5.中学三年生
『キョーちゃん、キョーちゃん』
『ん、どした』
『このクレープ、ちょっとしょっぱいよ。食べてみて。代わりにそっちの食べていい?』
『要求が理不尽だなおい!? ってかそんなに考え無しに食って良いのかよ。……その、太るぞ』
『ふふん。聞いて驚きなさい、ランナーやってた時と比べても3kgしか太ってないの!』
『意外とそこらへんの感覚、女子離れしてるよな、サナ……』
ブイ! と満面の笑顔でクレープを頬張るのはサナ。
暗く寒かった冬も明け、中学3年生になった俺たちはほとんど毎日をこうやってどうでもいいことをしながら過ごしていた。
ゴールデンウィークにはいつぶりか家族ぐるみでバーベキューなんてやったし、夏休みに入ってからはお互い志望校も決めてそれに向かった受験勉強にもいそしんでいた。
……というか、サナが中高一貫校から出ようとしてるなんて思ってはいなかったけどな。
俺は何も考えずに近場の高校へ進もうと思っていたのだが、昨年冬辺りから中高一貫女子中学校の成績優秀賞をもらうサナの『熱血指導』によって学力の底上げが為された結果、県内でもそれなりに学力が必要な高校への進学が視野に入り始めていた。
くしくもそこは、サナの通う中高校の近くであることに、サナの何らかの陰謀が隠されているようにも思えるが――。
母さんからしたら、そんじょそこらの適当な高校ではなく、県内有数の公立校へ俺が進学してくれるのは大歓迎らしい。
せっかくサナも毎日のように勉強を教えてくれているんだ。この恩にはなるべく報いたかった。
そんな中で、こういう風に二人で過ごすことも多くなり、休日も何かと一緒にいることが多くなってきた俺たち。
最初こそ、サナの気分転換になれば――と積極的に外に連れ出してた俺だったが、そのうちサナの方から休日に『呼び出し』を受けることも多くなっていた。
『というわけで……はむ。ふむ……うん、やっぱこっちのが美味しいね。私はこっちのが好き』
『……そうか』
『…………私はこっちのが好き』
『……………………』
『……………………………じゅるり』
『分かったよお前の渡せよこっちのやるよ!』
『さすがキョーちゃん! ナイス幼馴染みだよ!』
『……はーーーーーぁそーですか』
まぁ、ランナーとして切羽詰まって毎日毎日走り込んでるサナより、ほんわかしながらクレープむさぼってるサナの方が俺はなんだか安心して見続けることができていたのだが。
幼稚園の頃から少しわがままのきらいが強かったサナだが、輪をかけてわがままになってきている。
何の躊躇もなくお互いの食べ物を交換してしまうくらいには俺たちの関係は恋人とも、友達とも言えないものになっていた。
『ね、次あそこ行こうよ。遊園地、みるくの里! 今ホラー祭やってるって聞いたの。友達が彼氏と行ってたってインスタ上げてて気になってたんだ~。カップル割も多分効くし、ね!?』
ズイッと有無を言わさぬように詰め寄ってくるサナ。
『か、カップル割って……あ、あのなぁ……』
『? 私たち姉弟には見えないでしょ』
『そ、そうじゃねーだろ……!』
『行くの? 行かないの? それとも家庭教師代払う?』
――そう言われてしまうと、俺には発言権が全くなくなってしまう。
『……ぐぅ』
『よし、それじゃお昼ご飯食べて行くよ~!』
『今食ったばっかじゃねーか!?』
『甘い物は、別腹なのよ!』
肩口までふわりと伸びた黒髪のボブ。
そう言えば、マラソン辞めてからまた髪伸ばしたんだなぁとかくだらない事を俺が考えているうちに。
んべっと可愛らしく舌を出したサナは、俺の手を勢いよく取って歩き出した。
あの冬、涙のサナを見て以来。
俺は彼女に主導権を握られっぱなしだった。
次回更新は3/31です。
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