3.新しいこと
『靱帯……断裂?』
初雪の降ったあの日、サナは松葉杖を投げ捨てて玄関の前で泣き続けていた。
その日も案の定俺は、友達と適当に外をぶらついていた帰りだった。
いつもより早いサナの帰りを訝しんだ俺は、ついつい何も考えずにサナの元へと向かった。
確かここ最近、部内での全国大会出場者を決める重要な試合に向けてずっと走り込みをやっていたらしい。
だが、足の様子を見ても到底すぐに治りそうな怪我ではないことは明白だった。
何も言えずにいる俺に対して、サナは少しも嫌そうな素振りを見せずに――いや、むしろ自分に言い聞かせるように事の次第を俺に話してくれたのだ。
『近々の競技は諦めろって、お医者さんに言われたんだ。これからやっと全国大会に向けて頑張ろうってところだったんだけどね。あははは……。キョーちゃんの顔、久しぶりに見たなぁ』
泣き笑いと、寂しさと、悔しさと、その全てがない交ぜになったサナは、膝を抱えて小さく呟く。
『……わたしの2年間、なんだったんだろうね』
自暴自棄じみた言葉だった。
その時俺は、このままでは絶対にダメだと直感的に確信した。
幼馴染みであるが故に、この後サナがどうなるかは割と簡単に予想することができてしまった。
昔からサナは変に生真面目なところがあった。
一つのことに熱中すると、周りを顧みないほどに頑張りすぎるところだったり。
目標が目の前から消失したときに、しばらく抜け殻になってしまうようなそんな危なっかしい性格だったり。
何とかしなくては、何とかサナをつなぎ止めなくては――と。
そう思って、つい口から出た言葉だった。
『じゃ、じゃあ……そうだな。試しに今度、どっか映画でも行ってみようや』
サナは、涙を止めて冷静に『は?』と顔を歪めた。
それとこれと、なんの関係があるのか。そんな顔だ。
『ほら、俺とか……自慢は出来ないけど、ここ2年間ちゃらんぽらん動いてただけだし、色んなスポット知るようになったし……。お前、どうせ部活ばっかでこの町のことあんま知らないだろ』
俺の言葉に、サナは明らかにドン引きした顔をしていた。
『えぇ……そ、それが怪我して落ち込んでる相手に言う第一声……?』
『うっせ。お前はそんなタイプでもないだろ』
『むぅ、よく分かってるじゃない』
キザっぽくサナの頭にポンポンと手を置いてやると、サナも満更でもなさそうに口を尖らせた。
『逆に今までやってこれなかったことやってみればいい。いくらでもどこでも付き合ってやるぞ。幼馴染みのよしみだしな』
きょとんとサナは目を丸くして、自身の膝に顔を潜り込ませた。
くぐもった声でサナはなぜか緊張がちに言う。
『……キョーちゃんの友達さんと予定が被っちゃったら、どうすんのよ』
そういえば、前は「キョーヤ」呼びだったのに、いつの間にか「キョーちゃん」に戻ってるんだなぁ、なんて考えながら俺は呆れたように言った。
『? そりゃサナの方行くだろ』
『……ちなみに、なんで?』
――なんで?
……確かに、何でだろう。
あまりにも直感で答えすぎていたかも知れない。
いつも隣にいるのが当たり前すぎて、考えたこともなかった。
……あれ、本当に何で?
『ばーか』
自分の中ですら出ていない答えを見透かしたように、サナは白い息を吐きながら小さく呟いたのだった。