第2話
「真琴ー、今日あたし帰ってこないから、夕飯勝手に食べてね」
「んー、りょーふぁい」
支倉家の朝は慌ただしく始まる。2DKのアパートに女二人暮らしである。会社勤めの真弓にお弁当を渡しながら、真琴は制服のネクタイを締めた。
「じゃあお姉ちゃん、いってらっしゃい」
咥えていたトーストを一旦片手に持ち、真琴は笑顔で言った。
「ん、いってきます」
それに軽く手をあげて応え、パンプスをつっかけて、真弓は出ていく。毎朝繰り返される光景である。すこし隙間を残してしか閉じないドアも、ダイニングテーブルに散らばるドーナツ型のパン屑も。
「さて、行きますか」
時計の針が8時ちょうどを指すのを横目で確認すると、真琴は鞄に自分の弁当を詰め、スニーカーを履きながら部屋を出た。そうして建てつけの悪いドアの鍵を力ずくでかうと、アパートの階段をリズムよく駆け下りていった。
「おはようございますっ!」
真琴は勢いよく教室の後ろ扉を開けた。しかしその反動で開けた引き戸は跳ね返り、また真琴と教室の間に壁をつくる。
「いやいやいやいや、今のは失敗、ハイおはよう!」
今度はもう跳ね返っては来なかった。両手を手かけに添えてゆっくり丁寧に全神経を指先に集中させて開けたのだから、当たり前である。真琴はひとつ賢くなったと少し自分を励ました。
「お前、朝から煩い。てゆうか煩い」
扉のすぐ前の席で、組んだ足を机に投げ出している、超ミニスカートのツインテールが言った。
「あ、はなちゃんおはよう」
真琴はにっこり笑った。華瑚はその彼女専売特許のツインテールを小さくゆらしながら、肩をすくめてそれに応えた。
「今日は結構早いじゃねぇか。走った?」
「うん。実は途中でネコをみつけてね、少し遊んでたら時間わかんなくなっちゃって、これは走らなきゃ駄目かもって」
真琴は自分の机に荷物を放ると、腰上まである長い髪を揺らしながら華瑚のところまで小走りで向かった。ところが教室の中、華瑚と対極の位置にある自分の机から一直線に横切ってくるものだから、彼女は教室の机を上手く避けられずプチデスククラッシャーとなり、級友から不評を浴びていた。
「おい支倉!」
「わーっ、ごめんなさいっ」
「お前ー、端迂回してこりゃよかったじゃねぇか」
「ああっ!はなちゃんなんでもっと早く言ってくれなかったの!」
「いや、自分で気づけよ」
こんなくだらないやり取りも、朝の見慣れた一風景。
しばらく他愛のないお喋りをしていると、やがてチャイムがなり響きだした。
「あ、じゃあまたね、はなちゃん」
真琴は自分の席へ戻って行った。勿論、先ほどのやりとりもすっかり忘れている真琴は迂回などせず、直線距離を突き進むのでまたクラスメイトの不評を浴びながらである。
「おい支倉ー」
「ちょっと真琴ー!」
「うぁあっ!ペンずれたっ!」
「わーん!ごめんなさいーっ!」
「あんの馬鹿…」
華瑚はひとり小さく呟くのだった。
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