悪い噂
仕事も終わり報告の為ギルドへ来たときの事だ。
「セイゾーさん、大丈夫だったんですか?」
ラビーが不安そうな顔で慌ててやってくる。
大丈夫も何も今朝仕事に行く前に、ギルドでラビーに会ったばかりだ。
「何かあったのか?」
慌てているラビーが落ち着くのを待って話を聞く。
「何かあったかじゃないですよ! 昨日教会に大きな黒い犬の化物が出たって噂になっているんですよ」
いつか問題になるとは思っていたが、まさか昨日の今日でギルドにまで噂が広まっているとは思わなかった。
自分の考えの甘さを痛感させられる。
「本当なんですか? マリアや子供達は無事なんですか?」
「ああ、本当だ。マリアや子供達も無事だよ」
「よかったー」
心配していた人の安否がわかりラビーは胸を撫で下ろした。
「何があったんですか?」
どこまで話していいものか考える。
とりあえず男達が子供達をさらおうとした事、そして犬が突然現れた事だけを説明する。
「大変じゃないですか! 自警団には報告したんですか?」
そういえば自警団の存在を忘れていた。
覚えていたとしても昨日はあれから色々あってそんな暇はなかった。
もしかしたらマリアが報告に行ったのだろうか?
たとえ行っていたとしてもマリアがすべての事を話しているとは思えない。
帰ってからマリアと話し合いをしないといけないな。
「マリアがしたかもしれないが、帰ってから確認してみるよ」
ラビーにそう言うとギルドを出る。
黒い犬の正体がレンゲだと言うことは誰にも見られていないはずだ。
もし見られていたらそれも噂になるだろう。
マリアがその事を誰かに言うはずもない。
もし噂を聞きつけて自警団が来たとしてもレンゲや子供達に心配はないと思う。
それでも嫌な予感がする。
焦る気持ちを落ち着かせようとするが、気持ちとは裏腹に教会へと向かう歩みは徐々に早まっていく。
教会へ着くが自警団はいない、騒ぎになったりはしていないようだ。
杞憂だったのかもしれない。
しかし、まだ安心はできない。
教会へ入るとマリアを探す。
「マリア! どこにいるんですか」
俺の声が聞こえたのかマリアが家から出てくる。
「どうしたんですか? セイゾーさんがそんなに慌てているなんて珍しいですね」
自分で思っていた以上に焦っていたようだ。
「マリアは今日、自警団に昨日のことを報告に行きましたか?」
マリアは首を振る。
「いえ、すぐに行かないといけないとは思っていたのですが、どこまで話していいかもわかりませんでしたので」
「昨日の事が噂になっています。マリアは知っていましたか?」
マリアは知らなかったのか驚いた表情を顔に浮かべる。
「今日は誰も教会に来ていませんし、私も教会から出ていませんので知りませんでした」
「そうですか、わかりました」
マリアは何か引っかかる事があるのか真剣な表情で何かを考えている。
「噂と言うのは教会に黒い犬の化物が出たという事だけですか? それが町で噂になっているんですか?」
疑問に思っていたことマリアが口にする。
「ラビーからはそう聞きました」
「それって何かおかしくないですか?」
何かおかしいのだろうか?
男が来て物音がしたので教会の裏に回ったら黒い犬がいた。女が……。
ん?
噂は黒い犬の事だけで、男や女の事、追いかけた俺の事が噂されていない。
そもそも教会は町の端に建っていて、裏は町を囲む柵だ。
柵の向こう側から見ていたのなら周りにいた人だって見えていたはずだ。
教会に住んでいる俺のことはいいとしても、さすがに人が犬に襲われそうになっている状況が噂にならないのもおかしい。
「噂は男達が流しているのか」
「はい、私もそう思います。それに噂とはいえあまりにも早過ぎます」
嫌な予感ほど当たるとは言うが、本当にまずい状況かもしれない。
どうすればいいのだろうか、レンゲや子供達がせっかく平穏な暮らしが得られようとしている。
どうしてそれを邪魔しようとするのか。
「とりあえず私は自警団に行ってこようと思います。それと、昨日の男なのですが、以前騎士の方が尋ねて来られた時に見せて頂いた手配書の男に特徴が似てる気がします。念のため教会への報告もしておきます」
以前騎士が俺を見ながら紙を見ていたのはそういうことだったのか。
「そうですね。お願いします」
マリアと話し合い、自警団には男達が子供をさらおうとした事と、黒い犬が現れたが教会には何も被害はなかった事の2点を伝えると決めた。
マリアが自警団の詰所に行くのを見送る。
これで何も問題起きなければいいのだが、心の中に拭えぬ不安感がある。
レンゲ達を連れてどこかに逃げ出したい。
しかし、せっかくレンゲ達が得た安息の地になろうとしている場所なのだ、何も起きなければいい。
いや、何も起こしてはいけない。




