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プロローグ

「あ~い、ようこそおこしやす~」


どこからともなく声が聞こえる。

いや違う。確かにどこからどういう原理で響いてきているのかはわからないが、これはアレだ。

「こいつッ!脳に直接!?」とか「あなたの心に……直接呼びかけています……」とかそういう類の――天の声的なやつだ。


「あれ~、聞こえてますのん~??」


一体全体どういうことだってばよ。不意に周りを見渡してみる、が何もない。

周囲はまるで真夜中みたいに黒一色。オレ以外人っ子一人、いやそれどころか物ひとつない本当に無の空間みたいだった。


「なんやなんや~、さっきからアホ面で目ぇ見開いてキョロキョロしよってからに」


待て待て。オレは今日もいつも通り家から一歩も出ず、というか部屋からすら一歩も出ず過ごしていたんだぞ?

確かに普段から窓も完全に締め切って生活してるが、ここまで真っ暗闇なわけもない!


「お~い??もしもしぃ~??」


オ、オレの部屋は?家は?オヤジは?オフクロは?いったい何処に!?


「なんや~、ヒキニートのゆ~んはツラだけやの~て、耳までアホになるもんなんかいな?」


「るっせーわ!!さっきから頭ん中で間延びした訛り声響かせやがって!!」

「お!なんや~聞こえとるんやないかいな~」


この出どころ不明の天の声は、なおも間延びした調子で話しかけてくる。

正直言って胡散臭いどころの騒ぎではない。


「よ~やっと会話が成立したところでな~。あんさん、ここくる直前にどないなったか覚えとりまっか?」


「どうって、そりゃあ自分の部屋でいつも通り……」


いつも通り……じゃなかった。


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大した規模じゃないが、オレの家は代々農家を営んでいる。

一人っ子であるオレは当然家業を継ぐこと前提に育てられてきたのだが、オレからしたら農業なんてのは……


キツイ、キタナイ、キケン、クサイ、キモイ、コワイ、キショイ、クルシイ、ケガラワシイ、キナクサイ、キモイ、クダラナイ、クライ、キモイ、クッサイ、クドイ、クルオシイ、コギタナイ、クサイ、キモイ。


そんなブラック家業なんぞ誰が継ぐかと、思春期ありがちに反抗した事が、オレの引きこもり生活のスタートだ。


以降ひたすらに引きこもり、「働け」と叫ぶ父親の罵声をひたすらに聞かぬふり、「顔だけでも見せて」という母親の泣き落としもひたすらに聞かぬふり。

ニート生活を守るため、徹底抗戦の姿勢を貫き続けてきた。


ただし、毎日オフクロが部屋の前に置いていくメシだけは欠かさずに頂く。オレは利用できるものは徹底的に利用するのだ。

むむ、今年のジャガイモはなかなかどうして良い出来じゃあないか。農家の皆さん、ありがとうございます。



だがオレにだって後ろめたさがないわけじゃない。一生を食って寝ているだけのウンコ製造機として生きていくほど堕ちたつもりはないのだ。

ある日、いつものようにオレのことを「穀潰しめ!」と罵るオヤジに対して扉越しに言ってやったことがある。


「オレはただの穀潰しじゃあない!たとえば……そう食物連鎖というのがあったな……

草はブタに食われ、ブタは人間に食われる。

そしてオレは糞をひり出し、糞が草を育くむ……。糞をひり出してこそ真の農家のせがれ!」


そして一瞬扉を開き、すかさずオヤジへ向けてマウンテンゴリラばりのウンコスローイング!!

肥料の足しにでもしてくれや!!!


その後、速攻で扉にカギを掛けたけど、イキリ狂った怒声だけで怖くて泣きそうだった……

ちなみに糞はそのまま撒いたらむしろ作物腐らすし、発酵させて利用しても寄生虫とか湧くから注意な!



そんな生活をつづけて早数年……ついに両親の堪忍袋も緒が切れる時が来た。

いつものように部屋の前に置かれた食事をとろうと扉を開けた瞬間……見計らったようにオヤジが手にした斧が……オフクロが手にした鎌が……オレに向かって……

------------------------------------------------------------------------------------


「そうだオレ……殺されたんだ。」

それも実の両親に。


「そうそう~、もうわかったやろ?ここはいわゆる『死後の世界』ちゅ~やつや。

 ほんでウチは……そう!カミサマっちゅ~わけやな!」

それなりに衝撃的な内容を、この天の声はなおも間延びした調子で語りかけてくる。


「ま~、そ~はゆ~てもな?このまま極楽へ導いたるっちゅ~わけやないで?

 死んだ人間ちゅ~んはな~、みんなぜ~いん生まれ変わるんや。輪廻転生ちゅ~やつやな!」


「転生!!?」


「お?よ~やくウチの話にキョ~ミもってくれた?」


生まれ変わり。だれだって一度はこんな風に考えるんじゃないか?

違う。こんなはずじゃない。まだ自分はこんなもんじゃない。

こんな人生をやり直したい。違う環境だったらもっと違う未来が待っているはずだ。


「そ、それで!!?オレは来世ではどんな人間に生まれ変わるんだ。」


「え~とな。あんさんの来世はやな~」

ゴクリと唾をのむ。金持ちだとか、上級国民だとか、そんな贅沢は言わない。

あえて欲を言えば……


隣の家にかわいい幼馴染がいて、曲がり角でぶつかったのが初めての出会いで、最初は険悪だったけど、一目惚れで、親が再婚して義妹になるけど、家族のオレを誘惑するイケないお義姉さんで、なんでも器用にこなすドジっ子属性な……


そんなカノジョとすごせる人生がイイです!!!!


「虫やで~」


……虫でした。


「それも畑に湧く寄生チュ~やな~!農家のせがれの転生先がそれって皮肉きいててオモロイやろ?」


「ふ、ふざけんなーーーー!!!」

おもわず叫び出してしまう。


「な、なんでだよ!!?ていうかなんで人間ですらないんだよ!??」


「せやゆ~たかてな?転生先っちゅ~んは、前世でどれだけ徳を積んだかで決まるもんなんや。聞いた事くらいありまっしゃろ?

 その点あんさんの人生は資料によると……ハハッ、めっちゃウケる!」


「ウケる!……じゃねーわ!!!」

「いや実際やな~、前世の記憶とか性格ちゅ~んは転生してもある程度引き継ぐもんなんや。

ろくでもない人間が人間に生まれ変わったら、またろくでもないことしよるんやな~、コレが。

 

正直このままあんさんを人間に生まれ変わらせても、たぶんまた糞ニートやろな~って天界で思われとんのや。

ほんならいっぺん虫にでも転生させて反省させたろ!ちゅ~のが天界の考えやな!」


「い、いやに決まってんだろそんなもん!!」


「いや、そ~言われかて、もう決まってるこっちゃしな~」


「な、なんかないのかよ!今からでもその決定を変える方法は!?なんでもやりますから!!」

我ながら必死である。もはや涙目だ。


「ま~……前世の徳に関係なく、優れた才能があると認められたら、特例扱いで人間になれるけど……

 あんさん、そんなんないでっしゃろ? 

けっこ~珍しいんやで?ふつ~はどんなボンクラでも、ひとつやふたつ才能が認められて情状酌量したるもんなんや。

あんさん青春時代ぜんぶ棒に振っても~てるから、なんの才能があるかま~るでわからへん」


……これだ。ここしかない。


「……なんの才能があるかわからないってことは……ホントはオレにもなにか才能があったかもしれないってことだよな?」


「は?ま~、せやけど」

「天界とやらでも、オレの才能をちゃんと測れてないってことだよなあ……?」


「……なんで自分ちょっとイキっとるん?」


「カミサマご慈悲を!!虫にする前にオレに才能を示すチャンスだけでも与えてくれ!!!」

すかさず、迷わず、土下座で頼み込む。所詮糞ニートで、なおかつ既に死亡済みなのだ。いまさらなにも捨てるものなどない。


「アカンにきまっとるやろ。そんな反省の色もない態度やと、来世の来世もまた虫にされてまうで?」


「だったら来世も来来世も来来来世も寄生虫になって、人間どもに危害を加え続けてやる……」


「ちょっ!そんなことされたら、ここらの転生担当のウチが目玉くらうやないかい!!!」

バカめ……ボロを出しやがったな?徹底的に揺さぶってやる。捨てるもののない者の強さを思い知るがいい。


「いいさ……人間の脳味噌しゃぶり尽くすくらい最高最悪の寄生虫になるってのも、考えてみたら案外悪くない。」


「待てっちゅ~に!!!飛躍しすぎやがな!!!!」


食いついた!やったぜ!これで虫よりは少しなマシな転生先を斡旋してくれるかもしれない。


「たま~にあんねん……徳がなさ過ぎて蚊に転生した奴が疫病まき散らかしたりとか……」

え~やろ。こ~いうときのためにテストを用意しとんねん。」


「テスト?」


「せや。あんさんの望む通り人間に生まれ変わらせたろ。ただし前世と全く違う環境。異世界でや。」


いきなり転生先を人間にまで格上げされたのは願ってもない事だが、後半部分はあまりにも突拍子のない内容だった。

「い、異世界?なんでだよ!!?」


「あんな~ウチらカミサマかて暇やないねん。じっくりあんさんの才能を見る経過観察なんぞやっとるほどお人好しやない。

 せやから、あんさんがにな~んもしらん世界に無理やり放り込む。

 死にたくなかったら、死ぬ気で才能発揮して異世界で生き抜き~な?

そこでなにかしらの才能をウチに認めさせたらテスト合格や

 ちなみに赤ん坊に転生とかやなくて、今の記憶・見た目そのままで送り込むさかいよろしゅ~」


「ちょちょっと、雑だろ!?そんないきなり!!」


「だめ、はい、けって~。異世界の言語くらいは、あんさんの脳味噌の中にサービスで入れといたるさかい。

 ほな異世界へと一名様ごあんな~い。」


「ちょちょちょもうちょっと詳し……!!」

言い切る前に、足場が途端に崩れ落ちたかのように、身体が下方へと落下していく。落下の浮遊感が何とも言えず気持ち悪い。

この訛り神、異世界へ送る時までこんな雑な方法をとりやがってと、恨みながらひたすらに落ちてゆく。

ともあれ、こうしてオレの第二の人生の幕が開いた。

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……激しい雑音が頭の中に鳴り響いている。

……いやちがう。頭の中ではなく、耳をつんざくような喧噪の音が周囲に鳴り響いているのだ。


はっ、とオレは意識を取り戻す。いつの間にか気を失っていたようだ。

ようやく目覚め始めた頭だが、視界に入る景色を意識できるようになると、眩暈がするような思いに駆られた。


「ここが……異世界?」


空が……狭い。見たこともない建築物が、それも異様なほど背の高いそれが、そこら中に並び立っており視界そのものを遮っているのだ。


「領主様の城でもこんなでかくないぞ……」


それだけではない。さっきから人がひっきりなしに歩いている。それも道全体を人だけですべて埋め尽くすかのような密度で、だ。

通行人はオレなどには目もくれず容赦のない勢いで肩をぶつけてくる。


「ガキの頃に一度だけ行った王都でも、こんなに人は多くなかった……」


人だけではない、鉄の塊のようなものがひとりでにそこら中を走り回っている。

よく見れば車輪がついており馬車のようにも見えるが……いやいやこんな馬車なんて見たことがない!

第一どこに馬がいるってんだ!


つまりたぶんこういうことだ……

ここがカミサマとやらが言っていた異世界であり、そして……


オレの住んでいた世界なんて比べ物にならないほど発展した文明の世界に、オレは送り込まれてしまったという事だ。


オレ、こんな世界でどうやって生き抜くの……?


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