銀河英雄伝説論3 伝説と歴史について
小説「銀河英雄伝説」を、伝説と歴史。そして、理想の物語としての観点から論述してみました。
投稿しました銀河英雄伝説論、銀河英雄伝説論2 は、いずれも過去に書いた文章でしたが、この文は、今回、新たに書きました。
尚、このあと、ある程度のスペースを取って、小説「銀河英雄伝説」のラストの一文について書きますので、未読で、今後読まれる予定の方は、以降は読まないで下さい。
「伝説が終わり、歴史が始まる」
これが、小説「銀河英雄伝説」の結びの文章である。
私は、実に見事な文章と思う。
私がこれまでに読んだ小説の中でも、これに比肩するラストの一文としては、エラリー・クイーンの「Yの悲劇」くらいしか思い浮かばない。
銀河英雄伝説は、言うまでもなく架空の物語である。
が、その物語は、人類の未来史であり、これからの人類にどういうことがおこるのか、物語の中で様々な歴史が語られる。
そして、ラインハルトとヤンが活躍した時代についての、後世の歴史家の論評も時に織り込まれる。
銀河英雄伝説は、その物語世界の中に、具体的な歴史を持っている。
では、私が前述した、この小説のラストの一文は、どういう意味を持つのか。
それは、この銀河英雄伝説という物語の中の歴史においても、ラインハルトとヤンが活躍した時代は、歴史というよりも伝説として語られているということであろう。
銀河英雄伝説論2 において、私はヤンについては、軍事的天才ではあっても、政治思想としては、民主主義の理念にとらわれた教条主義者であり、世界史的偉人ではないと書いた。
が、歴史の中の人物は、政治的成果のみで語られるわけではない。
その人物にどういうエピソードが付随しているか。どれだけのヒーロー性、物語性を持っているのか。政治的業績の大小よりも、歴史として人々の間で語り続けられるのは、そのような人物である。
(注: ここでは「歴史」という言葉を古典的な歴史の意味で使っております。本当の歴史は、偉人や、政治的軍事的大事件を語ることではないはずだ、という歴史学の見直しも唱えられていますので)
軍事的天才にして、ユーモア精神に溢れたヤン・ウェンリー。この物語世界における後世で、最高度に人気のあった歴史的人物となったであろうことは間違いあるまい。
ヤンだけではない。
ラインハルトは、英雄という言葉で語られる人物の理想像。
キルヒアイスは、英雄の友人、副官としての理想像。自らも多大な軍事的政治的才能を持つ。
ユリアンは、師のその全てを尊敬する理想の後継者。
フレデリカは、ひとりの男性を慕い続ける、女性的心情の理想なのではないか。
ポプランは、エースという言葉で語られる人物の理想像。
シェーンコップは、戦士、騎士の理想像。
エヴァンゼリンは、妻の理想像であり、ミッターマイヤー夫妻は夫婦の理想像であろう。
アッテンボローは、野党精神の持ち主としての理想像と言えるのではないか。
ロイエンタールは、男性的魅力に溢れた、その種の人物の理想像と思う。
むろん、今、挙げた人物たち、それだけで言い切れる人物ではなく、豊富なエピソードに富む。そして、みんな美男、美女。
これだけの理想の体現者が集結して歴史を紡いだ時代。
銀河英雄伝説世界の歴史においても、最大の伝説として語られた時代であったろう。
銀河英雄伝説の登場人物たち。
それは、作者、田中芳樹のその驚異的な読書量により、彼の読んだ歴史を、あるいは小説を源泉として作り上げたものであろう。
そして、そこには様々な理想の、そのひとつひとつの体現者としてキャラクターを造形し、その理想の体現者たちによる壮大で伝説的な歴史を描く、そして作者のもつ理想のその全てを注ぎ込んだ理想の物語を描くという意図があったのではないかと思う。
例えば、私は、タイタニアの第一巻を読んだとき、登場人物たちの外見の描写。あるいは、固有名詞のネーミングなどに、
「最高の物語はもう書き終わりましたので、この小説は一歩ひいた、最高、理想とは言えない人物像によって紡がれる物語を描きますよ」
私は、田中芳樹のそのような意図を感じた。
ゆえに、私は、銀河英雄伝説の物語世界における歴史だけでなく、現実世界の歴史についても、銀河英雄伝説への影響、類似という観点で語りたいとは思わない。
私にとって銀河英雄伝説は、最高の物語であり、歴史ではなく伝説なのだ。
朝、投稿しましたが、投稿当日の夜の追記です。
銀河英雄伝説については、そのネーミングのセンスもまた素晴らしいと思っております。
人名については、外国人の人名録で、響きのよいと感じる名前をストックされていた、とのことでした。
作戦名の、「神々の黄昏」
艦名の「ブリュンヒルト」「ヒューべリオン」
赤毛のキルヒアイスの艦が「バルバロッサ」
ウォルフという名前を持つ男の艦名が「ベイオウルフ」
それぞれに出典のある名前で、そのキャラクターにふさわしい。
田中芳樹先生は高校生だったか、予備校生だったかの時、ご出身の熊本で、年間500数十だったか、600数十だったかの本を借り出して読まれたそうである。
世界史全般に通暁され、各国の神話などにもその読書が及ばれていたからこそ、ご自身のなかにある膨大な知識の中から、響きがよく、詩情に富み、各キャラクターに合ったネーミングを選択できるのであろう。
田中芳樹先生が銀河英雄伝説を執筆されたのは、30から35歳にかけてであるかと思うが、先生は、それまでの30年間でストックしておいた、自らが最も大切にストックされていたものを、ネーミングにおいても、銀河英雄伝説に惜しみなく使ったのではないかと思う。
拙作
ホアキン年代記シリーズ1
「神々の物語」です。
https://ncode.syosetu.com/n5960ey/
拙作
ホアキン年代記シリーズ2
「英雄たちの物語」です。
https://ncode.syosetu.com/n8423ey/
上記の拙作をPRするなら、銀河英雄伝説の愛読者の方々が、いいかな
と考えました。
2020年8月18日記
と、思ったのですが、貼り付けても、クリックできないみたいですね。
投稿済で、シリーズ管理もしていますので、タイトルで検索して、お読みいただけたら嬉しいです。