三班
「はい、確かに」
むふーっ
センパイの鼻息が荒い。見事なドヤ顔である。
僕が取得したアマチュア無線技士免許のコピーを、生徒会に提出したのだ。
それじゃ、物理部は存続ってコトで。よろしくひとつ。
僕は早々に、生徒会室からセンパイを引きずり出した。
廊下を歩くセンパイは上機嫌であった。
「いやー見た?免許を叩きつけられた生徒会連中の視線ったら!もう、胸がすっとしたわ!」
淡々と処理してたように見えましたが?
「いーやアレは内心、口惜しいって顔だった」
さいですか。
「私もカラダを張った甲斐があったわ」
いやちょっ…センパイ!
その言い方は如何なものか。
少なくとも、廊下で堂々と言うこっちゃナイ。
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僕はセンパイを部室に連行し、大和撫子の慎みについて懇々と教え諭す。
「でも確かに私たち、カラダ張りましたよね」
ジト目をしたジョディは言う。
彼女は大和撫子じゃナイ。そんな胸した人は、大和撫子とは認められない。
「だよねー」
とセンパイは、僕を蔑むような眼で見る。
「ああ、部存続のためとはいえ、性欲にまみれた変態男の視線に我が身を…」
「あの時の記憶を夜な夜な使われてると思うと…」
ぷるぷるぷる。
センパイが汚物を見るような眼で僕を見て、ジョディが、身体を震わせる。ついでに、大声では口にできないブブンも揺れた。
センパイとジョディが非道い。
「まぁ仕方ないな。あの目つきは俺でも引いた」
ファッ!
デン、お前が言うのか!?
どの口で、それを言うのか!
入部1週間にして、すっかり僕のキャラが定着した。
エロ男子として、定着してしまった。
部室の外に漏れていないことが、唯一の救いだ。
「あっ」
"あっ"てジョディ、まさか?
もしや、よもや。
いや信じてるよ。僕はジョディのこと信じてるからね!
「典子に話しちゃった」
てへペロ、とジョディが大変なことを言った。
典子――金子典子は、明るく陽気なクラスメイトで友人が多く――
おしゃべりである。
「大丈夫!秘密にしといてって言ってあるから」
それ絶対大丈ばない!
構内放送のマイクに向かって言ってるようなモンだから!
ちょっとデン、一転ハレモノに触るような目つきはヤメろ。
終わった――
僕の高校生活は終わった。
甘酸っぱい初恋と青春の思い出は、入学1週間で手の届かぬモノになってしまった。
「届くと思ってたんだ」
「20cmは足りないわね」
「まだ初恋を経験してなかったとは」
ひどっ!
3人ともヒドい。
ヒドいのだが、実のところ害はあまり無い。
クラス内で僕とジョディは"友達"と見做されている。
そして、腕っぷしはジョディが上だと思われている。
真に遺憾ながら、そこには幾分かの真実が含まれている。
ジョディの身長は180cmを軽く超え、190に近い。具体的には188cmだ。
一方僕は160cmを多少下回り、具体的には152cm。僕の頭のてっぺんは、ジョディの肩にも届かない。
ジョディは鍛え上げた肉体を持ち、その手は拳ダコに覆われている。
一方僕は痩せっぽちで、手にはペンダコすらナイ。
このため、僕が力づくでジョディにエロいことを――という話はギャグとして扱われ、誰も本気にしていない。
本気にされては困る。
だが、本気にされないのは心外である。
僕は外見こそ羊だが、その心には一匹の狼を飼っている。
触るとヤケドしちゃうゼ!
本当だよ?
「ところで2人は、もう班を決めた?」
物理部には3つの班がある。
1.無線班
2.天文班
3.マイコン班
この3つだ。
内、無線班は僕が入る。なんせ免許を持っているのが僕だけだ。
「アタシが天文班、デンがマイコン班です」
"デン"そして"クロ"という呼び名は、あっと言う間に部内に浸透した。しかもジョディが呼ぶもんだから、クラスでも僕は"クロ"と呼ばれてる。
「ここらの機器は――」
とジョディは博物館に展示する価値のある機器を示す。
「クロじゃないと動かせそうにないし、でもこれ以上アタシのカラダを汚されるのは困るんで」
待て。
「そうだよねぇ。お嫁に行けなくなっちゃうもんねぇ」
いつまで引きずる、そのネタ。
「でも、部活動って何するんですか?」
明後日の方向に行き始めた会話を、デンが戻す。
「天文班は観測するよ」
とセンパイ。センパイは天文班だ。
「無線班は、時々それで通信を試みてた」
と、部室の隅で埃を被ってる機器一式を指す。
「マイコン班は、ううん…何やってたっけ?」
ここら辺にノートが、とセンパイが引き出しを開ける。
閉める。
「出た…」
顔を青くしたセンパイが言う。
「何が?」
震えながら引き出しを指さし、距離を取り始めるセンパイ。
僕を手招きし、引き出しを開けるよう身振りで促す。
ホラー漫画でも入っていたかと引き出しを開けた僕は――
きゅう。
僕の記憶は、ここで途切れている。
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翌日、クラスの女子が妙に優しかった。
「しかたないわよ」
金子さんは言う。
「引き出しの中がGの巣になってたら、私だって悲鳴上げるもの」
「ジョディに助けて貰えたんでしょ」
池田さんも言う。なぜ知ってる。
G数匹に顔へ飛びかかられ失神した僕。
一方、冷静に殺虫剤で殲滅&掃除したジョディ。
僕は保健室に担ぎ込まれ、失神した理由は学校中に情報展開された。
僕の高校生活。
甘酸っぱい初恋と青春の思い出は、入学2週目にして今度こそ手の届かぬモノになってしまった。
くすん。