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実は私は存在しない  作者: tema
第二章-破門者の丘
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再会

朝起きると僕は歯を磨き顔を洗い着替える。

その後で姉上から埃を払う。髪の毛一本も欠けさせぬよう、絹で作ったハタキで柔らかく撫でる。

姉上は1年前のあの日のまま。教会から運んできた椅子に腰を下ろし、顔を覆ったままだ。

その身体は大理石となり、時は止まっている。


メリアンさんと朝食の準備をして食器を並べた頃、呼び鈴が鳴った。

玄関に出たメリアンさんが息を呑む。

後から覗いた僕も口を開けたまま固まる。

エルフの彼女は、10年経った今でも初めて会った時と変わらなかった。


「ドロス様、ようこそおいで下さいました」

勇者が再来した。


========

「彼は、偽物だったということですね」

母上は、ドロスさんが携えた王家からの書状を読み終えると、そう言った。

「はい。本当のジェフナスの行方は、依然調査中です」


ジェフナスという名の司祭は、実在している。

但し彼は、(コ・ズヴァディ)(・ジュドリ)を使えない。そして年齢は88才だ。

エルフやノームならともかく、ヒューマンの88才は若くない。それは明らかに別人だ。

彼は1年前に失踪した。行方は要として知れない。


姉上の見合いについては、王家が預かり知らぬまま推薦状が出されていた。

それについても、経緯を調査中らしい。


お嬢様(ルライン)に掛けられた呪いは、人間には――高位僧侶でも解くことは叶わないでしょう」

ドロスさんは僕を見る。

「ただし、方法はあります」

ドロスさんの視線が僕から母上へ移る。

「貴女は、知っているはずです」


僕は目を丸くして、母上を見る。

父上の右眉が上がる。

母上は目を閉じ、口も閉ざしている。


「使ったはずです。”奇跡(セヴ・ゴルディオ)”を」

母上は動かない。

北の魔女(グリンド)、貴女ならば」

父上が目を剥く。

「色々、ご存知のようね」

漸く、母上が言葉を発した。


“グリンド”って何?

僕は囁き声で父上に尋ねる。

父上は暫く沈黙した後、答えてくれた。

「単なる噂、唯の伝説と思っていたのだが…」


――王国の四方に4人の魔女あり

――グスニ神降臨前よりその地を治め

――その魔力、古き神々に並ぶ


その内の1人がグリンド――北の魔女らしい。

グスニ神降臨前――光暦元年より前から、王国の北側を治めている。

ということはつまり、母上は少なくとも137才……おおっと!

背筋にヒヤリとした感触が走った。これ以上考えてはならぬ。母上の眼がそう言っている。


「正確には”奇跡”ではありません」

目を伏せ、母上は言う。

「”(セヴ・ゴルディオ)(・シェンバ)”それが呪文の名です」

ドロスさんの視線が続きを促す。

「確かに使いました……ですが、あの娘を戻すことは叶いませんでした」


「グスニ神が(もたら)す変化は、様々な形を取ります。大抵は人々の願いとは別の形に」

つまり”姉上の石化を解く”ではなく、別の形で願いを叶えたというワケだ。

(グスニ)が動かされたのは、羽筆(ペン)1本でした」


「多分、これがその”方法”なのでしょう」

母上は胸元から手帳を取り出し、その1頁を示した。

――息子に迷宮で祈らせよ

飾り文字でそう書かれていた。


「だから、私が遣わされたのです」

勇者の蒼い目が僕を見た。


========

母さん(エレン)のことを悪く思うな」

夜、食堂に居た父上に呼び止められ、寝酒に付き合わされた。

この国では15才で成人として扱われる。酒を呑んでも問題ナシ。とはいえ、父親と酒を呑むのはちょっと抵抗あるので僕はお茶。


「”神変”の結果をお前が知れば、またワイドフォートの迷宮へ行くだろう」

迷宮の最深部、中央玄室。

全ての願いを聞き届けるという伝説。

ドロスさんによれば、ただ聞くだけらしいが。


だが迷宮へ行けば、今度こそお前は命を失う。そう父上は続ける。

「母さんは、お前を死なせたくないんだ」

勿論、俺もだ。そう父上は言う。


ところで――

父上は、母上が北の魔女(グリンド)と知ってショックでしたか?

話を逸らそうと、僕はそんなことを聞いた。

「あまり現実感がないなぁ」

そう言って、父上は麦酒(ビール)を呑む。


「確かに年齢の話になると、有無を言わさぬ気配を感じてはいた」

若干、遠い目をする父上である。

僕も以前、母上の歳を聞いた際、”女性は23才になったら、それ以上は歳を取らないのよ”と言われました。

「お前も命知らずだな」

ええ、迷宮最深部を目指すくらいには。


僕も命は失いたくない。

ただ、知ってしまったならば仕方ない。

王家はどのような方法でか、”神変”の結果を知ったのだろう。そしてまた、責任の一端を感じているのだろう。だから勇者を寄越した。単なる伝令ではなく、護衛として。


僕を迷宮の最深部に送り届ける護衛として。


========

此処に来るのは10年振りだ。

ワイドフォートの迷宮。その門に僕は再び立っている。

10年前より高くなった目が、門に書かれた文字を読み取る。

“我を潜る者、全ての望みを捨てよ”

全ての願いを聞き届ける筈の迷宮には、相応しくない文言だ。明らかに矛盾している。


僕の目の前には、勇者(ドロス)の背中がある。

10年経っても、僕の背丈はドロスさんの肩にも届いてない。くすん。

そして横には、トッツが僕を守るように寄り添っている。


「もう一度、確認しとく」

勇者は振り向かずに言う。

「命の保証はできない。良いわね」

承知の上です。ドロスさん。


「さん付けも敬語も無しよ。迷宮(ここ)では、一瞬の遅れが致命的になる」

判った……ドロス。

「私も貴方の事はクロと呼ぶわ」

クロ――ジョディと同じ声で呼ばれたその名は懐かしく、少しだけ胸が高鳴る。


もうすぐ地下2階層への階段という所で、ドロスが脚を止める。

「来たわ。右の道から2体」

小鬼(ゴブリン)だ。僕らに気づき、獲物を構える。

僕も六尺棒を下段に構え、小鬼を牽制する。

右側の小鬼が獲物を大きく振りかぶり、僕に突進して来る。


僕は右手を道導(ガイド)とし、左手で棒を突く。棒が小鬼に当たる瞬間、左足を踏みしめ全身の力を棒の先端に集中させる。

崩れ落ちる小鬼から棒を引き、飛び出して来た左の小鬼の脚を打つ。


「なかなかやるじゃない」

数合の打ち込みの末、両の小鬼が息絶え土に還ると、ドロスさん――ドロスが褒めてくれた。

「これなら、自分の身は守れそうね」

一気に最下層まで行くわよ――そうドロスが言う。


========

ぜーぜーぜーぜー

一気に行くと言われたが、これほど一気に行くとは思わなかった。

探索の途中で化物と遭遇した僕らは、逃げに逃げた。

どーにも逃げられずに倒した化物は5体のみ。内2体は最初の小鬼。


「倒すより、逃げちゃった方が早いからね」

そりゃそーかも知れないけどさー

「前回攻略時に地図も作ったし、閉鎖門を通過する為の宝具(アイテム)も持って来たわ」

エヘンえへんと胸を張るドロス。革鎧が内側から突き破られそう……ってのは言い過ぎで、色々はみ出し掛けてる。大変ありがとうございました。


「でも此処からは逃げることは出来ない」

僕らは最下層に到達していた。

「中央玄室に至るには、3つの玄室を通らなきゃいけない」

それらの玄室を護る化物を倒さなければ、次の玄室への扉は開かないそうだ。


かつて全ての探索者を阻んだワイドフォートの迷宮、その最強の化物を。

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