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実は私は存在しない  作者: tema
第零章-現代
3/67

廃部

「こんにちはー」

ジョディさんに連れてこられた旧校舎の奥の奥。戦時中に造られたという防空壕のドン詰まりに、その部屋はあった。


部屋の中には、先輩らしい女性が1人。

ジョディさんの声に顔を上げると、眼が輝く。


「ジョディさんね!物理部へようこそ」

ととと、と近寄りジョディの手を両手で握る。

「しかも、他に2人も入部希望者を連れてきてくれるなんて!」

いやいや。

「これで…これで廃部が免れる!」

手を胸の前で組み、神に感謝する先輩。

誤解である。


「あー、俺たちは入部するとは決めてないんです」

そう、デンの言う通り。決めてナイ。


以前、父が言った言葉だ。

「たとえ誘ってきたのが美人だからと言って、うかうかと同じ部に入ってはならぬ」


高校時代の母の写真を見たことがある。

美人だった。

今もその美貌が色あせてないのは、なによりである。

だが性格の方も色あせてないのは、残念でならない。

それはともかく。


うるっ…

先輩の切れ長の目に涙が浮かぶ。

「いえいえ、まずは話を聞かせて下さい」

デンが余計なこと言った。


========

先輩は切々と訴えた。


1.草薙睦月(むつき)というその先輩が、物理部唯一の部員

2.今年3名以上の部員が入らねば、めでたく廃部

3.同じ中学だったジョディのお兄さんに、助けを求めた


物理部(ここ)、場所が悪くて新入生は見学にも来てくれないの…」

唇を震わせ、潤んだ瞳で僕らを見る。

あざとい。

これはあざとい。

草薙先輩、悪女であることが判明。

ついでに、ジョディさんのお兄さんが協力した理由も決定。


「このままだと伝統ある物理部は廃部に…」

そして私は怖いOB・OGに責められてしまう、と草薙先輩は嘆く。

いやでもほら、まだ時間あるし、誰かが入部してくれるんじゃないですか?

「新入生にこの部室が見つかると思う?」

思いません。


確かに、ここは場所が悪すぎる。

まず旧校舎自体、新入生が来ない。

更に防空壕の入り口は階段下に隠されており、見つけにくい。

見つけたとしても、奥まで進もうとは思わないい。

ジョディさんに渡された地図が無ければ、僕らも辿(たど)り着けなかった。


「数学が得意なんでしょ。物理もいけるんじゃない?」

ジョディさんが迷惑な援護射撃をする。

そもそも、僕の肩に手をかけた理由がコレだ。

成績的には物理もイケる。趣味的にもイケる。

でも、それとこれとは話が別。


「それに今なら、美女2人と嬉し楽しい部活動ができるよ」

草薙先輩が言う。

先輩は確かに美人である。

そして、自分で"美女"と言っても嫌味にならない雰囲気を持ってる。

でも悪女。間違いなく悪女。


ジョディさんもよく見れば美人だ。いや、よく見なくてもテンパってなければ美人と分かる。間違いなく美人。

ただし、僕とは背丈が顔1個以上違う。

ああ、僕はも少し背が欲しい…そして金も欲しいし女も欲しい。


先輩は、僕らを見ている。

ジョディさんは、僕らを見ている。

デンは迷っている。

僕は目を泳がせて――

ファッ!?

――とんでもない物を見つけた。


コレ…は?

「先輩が残していった備品だけど?」

木製の戸棚の中に、博物館にあるような骨董品が置かれていた。

触ってもいいですか?

「動かしてもいいよ。私が1年生の時は、まだ電気が入ってた」


戸棚からそっと取り出し、テーブルに置く。

それだけが妙に新しい電源を繋げ、コンセントに挿す。

トグルスィッチを入れると、8の字の(7セグメント)LEDが点灯した。

うっわー。

本当に動く。


「なんだコレ」

デンが目を丸くしている。

これは、1ボードマイコンってヤツだ。

名はTK-80BS。


ジョディさんも近寄ってくる。

「パソコンとは違うの?」

1970年代――まだ"パソコン"って名詞すら無かった頃の、個人用コンピュータだ。


「こんなのもあるよ」

草薙先輩が下の棚を空けると、前面パネルにトグルスイッチが並んだシロモノが顔を出す。

IMSAI8080。映画「ウォー・ゲーム」の主人公の愛機だ。


何で博物館にでもありそうな骨董品が残ってるんだ?

「当時の先輩から、代々受け継いで来たのよ」

何て物持ちの良い――つか、廃部になったらコレらは?

「廃棄処分ね」

それはイカん。歴史的損失だ。


「で、どぉ?」

草薙先輩は僕を見る。

僕はデンを見る。

ジョディさんもデンを見る。

デンは天井を仰ぎ…仕方ない、と呟いた。


========

むふーっ。

生徒会に鼻息も荒く、僕ら3名の仮入部届を出す草薙先輩。

見事なドヤ顔である。


「仮入部期間は1ヶ月。もし退部するのであれば、その間にお願いします」

生徒会の人は、淡々と説明する。

折角のドヤ顔が一顧だにされず、ちょっと残念そうなセンパイである。


「あ、それから」

と生徒会の人が付け加える。

「無線班になった人は、1ヶ月以内にアマチュア無線技士の免許を提出してください」

なん…だと?


========

草薙先輩は、落ち込んでいる。

ジョディさんは、首をかしげている。

デンは、スマホで何やら調べている。

僕は、今後の展開を予想して気が重くなった。


説明しよう。

アマチュア無線技士免許とは、個人で電波通信を行うための国家資格だ。

でも何で物理部に、そんなものが必要なんだ?


「物理部には3つの班があるの」

1.天文班

2.マイコン班

3.無線班

だから、最低3名は新入部員が必要らしい。いやそーでなく。


普通にチャットができるこの時代に、いまだにそんな免許制度が存続していることも不思議だが、何で部活で無線なんてやってるのか?

「さあ?」

役に立たないセンパイである。


デンが口を開く。

「無線班だけ廃部ってのは?」

「ダメね。部活が多くなりすぎて、生徒会が縮小を図ってる」

部活が存続すれば、生徒会から部費が支払われる。小さい部が多数あるより、大きい部が少数あった方が管理しやすいのだ。


デンが僕の方を向く。

「これは、お前の領分だ」

うん、知ってた。

「えっ!免許持ってるの!?」

持ってません。


「クロは、興味と成績が理系に特化してるんです」

国語や社会、英語の成績は抜群に低く、その分を数学と理科で取り返してる。

そしてアマチュア無線技士の試験は、無線工学が主な内容だ。

でも、法規もあるんだよなー。

僕は暗記ものがダメだ。徹底的に。


デンは言う。

「お前、興味あることなら覚えるけど、そうでなければ全く記憶しないからな」

その通り。良く判ってらっしゃる。


「だが、コイツに暗記させる方法はある」

そんな方法が!?

「できれば、この方法は使いたくなかった」

どんな方法が!?

ん?


ちょっとデン、そんな方法があるなら受験の時に教えてくれれば良かったじゃん!

「それは、お前のためにならん」

「それに俺も――」

親友を軽蔑されたくはなかった。そうデンは言った。


========

「認定の取消しを受け、その取消しの日から二年を経過しない者には、無線局の免許を与えない」

「無線局の免許がその効力を失ったとき、免許人であった者は遅滞なく空中線を撤去しなければならない」

僕の耳は法規を一語一句逃さずに聴き、僕の目は瞬きもせず法規を見つめた。


部室で、僕はセンパイとジョディから法規の特訓を受けていた。

目の前にジョディの、その、あの、むっ、胸があってデスね。その上に法規の条文を書いたメモが乗っているデスよ。

隣にはセンパイが座り、耳元で、色っぽい声でそれを読み上げる。


決して、誓って、こんなことをしたいワケじゃないよ!

でもほら、苦手な暗記のためには仕方ないんだよ!

そこんとこ誤解無きよう、お願いしますよ!お二方。


「今日は、このくらいにしておきましょう」

「そうね、明日は”運用”から再開しましょう」

冷たい。

二人の眼がとても冷たい。

明日は学校、休もーかなー。


「明日は役割を交代しましょう。あ、でも私、ジョディほど胸が無いから、集中力が低下するかも」

このゲスの、とセンパイは僕を見る。


そうだ、と手を打ったセンパイは、テーブルに上半身を預ける。

「これでどぉ?」

お尻を僕の方に突き出し、張り詰めたジーンズの上にメモを置く。

ゴクリ…

誰かの喉が鳴る。僕の喉でナイことを祈るばかりだ。


致し方ない。

明日も法規の習得に全力を注ごう!


========

その週末、僕は晴れてアマチュア無線技士資格試験に合格した。

センパイは、一応感謝してくれた。

ジョディは数日間、口を聞いてくれなかった。


るー

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