に任せて、撤収!」

センパイの号令が響き、僕は両腕を掴まれて部屋へ連れ去られた(ドナドナ)


おかしい。

色々おかしい。

当初、ヤエさんは僕に用事があったハズなのに、ジョディに取られ、美味しい所はデンに全部持っていかれた。


くすん。

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