女排
「それじゃお2人さん。また、コレお願いね」
ヒドい。
電車とバスを乗り継ぎ、たどり着いた長野県霧ケ峰高原。
学校の山荘は、バス停から徒歩30分くらいの上り坂の向こう。
それは知ってた。事前に調査していた。
問題は、天文班の備品。
口径150mmニュートン式反射望遠鏡。
タカハシ製赤道儀とバランスウェイト、三脚込みで総重量25kg。
学校から最寄り駅までデンと分担して運んだが、その時はコロコロがあった。
山荘までの道は舗装されておらず、つか岩が転がる登り斜面でコロコロは使えない。
「いやーさすが男手があると違うねー。頼りになるねー」
頼りがいのある男、宿痾九郎です。
でも、荷物持ちはちょっと苦手。
センパイから指示された無線班とマイコン班の部活動。
「位置エネルギーを生成するのよ。これぞ物理部の活動!」
そんな部活とは思いませんでした。
「手伝おうか?」
小声でジョディが言ってくれるが、そればっかりはまかりならん。
男の意地というモノがある。
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ぜーぜー
山荘に着いた僕らは青息吐息。
途中で何度挫けそうになったことか。
横ではデンも息を荒くしている。
その横で息も荒く崩れ落ちてるセンパイ。
ちょっとセンパイ!
アナタ望遠鏡持ってないのに、なんでぜーぜー言ってんの!
「ここ…空気が…薄くて…」
言いたいことは判る。
でもアナタ、途中で自分の荷物までジョディに持って貰ってたでしょうに。
「じゃぁ先に部屋へ荷物、運んどきますね」
あ。
身動きできない僕らを残し、ジョディが先に部屋へ向かう。
右手には鏡筒と三脚、左手には赤道儀とバランスウェイト。
その上、自分とセンパイの荷物まで担いでる。
息も乱さず。
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「貴方たちに限って、無いとは思っているけれど」
とセンパイの真剣な眼差しが、僕らを射る。
「お約束とか言って、覗きしちゃダメよ」
そんなコトはしないと誓います。
僕とデンが厳粛な誓いを行い、センパイとジョディは風呂へ行った。
この山荘、大きな風呂があるものの男女兼用である。
つか本当は男女別にあるのだが、片方が故障しているらしい。
うーあー
まだ身体はへたばっている。
ちょっとこの身体はアレだ。その、何というか。
ひよわ。
比べるにジョディはムキム――もとい筋肉s――いやさ、鍛えられてる。
ちょっと僕も鍛えた方が良いのかなー。
そんなことを考えながら窓の外を見ると、庭のコートで女排こと女子バレー部の皆さまが鍛えてた。
うわー。
バレーボールって室内球技じゃないのか?
なぜ庭にバレーコートがあるのか?
「体育館とか無いからな、仕方あるまい」
なんとか復活したデンが言う。
レシーブ、トス、スパイク。
ワンツー、ワンツー、フック、アッパー。
スパルタである。そして泥だらけである。
「男排のバレーコートは中庭で、コンクリ敷きらしい」
うっわー。
転んだ時のことを、想像しただけで痛い。
新人部員が辞めるわけだ。
その点、物理部なら位置エネルギー稼ぐだけの簡単なお仕事です。
「お風呂あがったよー」
「ん、何見てんの?」
センパイとジョディが僕らの横に来て、女排の練習風景を見る。
ポコッ。
あいてっ。
「やらしー目で練習風景を見てるんじゃない」
ジョディがヒドい。
誤解である。冤罪である。
そんな目で見てたんじゃない。
「ほら、さっさとお風呂行ってらっしゃい」
くぷくぷ。
そんな笑いを含んだ目で、僕らを送り出すセンパイ。
「はいはい」
素直に出ていくデン。
僕は、センパイの目が気になった。
なにか?
「いやー」
ちらっと僕を見て、それから肩をバンバン叩きだすセンパイ。
痛い。
「ド豪いモノ、見せて貰った」
センパイが人差し指で、ジョディの自己主張が激しい胸部を示す。
あーなるほど。
で、アレはそんなに?
「もうね、子供会の花火大会なのに尺玉出して来た!みたいな感じ」
ほう。
「アレは大量破壊兵器ね。ハーグ条約違反だわ」
ほほうっ!
ボコン。
僕の頭にジョディの鉄拳が振り下ろされた。本日2回目の鉄拳である
「今すぐその足で風呂へ行くか、さもなくば」
さもなくば?
「気絶して、担がれていくか」
賢明な僕は、足を使うことに決めた。
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んー、やっぱ鍛えた方が良いのだろーか。
自分の細い腕を見てそう思う。
既に湯舟に浸かってるデンの腕は、それなりである。
と言っても、眼鏡を外しているため良く見えない。
それで良い。
男の裸など見る必要はナイ。むしろ見たくナイ。
なのに、脱衣所に重い足音が聞こえた。
乱暴に扉を閉める騒音。
運動系の部員が来たらしい。
むさい。
そしておっかない。ちょっとだけ。
内扉が乱暴に開かれ、思わず僕は振り向いた。
何人か肩に手ぬぐい掛けたと思しき人が入ってきてた。漢らしいフルチング・スタイルである。
焦点が合わぬ自分の目に感謝し、顔を戻す。
振り向く。
叫び声が女性のものだった。
次の瞬間、僕は頭に強い衝撃を感じた。
僕の記憶は、ここで途切れている。
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「その、本当ごめんね」
「申し訳ない」
「すみません」
「いえいえ、お気になさらず」
何人かの女の人、そしてデンの声が聞こえた。
扉が開き、閉まる音。
「あ、クロ気づいた?」
ジョディの声がして、四つん這いで近づく彼女の姿が見えた。
眼鏡が無いからボケボケだったが。
えーと。
「あ、はい眼鏡」
さんきゅー。
「おおっ大丈夫かい?」
センパイが、心配そうに僕の顔を覗き込む。
何が――起きたんだ?
「俺たちが風呂に入ってたら、間違えて女排の連中が入ってきた」
はい?
「動転した人が風呂桶を投げつけて、それが頭に当たったお前は昏倒した」
はいぃィ!?
「大丈夫だ!」
胸を張ってデンは言う。
「誤解は解いておいた。ドアプレートもちゃんと"男子"にしてあったし」
いやそーゆー問題じゃない!
「まぁまぁ、彼女たちは何度も謝ってたぞ。ここは許すのが男だ」
そう言えば、謝ってる声を聞いた。
「たんこぶになってるから、脳内出血は無いと思うわよ」
そーゆー問題でもない。
まーまーまーまー
センパイとデンは、笑いながら僕を宥めようとしている。
怒ってくれてるのはジョディだけだ。
さすがジョディ。我が心の友。
「なに怒ってんのよ。こんなラッキーすけべ、そうそう起きるもんじゃないわよ」
怒らいでか!
肝心な時に眼鏡かけてなかったから、何も見えなかったんぐべぇッ!
ジョディが振り上げた拳は、途中で軌道を変えて僕の腹に叩き込まれた。
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「あ、ごめんね。痛かったでしょう?」
「いえいえ、本人も大丈夫だと言ってましたから」
あ、ちょ、それ僕の科白…
食堂で、女排の皆さまの謝罪をにこやかに受け止めるジョディ。
その謝罪は、僕にスルーパスして頂きたい。
さっきは一緒に怒ってくれたのにー
外面いーな、おい。
不満である。
屋外のコートで泥だらけになってた姿とは違い、泥を落とした彼女たちは大層魅力的である。
風呂上りの上気した頬が、またなんとも。
そんな彼女たちが謝罪のため僕に近寄ってくるも、隣に座ったジョディが応対し僕に出番ナシ。会話ナシ。出会いナシ。
くすん。
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「あらヤエ、どうしたの?」
食後の珈琲タイム。物理部4人だけの食堂に、女排の人が1名歩いてきた。
「遅くなりましたが、女排代表として宿痾さんに謝罪を」
「そんな気にすること、ないですよ」
こらジョディ、僕の科白取るな。
「女排主将の八木恵梨香、通称ヤエ。私の親友」
センパイが紹介したヤエさんは僕の前に座り、深々と頭を下げた。
「大丈夫ですよ。コイツも気にしてないし」
こらデン、だからそれ僕のセリフー
気になる。気にならぬワケがない。
ヤエさんはバレー部だ。ゆえにその胸元には2つのバレーボール――は言い過ぎ。でも決してソフトボールじゃなく、もっと巨大な…あ、ジョディいたい痛い。
と、なぜかセンパイが席を立ち、僕の左へ。
右は不動のジョディ。
両手と前に華!
非常に喜ばしい状況である。
目の前でうろうろしているデンが目障り。
結局デンはヤエさんの右隣に座る。
「宿痾さん、本当にごめんなさい」
いえいえ、気にしてません。本当に。
「ヤエ~、要件は本当にそれだけ~?」
センパイ、少しは気にしてください。本当に。
「それだけ、と言えば嘘になります」
彼女の眼が真剣になり――
「この場でこんな事を言うのは、常識外れと判っています」
でも私は――と彼女は両手で目の前の手を掴み。
「あなたが、欲しい」
そう言った。
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ここで、想定される幾つかの誤解を解いておこう。
第1に、答えはノーだ。ヤエさんは僕の手を掴んでいない。
彼女が掴んでいるのは、ジョディの手だ。
第2に、答えはノーだ。ここにキマシ・タワーを建てるのはまだ早い。
彼女が言ってるのは、そういう意味じゃない。
第3に、答えはやはりノーだ。
ジョディは首を横に振る。あ、これ誤解じゃなかった。
ヤエさんは暫くジョディの手を包んだまま動きを止め、そして残念そうに笑った。
「空手、いえ柔道かしら?少なくともバレーの手じゃないわ」
「家が道場をやってまして」
アタシは――
ジョディもまた、残念そうに笑う。
「体育系の部活はできません」
そう言った。
ヤエさんは、つと視線を逸らしセンパイの方を向く。
「睦月…私フられちゃった」
「おおよしよし可哀そうにねー。デン、慰めてあげなさい」
「ええッ!?俺ですか?」
ヤエさんが上目遣いでデンを見る。
デンは少し躊躇った後、左手を上げてヤエさんの頭をイイコいいこする。
「じゃぁ後は若い2人に任せて、撤収!」
センパイの号令が響き、僕は両腕を掴まれて部屋へ連れ去られた。
おかしい。
色々おかしい。
当初、ヤエさんは僕に用事があったハズなのに、ジョディに取られ、美味しい所はデンに全部持っていかれた。
くすん。