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望まぬ現実

 辺りが薄暗くなってきた頃、マリアが戻ってきた。

 部屋の戸を開けると急いでいたのか息を切らしている。

 息を整えるのももどかしいといった風にマリアが口を開く。

「セイゾーさん、少しいいですか」

 マリアが外に来るようにと手招きをする。

「どうしたの?」

「なにか……あったの?」

 いつもと違うマリアを見たせいか子供達が心配そうにしている。

「なんでもないよ。ちょっと用事があってね。少しマリアと話をしてくるね」

 レンゲに目を向け子供達を頼むと訴える。

 レンゲはわかったという風に頷いてくれる。

 外に出るとマリアはゆっくりと息をして乱れた呼吸を整えていた。


「どうでした?」

 マリアの息が整うのを待って話しかける。

「自警団が来ます」

「自警団が?」

「はい、昨日の事を説明したのですが、どうやらあの男達が色々と言ったみたいで」

 マリアが申し訳なさそうな顔をする。

「色々というのは?」

「子供達があの犬を呼んでいるとか、悪魔の子だとか、私がそれを匿っているとか」

 馬鹿馬鹿しい。

 自警団はそれを信じたと言うのだろうか。

 マリアが俺の苛立った顔を見て慌てて口を開く。

「自警団の人が信じているって訳じゃないんです。ただ事実確認のためということです」

 それでも湧き上がる苛立ちが抑えられない。

「私は疑われてもかまわないんです。ただ子供達が可哀相で、そんなことないのに……」

 マリアの目には今にも溢れ出さんばかりの涙が見える。

「俺だって同じ気持ちです。子供達にはなんの罪もないですから」

 自警団が来ても目的の犬はいない。

 弁明すればなんとかなるはずだ。

「自警団はいつ来るんですか?」

「私が詰所を出るときには準備をしていましたので、しばらくしたら来ると思います」

 俺は部屋に入る。


「少ししたら自警団の人が来るんだ。見回りみたいなものだから、邪魔しないように部屋の中にいるんだよ」

 出来るだけ優しい顔で、出来るだけ優しい声で子供たちに伝える。

「わかったー」

「おとなしく……する」

「セイゾー、大丈夫か?」

 さすがにレンゲには通じなかったらしく心配そうな顔でこちらを見ている。

「大丈夫だ」

 レンゲの瞳を見つめ力強く頷く。


 マリアと教会の前で自警団が来るのを待つ。

 しばらくすると予想していた以上の人数の自警団が教会に到着した。

 20人近くはいるだろうか。

 武装までしている。

 化物とういう噂なので仕方がないのかもしれない。

 よく見るとレオス達の姿も見える。

 レオスたちもこちらに気付くと手を上げてくれた。

 知り合いの姿を見たおかげだろうか少しだけ安心する。

 一団を率いている自警団の団長らしき男に昨日の事を改めて俺から説明する。


「事情はマリアさんから聞いている。一応現場を見せてもらえるか?」

 団長は同じ話をされても嫌な顔一つせずに聞いてくれた。

 人当たりも良さそうでなんとかこの場はしのげそうだ。

 マリアと自警団を連れて教会の裏へ行く。


「ここか? 確かに襲われたにしては争ったような形跡もないな。悪いが念のためもう少し調べさせてもらう」

 団長はそう言うと団員達に辺りの調査をするように指示する。

 その時、武装した自警団の1人が子供達がいる部屋に駆け寄りドアを開ける。

「いたぞー、悪魔の子だ! 部屋の中に悪魔の子がいるぞー!」

 意表を突かれた。

 何が起きたかわからなかった。

 それはマリアや自警団の人達も同じようでみんなが唖然としている。

「おい! 勝手な行動をするな! 部屋の中を調べろなんて言っていないだろ」

 団長が部屋を開けた団員を怒鳴る。

 俺はすぐさま部屋に駆け寄ると、その団員を押しのけ部屋の前に立つ。

「悪魔の子を匿ってるぞー!」

 押しのけた団員がまた叫ぶ。

 部屋の中を見ると子供達がレンゲに抱きつき泣いている。

 怖いのだろう、部屋の外からでもわかるほど体が震えている。

 レンゲも下を向き肩を震わせている。

 我慢できなかった。

 体中から込み上げてくるのではないかと思うほどの怒りが自分を包む。

 叫んでいる団員の胸倉を掴むとその叫んでいる口めがけて拳を打ち込んだ。

 団員が大きく体制を崩したとき被っていた兜が取れる。


「お前は」

 あの男だ。

 方法はわからないが鎧兜で変装をして自警団にもぐり込んでいたのだ。

「なんでお前がここにいる」

予想もしていなかった状況に冷静さを取り戻す。

 この男は自警団に追われるような男ではないのか?

 男は口が切れたのか、血を流している。

 その血を無造作に拭うと俺を見て笑う。

「あのガキ共は化物を呼ぶんだ! あんなガキ共、町の外に捨てちまえ!」

 男がまた叫びだす。


 その時、部屋の中から俺を押しのける衝撃が走った。

 まずいと思ったときにはもう遅かった。

 レンゲが男の前に立ち震えている。

 それは恐怖で震えているのではない。

 怒りで、その怒りを押さえ込もうとして震えているのだ。

 俺は咄嗟に部屋の扉を閉じた。

「レンゲ! だめだ!」

 俺が叫ぶがレンゲの耳には届いていない。


「お前達人間が! 私を捨てたんだ!」

 レンゲの体が少しづつ変化していく。

 その手足が男を逃がさないと言わんばかりに変化する。

「私をゴミのように! 私の懇願すら聞かず」

 その牙が男の喉を噛み千切らんとするかのように変化する。

「それでも飽き足らず! 私の大切な!」

 その顔が獣へと変わる、口からは抑え切れない怒りが溢れるかのように炎がもれている。

「子供達まで捨てると言うのか!」

 その体が獣へと変わった。

 瞳の色が憎しみに燃える炎のように赤くなる。


 見られてしまった。

 ごまかす事はできない。

 自警団はそんなレンゲの姿を見て慄いている。

「レンゲ! 待つんだ! そんな男を殺すな」

 男からレンゲを引き離そうとする。

 俺の力ではビクともしない。

「ひ~! 誰か助けてくれ!」

 男は尻餅をついて情けなく叫んでいる。


 その時、後ろから矢が飛んでくる。

 自警団の誰かが打ったのだ。

 その矢はレンゲの体に刺さる。

 レンゲは怒りの目を自警団に向ける。

「やめろ! レンゲを、この犬を攻撃するな!」

 レンゲを背にし自警団の前に立つ。

「レンゲは子供達を守ろうとしているだけなんだ。この男はレンゲの子供達をさらおうとしたんだ」

 自警団に真実を訴えかける。

 その訴えも空しく自警団はレンゲへと武器を向け続けている。

 獣になれる獣人は非常に珍しいと聞いた。

 皆その姿を見るのは初めてなのだろう。

 誰もがレンゲに向けている目は恐怖や警戒といった瞳だった。


「ちがう! 俺は悪魔の子を退治しようとしただけだ! さらおうとなんてしてねえ!」

 背後から男の叫び声が聞こええる。

 その声の直後レンゲが動く気配を感じ振り返る。

 レンゲが男に向かって噛み付こうとしている。

「レンゲやめるんだ!」

 俺の叫びは聞こえないのかレンゲはそのまま男の足に噛み付くと、男を教会の壁へと投げつける。

 男は背中を壁に叩きつけられるが鎧を着ていたおかげか無事のようだ。

「ひ~! あいつは化物なんだ。獣人の皮を被った化物なんだ! やつが町を襲う前に早く倒すんだ!」

 その男の叫びに応えるようにレンゲに向けて1本の矢が飛んでくる。レンゲはそれに気付いたのか素早く飛び退る。

 しかし、避けた方向がよくなかった。

 その着地した近くに団長から調査を命令されていた団員がいたのだ。


「うわあー!」

 レンゲが急に近づいてきて驚いたのだろう、団員が剣を振るう。

 振るわれた剣は運悪くレンゲの体をかすめてしまう。

 攻撃を受けたと感じたのだろうか、レンゲは怒りの眼をその団員に向けると前足で突き飛ばした。

 その状況を見ていた他の団員も混乱している。

 何人かの団員はレンゲを攻撃しようとする。

「落ち着け! むやみに攻撃をするな。その犬が化物と決まったわけじゃない。男の言葉に惑わされるな!」

 そんな団員の姿を見て団長が叫ぶ。

 混乱している現場を立て直そうと必死だ。

 混乱している状況の中レンゲに向かって走る団員がいるのを見つける。

 この混乱の中、明確な意思を持つかのようにレンゲへと近づいていく。 

 咄嗟にレンゲの前に飛び出す。

 体に何か衝撃を受ける。

 自分の体を見ると、横腹辺りから赤い染みが広がっていく。

 目の前の団員を見ると、その手には短い槍のような武器が握られており、背中には屋筒と弓が見える。

 その顔を見て驚いた。

 酒場で会った女だ。

 お前までここにいたのか。

 あの矢もこの女の仕業だったのか。


「あの男だけじゃなくて、あんたもいたんだな」

「ちっ、化物を庇うなんて物好きなやつだね」

 女は忌々しい物を見るような顔で俺を睨み返す。

 女は槍を引き抜き距離を取ると手に持った槍をレンゲへと投げつけようとする。

 それを止めようと女へと飛び掛ろうとするが、足がうまく動かなかい。

 それでも必死に前に出ようとしたのがよかったのか悪かったのか、女が投げた槍は俺の肩で止まってくれた。     

 先ほどの怪我もそうだが、興奮しているせいか痛みがよくわからない。

 熱いものが体に刺さっている程度の感覚しかない。

 女は苛立たしく兜を地面に投げつけると、背中に背負っていた弓を使おうと手をかけている。


「その女は男の仲間です!」

 マリアの声が響く。

「その女を捕らえろ!」

 団長が叫ぶと数人の団員が動き、女が弓を放つ前に取り押さえた。

 男の方を見ると、男の方も捕まっていた。

 男を捕まえてくれていたのはレオス達だった。


 俺は気を抜けば倒れてしまいそうな体に鞭を打って団長に近づく。

「レンゲは怒りで姿を変えてしまうかもしれない。それでも俺達と変わらないんだ。子供を必死で守ろうとする母親なんだ。好きで人を傷付けたりなんてしない。だからどうか許してやってほしい」

 必死に団長に訴えかける。

「わかっている。状況を見ても悪いのは男達なんだろう」

 団長が頷く。

「セイゾーさん早く治療を」

 マリアが俺を止めようとする。

 俺はそれを聞かず団長に尚も近づく。

 今話しておかなければならない。

「あいつはさ、昔人間に裏切られたんだ。それでもまた人間を信じようとしてくれている。だからどうか、その心を裏切らないでほしい」

 立っているのもきつくなった。

 団長の肩につかまり体を支える。

 その頃には混乱も収まったのか回りは静まり返っている。

「わかったからもう喋るな」

 団長が俺の体を支えてくれる。

「お願いします、どうかあいつを、レンゲを信じてやってください。ここがあいつの居場所になれるように、家族と安心して暮らせるように」

 もう言葉を話すのもきつくなってきた。

 体が激しく痛むのを感じる。

「セイゾーさん! お願いです。もう喋らないでください。すぐに治療します」

 涙混じりにマリアが叫ぶ。

 マリアは俺に近寄ると傷に手をかざして何かしだした。

 マリアの魔法のおかげか痛みが和らいでくる。


 意識も朦朧としてきた俺の前にいつの間にか獣人の姿に戻ったレンゲがいた。

 破れた服を体に巻きつけている。

 さきほど受けた矢だろうか、体に刺さる姿はとても痛々しい。

「お前はバカか!」

 その瞳には涙が浮かぶ。

「なんで自分を傷付けてまで私を守るんだ」

 その美しい顔を涙で濡らす。

「私の事なんて見捨てておけばよかったじゃないか」

 レンゲはそう言うと溢れ出る涙を抑えることができず、幼い子供のように下を向きむせび泣く。

 レンゲの頭に手を乗せその綺麗な黒髪を撫でる。

 子供をあやすように優しくゆっくりと。

「約束……したから……」

 自分の気持ちが伝わるようにその手に気持ちを込めて。

 何度も頭を撫でる。

「レンゲとも……、子供達とも……」

 レンゲがその言葉を聞いて俺を見る。

「守れて……よかっ……た……」

 レンゲの目を見ながらそう言うと気が抜けたのか目の前が暗くなった。

 まるでこの世界に来る前に感じた時のように意識を刈り取られた。

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