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実は私は存在しない  作者: tema
第零章-現代
6/67

赤点

僕の英語の成績は"抜群"だ。

ただし下の方に。


入学早々に行われた、英語の実力テストが返ってきた。

血の気が引いた。

今回ばかりは自信があった。

受験勉強として英語は結構頑張った。特に受験前1ヶ月は。

なのにこの大胆な点数は何だ。


「大胆な点数だな」

受験時にお世話になったデン先生のご感想である。

「ここと、ここに、ここも」

受験勉強の時に覚えさせたはずだ。そう先生は言う。


確かに詰め込まれました。

受験が終わった瞬間、バネ仕掛けのように記憶ちゃんから飛び出しました。

「合ってるのは4択問題だけ。しかも8問中4問は間違ってる」

ご指摘の通りでございます。


「試験勉強してるかと思えば、こんなの読んでたし」

センパイが棚から本を取り出す。

“はじめてのモールス符号”

所謂ツー・トンだ。無線をやるならいずれは学ぶべき必須知識だ。

「こんなの覚えられるのに、なんで英単語は覚えられないの?」

ぐうの音も出ません。


「このままだと、赤点、追試、落第、留年のコンボだな」

そのコンボはご容赦頂きたい。特に最後の留年。

「まぁ、お前の対策は簡単だ。暗記あるのみ」

その暗記ができるなら、どれほど楽なことか。


僕は暗記ものが苦手だ。徹底的に。

特に、興味が沸かない英単語なんかは、まったく覚えられない。

でも方法はある。1つだけ。


センパイが汚物を見る眼で、僕を見る。

「もう私、カラダ張った協力はしないよ」

ですよねー

さすがにジョディに頼むワケにもいかん。

理由は2つある。


理由の1つは、むろん僕が紳士だからだ。

赤点回避のためとはいえ、女性の身体を使うのは紳士としてよろしくない。

アマチュア無線技士免許の際は、時間の制約もあり他に方法が無かった。アレは例外中の例外。1回こっきりの裏技。

だがこれ以上、僕の外聞を傷つけるワケにはいかん。


そして理由の2つ目が、横で頭を抱えて唸っている。

「クロより英語が苦手な人は、初めて見た」

1周回って逆に尊敬の眼差しで、デンがジョディを見る。


4択問題8問中1問のみ正解、という確率を超えた点数を叩き出した御仁である。

無論、他は全滅。

点数だけは頑として見せることを拒んだが、誰が見ても2点。

10点満点の2点ではない。200点満点中の2点だ。


「中間試験でもコレだと、部活どころじゃなくなりそうですよ」

実は、赤点を取ると自動的に部活禁止になる。

「何ですって!?」

センパイが血相を変えて立ち上がる。


昨年度から、胃が痛くなる思いで物理部を1人支えてきたセンパイ。

自らのカラダまで張り、ようやく部が存続できた…と思ったのもつかの間。廃部の危機再びである。

唇を噛みしめ、僕を睨む。


アンタまさか、私のカラダ目当てにこんな点数取ったんじゃないでしょうね!

そんなフキダシが頭の上に浮かんでる。

神に誓ってそのようなことはありません。

神様なんて信じてないけど。


「クロの場合、英単語を丸暗記させれば何とかなります」

デン様がフォローしてくださる。

私のカラダで丸暗記する心算じゃないでしょうね!

そんなフキダシがセンパイの頭上に浮かぶ。

誤解である。そんな心算は毛頭ナイ。


ただコレ、ワタクシの人生に一大事でして。

万一の際には、是非ご協力を賜りたい次第でございます。


「でもジョディは…」

彼女には、弱点らしい弱点"しか"見当たらない。

四面楚歌の五里霧中。八方塞がり孤立無援。当たるを幸い薙ぎ倒し、辺り一面焼け野原。

加えて、僕のような"対策"も見つかってない。


「大和民族なら日本語が使えれば良いじゃない!」

なんで英語なんて、と主張するジョディ。

だが、キミは大和民族というにはチト無理がある。


――その大和撫子らしからぬ胸とか、お尻とか、太ももとか。

と、心の中だけで続ける。

口から出たら危ないからだ。


「民族の区分は遺伝的なものじゃないわよ」

センパイが言う。

「大和民族は、"日本語を母国語とする者"くらいの意味よ。その点でジョディも大和民族」

そなの?


どうだ参ったか!

そんな感じで僕を見るジョディ。

参っても良いけどさ、そんな余裕あるの?

「ございません」


「クロはデンに任せるとして、問題はジョディね」

デンは英語が得意で教えるのも上手いが、ジョディには匙を投げる始末。

このデン様に匙を投げさせるとはジョディ、お主やるな。


「誰か、英語が得意で教えるのが上手い人っていませんか?」

デンが投げた匙をセンパイに抛る。

「ん~教え上手ねぇ…あッ!…ん?…ああッ…んん?」

センパイが誰かを思いついたらしい。

だが、首をひねったり納得したり、一人芝居をしてる。


「いるんですか?」

是非僕にも紹介して頂きたい。

できれば美人で綺麗な女性に優しく教えられたいです。

いや、もう僕も後が無い状態。

ピンヒールにボンデージスーツの美女に、ビシビシしごかれても構いません。


「1人居る…んだけど…」

何か問題でも?


========

翌日、土曜日。

僕らはセンパイに連れられ、とある場所に来た。

「ここ…ですか」


見上げるように大きい門。

古い看板が掲げられている。"梁山泊"とか書かれてそうな感じだが、古い上に達筆すぎて何書いてあるのか判らん。


気にする様子も無く門を潜るセンパイの後に続く。と、門から離れた場所にある玄関付近。そこを箒で掃いてた書生さんみたいなヒョロ長い男が、顔を輝かせた。

「やぁ、久しぶり」

「ごめんね、突然」


「彼らがジョディと一緒に入部してくれた、デンとクロ」

僕らは、この人は誰?と思いながら頭を下げる。

「彼がジョディのお兄さんで、私と中学の同級生。|桐生真一くん」


その人の背丈はジョディより高そうだ。

ただし細い。めっちゃ細い。

そして黒目、黒髪。つか日本人。

そもそも、ジョディの苗字(ファミリーネーム)は"ガイル"だ。"桐生"なんて聞いてないよ?


「実は僕、ジョディと血が繋がっていない」

うん、知ってる。

どー見ても一目で判る。

「でもね、あいつの事は実の妹と同じように思っている」

いや、実の妹より遠慮が無い――と、小声で続けるお兄さん。


それなのに、と目を伏せる。

「英語でそんな点数を取って、相談もしないなんて…」

それは――と、女の人の声がした。

「兄さんが可愛がりすぎるからよ」

絵に描いたような大和撫子が、そこにいた。


凛とした雰囲気を持つ、切れ長の目を持つ美少女――否。

年齢は僕らとさほど違わないはずなのに、センパイより大人に見える"美女"だった。

「お、く~ちゃん久しぶり。大きくなったねー」

センパイ、雰囲気ブチコワシだよ。


彼女が近づき、僕らに向かって頭を下げる。

センパイがブチコワした雰囲気が修復された。

「ジョディの妹の久実ちゃんだよ」

姿勢が良いのか、なんか全ての動作が恰好良い。

ん?ジョディの"妹"?


「今年受験だから、上手くいけば私たちの後輩」

その暁にはゼヒ物理部へ…と青田刈りを始めるセンパイ。

いや、問題はそこじゃない。


後輩って中学生なのか?

大人びたこの雰囲気で?

背丈?背丈なの?

大人びた雰囲気は、背丈が重要なのか?


彼女も身長が高い。

デンの背丈を軽く超える。いわんや僕においてをや。

くすん。


と、その時。


「いィイイぁあアアッ!」

激烈な気合が響き、横にある大きな建物が揺れた。

気がした。

ちなみにその気合、聞き覚えのある声だった。


「家は道場をやっててね」

と爽やかに言うお兄さん。

いや、そんな爽やかな物音じゃなかったよ?

なんか重い物がブツかったみたいな、スゲー音だった。

大丈夫なのか、ジョディは。


「ジョディは素質があってね」

真一さんは嬉しそうに言う。

「体格にも恵まれ、今やこの道場の師範代だ」

僕はからきしだったけど、と微笑む。


ジョディを呼んでくるよ、と道場の中に入っていくお兄さん。

あの微笑みに至るまでに、どれ程の葛藤を経たのだろう。

血のつながった長男。彼に対する期待は大きかったはずだ。

でも体格や運動神経には、遺伝が大きな影響を与える。

努力では、どうしても届かない部分がある。


「兄さんも、少しは努力した方が良いと思うんですけど」

あれ?

「あんなヒョロヒョロでは、頼りがいがありません」

おや?


センパイがフォローに入る。

「いや、真一君は勉強の方で凄いじゃない」

「それでも少しは腕力が無いと、いざという時に困ります」

なんでだろうおかしいぞ。お兄さんの話なハズなのに胸が痛い。


「兄のことはさておき」

と、妹さんは僕らを見る。

「父が是非、お会いしたいと申しております」

お二人に――と僕らを見つめるその微笑みは、とても恐ろしく見えた。


========

それほど分厚い筋肉に覆われてはいない。

貌も強面というより優男に近い。

なのに、強烈なプレッシャーを感じ、身動きができない。


目の前にはジョディの父親、この家の家長にして道場主。桐生憲吾さん。

「ちょっと父さん、そんな怖い顔して」

お二人が緊張してるじゃない、と妹さんが言う。


「あ、ああ。すまん」

膝を崩してくれ、と言われてもそーゆーワケにはいかない。


考えてみれば、年頃の娘が連れてきた男。

父親としては、大事な娘を惑わせ、傷つけ、攫っていくかも知れぬ野郎どもだ。

――娘に手を出したら、骨の1、2本で済むと思うな。

そんな言葉が、心の中で渦巻いている。気がする。

敢えて言おう。怖い、と。


「折角、姉さんが男友達を連れてきたのに」

ちょ、ちょっと妹さん!

そこは"友達"の方を、そちらの方だけを強調して頂きたい。

「娘とは、どのようなご関係で?」

ひえーっ


「お父さんはちょっと黙ってて。そんな脅すような口ぶりじゃ、何も聞けないじゃない」

妹さまは神様です。

センパイ、少しは助けてください。


――どちらが

と妹さんは続けた。

「姉さんの彼氏(カレシ)なんですか?」


発音が、"カレシ"だった。

渋谷の街をうろつき、軽い調子で"Yo"とか挨拶するが、その実エゲツナイ連中みたいな。

"彼氏"のような誠実なお付き合いとかスッ飛ばして、出会ったその日に唇奪っちゃうような。

お父様の視線が、γ(ガンマ)線レーザーのように鋭くなった。


こらデン!

僕の方向くんじゃない!

「ほほう」

地獄の蓋が開き、奈落の底から響く声のように、その声は僕の心と肝を震わせた。


目を逸らしたら殺られる!


「あー残念ながらこの二人、そんなんじゃないです」

緊張感のないセンパイの声が聞こえた。

がっかり。

そんな音が聞こえそうな目をするお父様。

あれ?


「高校に入れば多少、女らしくなってくれるかも知れぬ…と」

目を伏せるお父さんに、畳へ手をつく妹さん。

「期待していましたのに…」

おや?

「いや、まだこれからだよ。全然脈アリだよ!」

センパイは、変なこと言わないでください。


ごにょごにょごにょ。

センパイが妹さんににじり寄り、耳元に口を近づけなにやら言い始める。

「ほう!」

妹さんの目が期待に輝き僕を見る。


と、その目が次第に冷たくなっていき、汚物を見るような目つきになっていく。

この目はいつか見た目。

ああそうだよ、センパイがその目で僕を見てた…


ちょっとセンパイ!

何言ってるんですか――いや聞いてるワケじゃないから!大声で言おうとするんじゃない!

「えーと、久実?」

お父様、何でもありません。本当に何でもありませんから!


絶対絶命のピンチに、救世主が現る。

お兄さんだ。後光が射してる。聖お兄さんだ。

「久実!ジョディがまたやらかした!」

身振りでボディブロウだと伝える。

「包帯と添え木を。僕は救急車を呼ぶ!」


スッ…

体重を感じさずに立ち上がる妹さん。

ガックリ…

頭の重さが倍になったかのように抱えるお父さん。

「左肋骨の…はい、おそらく8番と9番です…そうです。拳で…」

電話に向かって叫んでるお兄さん。


いやお父さん?

なんで縋るような目で、僕をご覧になってるのでしょうか?

さっきの鋭い目線も怖かったけど、その目線は別の意味で怖い。


ジョディ(あのこ)は、腕は立つんだが手加減がまだまだだ…」

立ち上がるお父さん。

部屋から出ていこうとして、振り返る。

「見て判る通り、私はジョディと血が繋がっていない」

だが関係ない、とお父さんは言い。

「あいつは、私の大切な娘だ」


「君たちは、同じクラスで部活も同じと聞いている」

静かに頭を下げ

「娘を、よろしく頼む」

いや、その頼みは(うけたまわ)っちゃイケナイ気がする。

気はするのだが。


御意――

僕らは深々とお父さんに頭を下げた。

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