魔法少女録ーセスナ・ザ・エリアルー~どきどき青空大決戦!!~
青があった。
その青の上に白の線が敷かれる。二本の平行線、その対がふたつ、あわせて四本の白線である。
青とは空である。雲など何処にも見当たらぬ秋晴れ。まさしく快晴の空模様だ。
強い風もなく穏やかな天候だが、そんな風景に轟音を撒く存在がいる。
それは先の白線を敷く存在と等しい。
高度二五〇〇〇フィート。
地を這う生き物から見れば遥か上空、天を往く鳥達ですら見上げるその領域で、大小ふたつの影が飛び交う。
ひとつは飛行機だ。知識のない者であれ、翼を持つ機械の体とその流線形のフォルムを見れば、それが戦闘機と呼ばれる類のものだと解することができるだろう。
もうひとつ、これは一見しても何かわからない。
かたちはやはり戦闘機のように見えるが、それにしては小ぶりで、大きさとしては乗用車程度しかない。
結論から言って、それは戦闘機ではない。構造としては大型のバイクに、これもまた大型の加速器をみっつと、三角翼、尖った形の機首がつけられた、まるで飛行機とバイクの合いの子といった風情の代物だ。そしてそこにはある者が取りついている。
地上からはいささか離れすぎている故に、その姿を肉眼で捉えるのは難しい。
そこにいるのは煌びやかな桃色の衣装に身を包んだ少女だ。長い頭髪に衣装とおなじ桃色のメッシュを入れ、そのうえでふたつの房を作りツインテールにした彼女の姿をみれば誰しもがこう称する。
魔法少女と。
☆
魔法少女高飛セスナは、三時間前、ちょうどT県演習場にタクシーで乗りつけたところだった。
このT県演習場は主に、航空自衛隊と自分たち、対竜機関の合同演習で使用される場所だが、同時に一般に公開されるイベントなどにもよく使われる。そのため、滑走路に併設された管理施設などは飲食店やギャラリーを取り込んだ複合施設と化しており、毎週末、それなりに賑わうと聞く。
今日は土曜日で、自分が呼ばれた理由であるイベントが開かれている。人の入りはかなり多い。
タクシーの運転手には関係者出入り口から入るよう指示し、裏手のロータリーに停めてもらう。
そこはいわゆる自分たち関係者が使うための玄関口であり、運転手に料金を支払ってタクシーを降りると、人影がひとつ自動扉を通って中から出迎えた。
「はじめまして。私、当演習場の施設長を務めております。磯崎と申します。関東支部の高飛セスナ一等討士ですね?」
そう声を寄越しながら、パンツスーツの似合う三十代と思しき女性がこちらへ手を差し出してきた。自分はその手を取り握手の形を作りながら、言葉を返す。
「はじめまして。いかにも高飛です。本日はよろしくお願いします磯崎施設長」
「お噂はこちらにも届いていますよ高飛さん。なんでも関東の空戦特化狩人のなかでは並ぶものなしとか」
「恐縮です。しかし、結局私などではバハムート級やファフニール級の狩人には及びませんから」
悔しいがこれは事実だ。どれだけ実力をあげようとも狩人、つまり魔法使いが持つ魔力リソース量が対応等級の枠を出ることは無いし、その戦闘力もまた然り。
ウロボロス級に相当する自分がいくら同じ対応等級内で無双を誇ろうとも、それ以上の等級にはせいぜいひとつ上のバジリスク級までしか食いつけはしないだろう。
無論、そんなことは常識の範疇であるし、相手も分かった上でこちらをたてる意図での発言だ。過剰に謙遜することもなかったと内心反省した。
☆
その後、玄関口からエントランスに入り、来客者用だろう、そこにあったテーブルで今日自分が参加するトークイベントのスケジュールなどざっくりとした内容を磯崎と確認していく。
するとこちらに向けて放たれる声があった。
「あんたが今日のゲストで来たっていう狩人か? 随分と若いんだな」
顔をあげて前に座る磯崎の右後ろのあたりに目を向けると、そこには声の主であろう、男が立っていた。
「それともあれかい? あんたの場合狩人じゃなくてメディア露出向けに魔法少女って呼んだ方がいいのかね?」
続けて言葉を放ってくる相手に対し、答える。
「……お好きな方で構いませんよ。ただ、そうですね。メディアイメージというものがありますから、一般の目に触れる場所では魔法少女と」
「まるでアイドルか芸能人だよなあ、あんたらってのは。これで国防の要だってんだから時代も変わったぜ」
男はよく見ればそれなりの高齢に見え、五十代半ばではないかと思われた。しかし衣服の上からでもわかる程鍛えられた肉体は壮健という言葉がよく似合う。
そしてまたその衣服の特徴から所属を察せられる。
「失礼ですが、あなたは? みたところ自衛隊のようですが」
濃紺に階級章といくつもの記念章を湛えた制服は、自衛隊、それも航空自衛隊のものだ。その事実を認め、男も頷く。
「その通り、俺はここに詰めている自衛隊員の中でも古株でね。尾賀峰一茶という。階級は気にしないでくれ、昔から性分じゃないんだ」
と男、尾賀峰は更に言葉を続ける。
「どうだい魔法少女。俺と一戦交える気はないか?」
☆
そして今に至る。
尾賀峰との会話の後、流れるようにスケジュールの変更が為され、自衛隊と魔法少女という他に例をみないカードが衆目に晒されることになった。
恐らくあちら、自衛隊のほうでは最初から話がついていて、聞かされていなかったのは自分たち対竜機関だけのようだった。組織として成立し、まだ日が浅いと、こういうところで実権の差というものが滲む。
しかし、今そんなことはどうでもいい。自分のようなちょっと大衆受けしただけの小娘が気にするべきは目の前の戦闘機から撃墜判定をもぎ取ることだけだ。
今、自分は演習場の遥か上空で戦闘機の尻を追いかけ、魔法少女の固有武装である『杖』を駆っている。
魔法少女がそれぞれのスタイルにあわせ創出、改造した武装全般は『杖』と呼ばれる。が、自分の『杖』、『ストライク・ヴァルチャー』は杖というよりは大きな魔女の箒だ。
基部は大型のバイクのようだが、大きな二枚翼と尾翼を持ち尻には逆三角形の配置になるよう束ねた特大加速器がみっつ固定されている。流線形のトップカウルの下部には銃火器も取り付けてあり、いかにも小さな戦闘機という風合いだ。
しかし、目の前にいる自分の目標はまさしく戦闘機。
それも初飛行以来そのスペックの高さを証明しつづけ、数十年経った今でも空の主役を譲らない、王者だ。
F‐15、またの名をイーグル。
ふたつに並んだターボファンエンジンに、垂直と水平二枚ずつの尾翼。主翼のつけ根には特徴的な膨らみ構造が見て取れる。美しい機能美に溢れた肢体。
時代にあわせマイナーチェンジを繰り返し、常に最強たる存在。
まさに、相手にとって不足なし、だ。
なまなかな相手ではない。
この空戦演習は、相手の後ろをとること、これが勝利条件となる。
戦闘機にとって後ろにつかれるという事実が、敵機に生殺与奪の権を握られることを意味し、それが撃墜判定として認められるからだ。
そして、自分の『ストライク・ヴァルチャー』も実のところ基本スペックは目の前のイーグルを参考にしているため戦闘機準拠の勝利条件でいいだろうということになった。
轟音を聞きながら、思案する。叩き付けるような大気の奔流をトップカウルが割り、その割られた風を、自身の魔力リソースで編まれた桃色のコスチュームが冷えた外気と共にシャットアウトし、弾けるような音を立てる。
現在、自分のヴァルチャーがイーグルの後ろについている。しかし、撃墜判定をとるにはいささか距離が離れすぎだ。
ここからどうするかだが、
「小回りを武器にして回りこめるかー?」
尾賀峰のイーグルと自分のヴァルチャー、どちらも轟音を生んでいるが、ヴァルチャーのそれのほうが音が高い。それは機体が小さいことからくる差だ。
離陸してからの十数秒を使いこちらが一応、背後を取れたのはひとえにこの機体の小ささを利用した小回り故だ。
機体性能がほぼ同一であることを考えると、この小回りの差は大きい。しかし、
「追いつけないんだよね」
そう、距離が埋まらないのだ。
☆
「ははっ、まだまだ若造に遅れは取れねえよな」
尾賀峰は酸素マスクの下で笑い、操縦桿を握る手に力を込める。
相手が攻めあぐねているのはわかる。こちらが捕まらず困っているのだ。そして、その理由は己にあるし、逆に相手にはないものだ。
「先読みが足りてねえんだよな」
自分たちは今、空で追いかけっこに興じているが、ただケツを追っかけているだけではない。常に相手の次の行動を先読みして空を往くのだ。
相手の魔法少女にはそれが足りていない。普段女子高生をやっているにしてはやる方だとは思うが、自分からしてみれば容易に対応できる範疇だ。
そして、更に言うならば、
「風の読みも足んね」
空を飛ぶとは空気の中を泳ぐということだ。風の流れや気圧を理解していなければ、当然それらは牙を剥く。
しかし、逆に言えば風を味方につけた時それは、背を押し、機体を前へと送りだす強力な味方となることを意味する。
総じて言うなら、
「経験だわな」
これに尽きるだろう。
先を読むにも、風を読むにも、それらの能力は空で戦っているうちに経験で身につくものだ。
今、自分を追う魔法少女はまだ年若くそれを育めるだけの充分な環境がなかったのだ。
それ自体は別に悪いことではない。そんなセンスは本来子どもが磨く必要の無いものだからだ。
そういう子どもたちを守るため自分たちがいるからだ。
だが、彼女が空にいるならば事情が違う。
彼女が、守られる側からこちら、守る側に来たのならば立場は同じだ。同じであるし後輩なのだ。
自分は長年、空自のイーグルドライバーとして後塵を育ててきた。
五年前。もう数年もすればパイロットは引退しようと思っていた矢先、自分の前に現れたのが狩人という連中だ。
魔法少女などと名乗るものもいたが、ともかく彼らが人類にとって新しい戦力の形であることは間違いなく、彼らが今後、望むと望まざるとに関わらず自分達と同じ、いやそれ以上の役割を担うであろうことは容易に知れた。
それはつまり後輩ということだ。
ならばしてやれることはしてやろうと思った。
やることは同じだ。後塵に伝えるべきを伝える、それだけだ。
長年空で培ってきた己の技術を叩き込む。
と、ずっと同じ距離が開いていた背後の魔法少女からなにか強い気配を感じる。
その予感はまさに的中し、魔法少女はこれまでとは明らかに異なる爆発的な加速をもってこちらに迫ってくる。
「おいおい何だそりゃ。どんな手品だよその力技」
口に出した自分の言葉の可笑しさについ笑う。
手品ではない、魔法だ。
なんだってありえる。
ともあれ、相手は攻める姿勢と手段を示したのだ。
自分もそれに応えなくてはならない。
「俺を追い越してみろよ若造!」
言って自分は操縦桿を繰り、イーグルの猛き姿を空に翻らせた。
☆
セスナはヴァルチャーの高速運用形態を用いていた。
ヴァルチャーの後部ユニットには特大の加速器がみっつあるが、これは機体の姿勢制御に用いる関係上、普段全力での稼働はしていない。
それをさっき解放した。
加速器を全開にしたヴァルチャーの推進力はイーグルのそれを遥かに上回る。
経験の差で敵わないのはわかったが、それで負けを認めるほど大人ではない。
だから持てるものすべてを使って取りに行く、そう決めて、そうした。その答えがこれだ。
「この速度なら追いつける!」
勝利の匂いを感じ吠える。
しかし、相手はそう甘くはないようだった。
イーグルが右の翼を沈め、そのままゆっくりと横転する動きをとったのだ。
その狙いは、
「バレルロールか!」
☆
地上にて磯崎は、空の推移を見守っていた。
自身の狩人としての能力、観測特化タイプに組み上げた『杖』の効果によってである。
遥か上空の光景を眼鏡型の『杖』、『ドラゴンフライ』のレンズ部分に映し、分析を続けながらも、思案する。
自分にも知らされていなかった演習だったが、昔なじみである尾賀峰という男の熱望によるものであることは想像に難くない。
あの男が何かするときは常に後輩たちのことを考えていることはよく知っているのだ。
自分達の時もそうだった。
その尾賀峰はいま機体の腹側を内に向け筒を描く様な動きを取ろうとしている。あの動きに沿って線を敷けば横倒しの螺旋構造になるだろう。
その意図はこうだ。
「背後を取りにいったのね」
飛行機というものは基本、前にしか進めないように出来ている。そして後ろにつかれたならば終わりだ。
そんな中、自分が前にいるときに相手の背後を突くにはどうするか。答えは簡単である。
「先を譲ればいい」
前へ進むとき捻りの動きを加えたならば、飛距離はその捻りの分だけ伸びる。
前方向に進む距離を螺旋運動に使えばそれが終わり元の姿勢に戻ったとき相手はこちらを追い越し正面にくるというわけだ。
「さて、高飛さんはどう対応するかしら」
☆
イーグルのバレルロール。
尾賀峰のそれに対する相手の対応は、素早く、また単純なものだった。
相手のほうでもまた、バレルロールを合わせてきたのだ。
後ろをとる技術を使われたならば同じことをし返す。
本当に単純だが、これだけで、二秒後にこちらが背後をとることはかなわなくなった。
「まあでも、勝負はこっからだぜ」
言う間に、イーグルの螺旋運動が終わる。
が、終わらない。
自分の握る操縦桿が二回目のバレルロールを指示したからだ。
当然、相手もまた追従してくる。
つまりこれは、自分から魔法少女に対する挑戦だ。
前を行く力を用いてどちらが後ろを取るかという挑戦だ。
「俺のダンスについて来れるかよ」
言って、行く。
☆
二羽の鷲による二重螺旋の機動は苛烈を極めた。
最初はお互い同じような軌道を重ねていたものの、いつしかルーチンからは外れていた。
意図的か、或いは機体性能の差か、どちらが先だったかもわからない小さなズレが彼らの戦いをよりカオスなものにした。
回って、回って。
大回りして、小回りを利かせ。
内側を抉り、外へと跳ね。
近づいて、離れて。
回り、抉り、近づき、跳ね、回り、回り、離れ、回り、近づき、抉り、跳ね、回り、離れ、抉り、回り、近づき、回り、近づき、回り、近づき、近づき、近づき、
近づいて、近づいた。
いつの間にか、相手を落とすのに充分なほど接近した二羽の前後関係は反転しており、イーグルが今まさに、ヴァルチャーを視界の中央にしっかりと捉えようとしていた。
☆
「楽しかったぜ」
偽りない本心が、尾賀峰の口からもれた。
いったい何回転したかもわからない、螺旋運動。
後塵との緊張感マックスでのエリアルダンス。
それが、終わってしまうことへの感傷がそうさせた。
だが終わりだ。彼我の距離は充分に縮まったし、一瞬の後、相手は自分の目前に来るだろう。そうして自分が後ろにつけばそれで終わりだ。
経験は足りずとも、やる相手だったし、意志の強さも感じた。だが、こちらの全力には敵わなかった。それだけのこと。
さあ、相手の姿が目前へと。
「あ?」
来なかった。いや、一瞬はいた。だが消えた。
それこそ一瞬、理解が追い付かなかったが、だが相手が何をしたかはわかった。どこにいるかも。
しかし、一瞬あれば充分だ。そう、背後の相手にとっては。
瞬間、コクピット内にけたたましいアラート音が鳴り響く。
撃墜判定が成立したのだ。
「ったく、高飛セスナ。ほんとに越えていきやがったな」
笑った。
後輩から渡される引導、求めていた終わりが来たのだ。
笑う以外になんとしようか。
☆
「よっしゃあー……」
勝利の余韻というには、少々怠そうな様子でセスナは緊張を解いていた。
自分がやったのは飛行機が行う曲芸飛行、ストールターンだ。
それもかなり無茶をしたうえでのだ。
相手が後ろにいる時に主翼のフラップを一気に下げ、空気抵抗を最大にして急制動をかける。
すると、機体は上方向に跳ねるようにしながら急速に速度を落とすので、相手の頭上を越え、後ろにぴたりとつけるというワザである。
ただし、ヴァルチャーはそんな機動が出来るようには出来ていない。
自分はまず後ろにつかれた際、機体を抱きかかえるようにして強引に機首を持ち上げ、機体の腹部全体で制動をかけにいった。速度が出ていたこともあり、ヴァルチャーのフラップではストールターンを実現できるほどの急制動をかけられなかったからだ。
この際、普段は離発着時にのみ使用する滞空、及び浮遊魔法も補助としてフルに使った。
しかし、これらはまったく想定をしていない機動だった故に、機体にも相当な負荷がかかった筈だし、失敗する可能性も大きかった。
危険な賭けだったと思う。
だがまあしかし、
「なんとか、やれたよね」
今はまだとりあえず、大きな壁に打ち勝った事実に喜んでおくことにした。
終
初投稿で勝手がわからないですけどこんなもんでしょうか。小説なぞ書いてみたのでせっかくだしこうして投稿してみました。自分が魔法少女ものを書くならどんな世界観にするかなと思って考え、その世界で起こった一幕を抜き出してみた次第です。世界観に関する説明とかまるでないのはすみません。しないほうがクールだと思ったので。ではではそんな感じのノリでした。