親友
辺理佃洲朗は平均的な男である。
背は高からず低からず、胴回りは太からず細からず。
目は大きからず小さからず、鼻は高からず低からず。
世の中には様々な研究者が居るもので、ある研究者が美醜とは何かを調査した。
様々な顔の平均を取る。そして出来上がった顔を人は美形と感じるらしい。
つまり僕の親友デンは、口惜しいことに美男子なのだ。
「ぬ」
下校時、下足箱を開けた彼が唸る。
指に摘ままれた白っぽい封筒。
鹿爪らしい顔で封を開け、目を通すデン。
「なんだって?」
わくわく♪
そんなフキダシを頭の上に浮かべ、ジョディが聞く。
「明日の夕方、体育館裏に来いと書いてある」
デンは一瞬、目を閉じ――
「俺をシめる心算かも知れん」
と言った。
嘘をつけーっ!
そんなピンクがかった封筒にハートマークの封印を貼る不良が、居て堪るかっ!
「居るかもよ?胸を熱くしたスケ番」
おー、それは新機軸。
今朝は雨降りだったため、デンも徒歩通学。
3人で帰るのは初めてかも。
「明日はデン、部活は休みだね」
自分の事のようにウキウキしているジョディ。
ぢぐじょー。ぢぐじょー。
怨嗟の呻きを胸の内で叫ぶ僕。
「クロ、声に出てるよ」
しまった。
「そんな良いものじゃないぜ?」
余裕をカマす色男。許せん。少しくらい分けろ。
いいや、分けてください。お願いします。
「はいはいクロは可哀そうだね。あ、じゃぁまた明日」
駅前で冷たいジョディと別れ、しばらく2人で歩く。
ああ、なぜ世の女性は想いを1人に集中させるのか。
「そう言うがな、俺は好きな女性から告られた事なんて1度もないぞ」
僕は、好きじゃない女性から告られたコトもありませんが何か?
「それでもだ」
デンと別れた後で、姉貴から買い物を申し遣ってたことを思い出す。
スーパーは駅の近くで、さっき通り過ぎた。
すごすご引き返した僕は、同じく駅の方へ引き返すデンの姿を見かけた。
あいつ、どこ行くんだ?
はっ。
ひょっとして、体育館裏で待ってるのは明日じゃなく、今日なんじゃね?
謀ったな佃洲朗。
いや、学校へ行くならこっちじゃない。
ジョディが電車通学なので、今日の帰り道は多少遠回りしている。
はて?
とりあえず尾行しよう。
急にデンが立ち止まり、咄嗟に僕は路駐していたトラックの影に身を隠す。
デンは暫く佇んだ後、踵を返し速足で家の方へ帰って行った。
「"畜生"ってのは、むしろ俺の科白だよ」
僕に気づかず、横を通り過ぎるデンの声が聞こえた。
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「今日のはちょっと味、薄いな」
姉上のご批評を甘んじて受けながら、夕食を済ませる。
今日は僕が夕食当番の日だ。女子大生なんだから、男に貢がせて外食でもしてくれば良いのに。
僕の涙で塩味をつけてやろうか?
軽口を叩く僕に、右の眉だけを器用に上げる姉貴。
「なんだ、泣きたいことでもあったか?」
お姉さまに話してごらん。そう言うので、デンの恋文と妙な言動を話してやった。
珍しいことに姉貴が茶を入れてくれた。ペットボトルからだが。
「ほほぅ、青春だねぇ」
デンの謎言動を気にもせず、姉貴が楽しそうに言う。
「辺理くんも終に恋に墜ちたか。ああ、折角のイケメンが勿体ない」
私に墜ちてくれれば考えたのに、と鏡を見た方が良い姉貴が言う。
いやちょっと待て。
何を聞いてたのか。デンが恋文の君に会うのは明日だ。
墜ちるも何も、会ってすらいない。
「アンタ何言ってんのよ。余裕カマしてる場合じゃないでしょ」
はい?
この女は何を言ってるのか。
母親の変人遺伝子が開花してしまったのだろうか?
「取られちゃうわよ、ジョ…いやなんでもない」
はい?
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夕食後、自室で考えてみた。
姉貴が考えてるデンの想い人は明らかだ。
"ジョ"で始まる女性の知り合いは1人しかいない。ジョディに決定。
デンが駅の方へ向かってたことも、それなら辻褄が合う。駅にはジョディが居た。
問題は、姉貴がジョディを"僕の想い人"と考えてることだ。
どこをどうしたら、そんな妄想が出来上がるのか。
ただ――
ふと、気づいた。
デンは更に誤解してるフシがある。
『"畜生"ってのは、むしろ俺の科白だよ』
僕とジョディが付き合ってるなら、この言葉は辻褄が合う。
そんなことは天に誓ってナイのだが。
そして僕は、考えを先に進める。
仮にデンがジョディのことを想ってた、とする。
その想い人が、恋文を貰った自分にウキウキしている。
それはちょっとキツい。かも。
いい気味である。イケメン死すべし滅ぶべし。
一方、ジョディが僕のことを想っていた、とする。
そう前提を置いても、ジョディの言動に齟齬はない。かも。
だがなー
現実味がない。
ジョディは友人だし、会ってて楽しい。
美人だし、身体だって魅力的だ。
でも、徹底的に現実味がない。
じゃぁセンパイだったら現実味があるか、というとそれもナイ。
池田や金子だったら多少は現実味がある。多少はね。
現実味はあるが、ちと困る。
僕にも好みというものがあるのだ。えへんエヘン。
そんな感じで頭を捻っているうちに僕は眠りにつき、気づけば朝だった。
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翌日の放課後、一緒に部室へ行きたそうなデンを足蹴にし、体育館裏へ追いやった。
むしろジョディの方が行きたそうだったが、全力で止めさせて貰った。
恋文の君は、僕に感謝するとヨイ。
なおデンにフられたなら、僕のことを思い出すがヨイ。
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「ね、どんな娘なのかな」
ワクワク感を躍動させながら、ジョディが言う。
ついでに胸部も躍動してる。ありがとうございました。
デンは中学時代から、色々なタイプの子から告られてたぞ。
僕がそう言うと、眼を爛々と輝かせたジョディが釣れた。
ちなみに部室の向こうから、センパイもにじり寄ってくる。
非常に口惜しいことに、デンはモテる。
そして真に不可解なことに、デンはあまり付き合ったことが無い。
たいてい告られても断り、何人かと付き合い初めても、割と直ぐ別れた。
「どうして?」
理由は――知らん。
キュピーン!
センパイの眼鏡が光った。
「ジョディ、これはアレよ!」
アレ?
「あっ、ひょっとしてデンは彼女よりクロと一緒に居たいとか」
「そう、それよ!」
"それよ"じゃない!
ひょっとしない!
デンの名誉のために言わせて貰えば、彼の性的嗜好は一般的だ。
「ふふふふふ…」
「腐腐フ腐腐…」
その笑い方はやめろー
キモチ悪いからやめろー
――理由を知らんと言ったな、アレは嘘だ。
胸の中で僕は言う。
昨晩、姉貴が言ってた"デンはジュディに惚れてる"疑惑はさておき、彼女を作らない理由は、想像がつく。
デンの家は母子家庭だ。
母親は楚々とした美人で、父親とは入籍もしていない。
父親が既婚者だからだ。
デンの部屋で、父親と思しき人の写真を見たことがある。
幼いデンを中心に、母親と肩を並べて微笑んでいた白髪交じりの男。
その顔はTVで見たことがあった。有名な――政治に興味ない中学生ですら知っていた政治家だ。
今の財務大臣。おそらくデンは、彼の息子だ。
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Wikipediaによれば、その人に子供は居ない。
だが政治家は世襲制だ。
票田となる地場を親から受け継ぎ、当選する。
だから、政治家は何としても子供を――できれば息子を求められる。
デンはいずれ、父親の票田を受け継ぐことを求められる。
当選に、その後の政治活動に、役立つ女性との結婚を求められる。
役立つかどうかは、その女性の能力じゃない。その人の家の能力だ。
彼には多分、僕らのように人生を選ぶ自由が無い。
無論、恋愛はできる。
デンから票田を継ぐ者のスペアは、あるに越したことがない。
むしろ、用意された妻との間に子が授からなければ、それを求められるだろう。
それを判っているからこそ、アイツは彼女を作らない。
その時、僕は気づいた。
仮に、デンがジョディを好きだった時の影響を。
コーカソイドとの混血になる子供は、票田を受け継ぎ難い。
もしデンがジョディを好きだったとしても、仮にジョディがデンを好きになったとしても、2人の子供は社会からは望まれていない。
それが多分、デンが"畜生"と言う理由だ。