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忘却のクロノス・フロスト  作者: 終乃スェーシャ(N号)
一章:銀の花・銀世界
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極寒凍土

 貫くような寒さが強風と共に身を襲うと、なんだか途方もないくらいに不安に襲われて、黒の一番は親友の名を叫んだ。


「ウィルソン! どこにいるんだ!!」


(馬鹿か見えてるだろ。足元だよ足元。拾ってくれ)


 黒の一番は安堵の溜息をつきながら、ウィルソンを拾い抱えた。そして先の見えない極寒の世界を改めて見回す。


 幸いにも月明かりがそれなりにあるのか視界は悪くなかった。吐く息が白く染まるなか、白い大地は月明かりをおぼろげに反射し、青く光っているようにも見えた。


 黒の一番はそんな大地を一歩踏み締めた。レーヴェの人体改造と天候が安定していることもあってか凍え死ぬほどではないものの、このままダラダラとしていれば衰弱する程度には寒かった。それに吹雪になれば分からない。


(どうやら施設は極寒凍土にあったみてえだな。慣れた寒さだぜ。それでどこに向かうんだ? パッと見モンスターもいなそうだぜ)


 束縛するものは今度こそ無くなった。代償としてこの広く厳しい世界に一人ぼっちになったわけだ。無人島に漂流する話はいくつもあるが、雪原ではどうしたらいいのだろうか。浮かぶ案といえば素人めいたものしか無かった。


「……とりあえず、森に向かおう。木があれば火を起こせるかもしれない。いや、その前にかまくらみたいのを造った方がいいのか? どう思うウィルソン」


(森で造ったらいいんじゃねえか? それとかまくらってダサイからイグルーって呼ぼうぜ。どうせ誰もいやしねえ。何叫んでも、何しても無罪放免だ。格好つけたっていいじゃねえか)


 そうだ。ここには誰もいない。全て彼の言うとおりだった。漠然とした不安のなかに自由はあった。

「よし、じゃあ森に向かうぞ」


 足を踏み出そうとして、自らの吐息が一瞬にして凍りつき、まつ毛やら眉毛に付いていたことに気付いた。……どうやら思っていたより事態は深刻なのかもしれない。それでも月明かりに続いて幸運なことに、大地を踏み締めてもその脚が雪に埋もれることはなかった。どうやら降り積もった雪は固く凍り、もはや氷となっているようだった。くわえて、どうしてか滑りやすいということもなく非常に歩きやすかった。


 極寒凍土のなかをザクザクと軽快な音を立てながら進んでいき、やがて針葉樹林のなかへと入った。木々が複雑に立ち並び、尖った葉と枝葉に積もった雪が月明かりを妨げて夜闇が視界を覆っていく。とにかくまずは休める場所を確保したかった。都合のいい洞窟でもあればいいが、数十分ほど歩き探し続けたが見つからないので断念した。


 一応通った道を把握できるように木々を倒さない程度に傷付けているが、元の場所に戻ってこられる自信はさほどない。……あまりにも無計画であった。


(おい、少しは冷静になって考えたらどうだ? お前はレーヴェにあんなことやそんなことされて怪物並みの力があるけどよ。寒さは感じてるだろ? 無計画に動けばいつか体力がなくなるぜ。吐息は凍るはちょっこし風が吹くだけで人生で感じた寒さランキングを更新しやがる。想像以上にやばいぞ、この状況よぉ)


「……かまくらもイグルーもこんなに雪が固いんじゃ難しいか。どうすればいいと思う?」


(答えが分かってるのにいちいち聞かないでいいだろ。お前には力があるんだ。だったらやりてえままにそれを使えば、かまくらやらイグルーなんか凡人みてえなことしないでいいんだよ)


 ウィルソンはどこか誇らしげにそんな助言をくれた。黒の一番は彼の言葉に諭されるようにして自らの腕を見詰めた。そして意を決したように拳を作ると、それなりに手加減をしながら地面の雪を強く殴った。ただそれだけで分厚い氷と化していた足元が衝撃で雪と氷塊を舞い上げ、巨大な窪みを作り上げる。


 さらに二度、三度と殴ると人一人がすっぽりと入り、活動できる程度には巨大な雪穴ができていた。付け足すように周囲の削れた雪をかき集めて、固めると階段のように段差を造ることも容易であった。あとは天井さえあれば簡易的な拠点になりうるだろう。


(ヒュー! あとは穴をなんかで覆っちまえば完璧だな。ブルーシートとかダンボールでもあれば楽なんだけどな。ホームレスとかそうやって天井作ってそうだし。まぁ無い物は仕方ない。この調子で糞生意気な針葉樹も伐採しちまおうぜ)


「いい案だなウィルソン。ただ霜焼けになりそうだ。手がすごい冷たい」


 黒の一番は自身に纏わり付いた雪を淡々と払うと、手を温めるように何度も息を吹きかけた。寒さを意識すればするほど凍えていくのが実感できる。耳先とか、首とかが特に辛かった。手は指先から冷えに冷えて赤くなっていた。


(なら急がねえとな。蹴りでいままでやべえモンスター爆発させるみたいにぶっ殺してきたんだ。お前なら樹木ぐらい割り箸だろ?)


「……本気で蹴って壊せなかったら痛いだろうな」


 そう言って訝しげに立ち並ぶ樹木の一つを睨み、歩み寄った。


(――――この体はもう既に常人ではない。大丈夫だ。お前なら壊せる。お前ならできる……お前ならできる)


 ウィルソンが言い聞かせるようにそんなことを何度も繰り返し言った。その言葉は胸に直接響いてくるようで、不思議と樹木を倒せる確信が持てていく。黒の一番は深呼吸をし、深く腰を下ろすと樹木の一点を睥睨する。次の刹那、刀を振り下ろすかのごとく蹴りを放った。砲弾が直撃したかのような音が響いて、乾き凍えた空気もろとも、自身の腰ほどの大きさをした樹木を一撃で蹴り砕いた。


 木は凄まじい振動を下から上へと流れさせた後、ゆっくりと枝葉が擦れ合う音と共に傾いていき、雪深い地面に、地響きを立てながら倒れた。


(ヒュー! お前は人間チェーンソーだ!)


「切ったんじゃなくて砕いただけだからそんな切り口はよくないけどな」


 ――――そんな調子で伐採した樹木の枝を、幹を折って手頃なサイズに変えていき、数時間もすればただの氷雪にできただけの大穴は身を休めるには手頃な雪洞へと変わっていた。天井は枝葉で覆い、その周りから雪が入らないように適当な大きさに折っていった幹を並べたのである。


 穴のなかは剥いだ木の皮を敷いており、チクチクするものの雪に直接寝転がらなくてもいいようにした。


(ははは! こりゃ劇的なビフォーアフターだぜ。えーお客様。こちら新しく出来ましたホテル『ケイヴフロスト』でぇございます。三食、暖房無しで一泊たったのタダでごぜえます)


「……ふぅ、なんか久々にこんなの造った気がするな。いや、造ったか……? 東京こんなに雪ないしな。まぁ、とにかく食料は明日考えよう。とりあえず……少し寝る」


 黒の一番は脱力するように木の皮に横たわった。かすかに湿った、そしてゴワゴワとした感触がした。


(寝たら死んだりしねえのか?)


「それ迷信ってどこかで見たからそっちを信じる。火は穴のなかで付けたら屋根が燃える気がする。前に誰かがそんなポカをしたのを見た……気がする。それに寝てる間に酸欠とかで死にそうだから……とりあえず、またあとで」


 こんな体になっても、いや、こんな体だからかもしれない。目を閉じると自分が疲れている実感があった。……こんなに何時間と体を動かしたのは久しぶりかもしれない。そういえば、最後にこんな雪がある場所にいたのはいつだっただろうか…………。


 ホームシックというわけではないが、不思議な感傷に浸っていた。そうしているとなんだか異様に眠気がして、黒のはゆっくりと意識を眠りのなかに追いやった。

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