表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却のクロノス・フロスト  作者: 終乃スェーシャ(N号)
一章:銀の花・銀世界
6/28

実験成果

 ……目が覚めると、固いベッドの上にいた。周囲を見渡すと、そこはもはや見慣れた実験室で、触媒とやらの巨大な緑色の蟻の死骸やグロテスクなまでにうつろでおぞましい腐り果てた人狼の屍体、巨大トカゲの腕などが乱雑に積み置かれている。その隣にはどことなくしたり顔を浮かべ、爛々と瞳を黄金色に輝かせるレーヴェの姿があった。さらにその隣には、親切なことに親友のウィルソンが椅子に置かれていた。


(ハハハハ! 最悪な気分じゃないか。お前の血は何色だってな! 本当にこの世は地獄だ。安定した生活はあるのに、一寸先は深淵の奥底へと続いているんだ)


 睡眠の魔法で寝ている間に錬金術とやらで身体を改造し終えたのだ。とうとうこの身体は、巡り通う血脈は突拍子な思い付きによって有毒になったわけである。


「……ああ最悪な気分だ。頭がごちゃごちゃする」


 黒の一番は俯きざまに吐き捨てるように言った。


(だろうね。お礼にお前も俺に身体を寄越せって言うのはどうだ? お前ときどきレーヴェの脚をなめ回すように見てるだろ)


「見た目だけはいいんだがなぁ……」


 改めて、レーヴェの赤髪から艶やかな脚まで眺めていると、彼女は心底軽蔑するような目線を向けた。


「汝、淫らな視線で女性を見るとき、汝は脳内で彼女を姦淫しているに等しい……。何が言いたいか分かりますか? いくらワタシが顔立ち素晴らしく、明眸皓歯と断言できるほどで、かつ鮮やかな深紅の鱗に、スラリとしたくびれ、全人類と比較しても遜色ない美しい脚をしているからといって、視姦するのはやめていただきたいと言っているんです」


(あまり間違いはないけどこいつメッチャナルシストだな)


 ウィルソンが呆れながらに心中を代弁してくれていた。だからこそ黒の一番はこの欝陶しい現状を堪え閉口し、ただひたすらウンウンと頷き続けて彼女の自慢話を終えるのを待ち続けた。しかし、彼女のそんな有様はなんだか見ていて可愛くも可哀相でもあった。……コンプレックスなのだろうか。胸とか。


「――――なわけであって世の大半は大きいのが良いという愚かな偏見に捕われており……。って、ワタシに一体何を喋らせているのですか」


「お前が語り出したんだろ」


「原因は若き青年がリビドーを持て余し、ワタシの高尚なる肢体をマジマジと姦淫したからです。どうして黒の…………あなたという人はいつも……いつも…………? まぁいいです。罰として休憩無しに闘狼と戦ってもらいましょうか。付いてきなさい。逆らえばウィルソンの綿を抉り出します」


(それは勘弁してくれ。お前にはまだオレが必要だ。すまんが従うんだな)


 親友を人質? に取られて無視できるはずがなかった。黒の一番は苦しそうに歯を軋ませながらも、分かった、とだけ返事をして、大人しく彼女の後を付いて行った。


 ……その場所は自室として与えられている牢屋よりも広かったが、何も無かった。白い金属製の壁と床は傷だらけで、血痕が拭い切れず残り、この場で起きた闘争を物語っている。よく見ると、前に殺した夜鬼とかいう黒々とした気持ち悪いモンスターの指先が、部屋の隅にまだ残っていた。


『準備ができ次第、右手を上げなさい。今日は複数の敵と同時に戦ってもらいます。モンスターを倒すことによって達成感を得なさい。想像力を妄想で無くすには現実味が、経験値という概念が必要です。あなたの戦いはやがてこの世界のルールとなり――――』


 また経験値だのとゲームみたいな話をしていた。レーヴェはこの世界にスキルや経験値を作って、人類そのものを強くするためにあなたとワタシはいるのだと何度も語っていたが、そのためにこうして人間をやめるのだから狂っている。


「……ごたくはいい。レーヴェ、始めてくれ。スキルだのとよく分からないが、パッシヴなんたらで俺は強くなってるんだろ?」


 黒の一番がけだるそうに尋ねると、彼女はこくりと頷きながらも、付け足すように言った。


「この世界に不可能はありません。自身の拳が稲妻を纏う姿を想像し、この言葉を唱えればそれが現実になるのだという一つの宇宙法則を作りなさい」


「俺には無理だ」


 黒の一番が淡々とレーヴェの言うことを拒絶すると、ウィルソンはこちらを見透かし、嘲笑った。


(……どうして怖がる、黒の一番よぉ。もう分かってるんだろぉ? この世界はファンタジーさ! いつまで科学文明に引きずられて、もう覚えてすらいない家族と! 受験が受かっていたら楽しい人生が送れたかもなんてイフな未来を夢見てるんだ?)


 心がえぐられるようだった。黒の一番はその顔に深い皺を刻んで、握り拳を作る。爪が皮膚に食い込み血が出ていた。


「ウィルソン、俺達は親友だが言っちゃいけねえことがあるって分かってんだろ」


(でもよ。お前は強くならなきゃいけないんだ。誰よりも、魔王よりも! 神よりもだ! そうじゃなきゃよ。……そうじゃなきゃ…………)


 そう言って彼は黙り込んだ。その代わりとばかりに、床の一部が展開されて、そこから五匹ほどの狼が現れる。闘狼(ドレッドウルフ)と呼ばれたそのモンスターは雪のように白い、美しい毛並みをしていたが、その牙や爪は刀のごとく鋭く、深紅の瞳が残光を空に描きながら輝いていた。


「実験を開始します」


 レーヴェの発言の直後、狼達は一瞬にして黒の一番を包囲し、金属質な床を蹴り上げ跳躍した。獰猛なアギトを開き、牙を向ける。


 黒の一番は八つ当たりでもするかのように蹴りを放った。その一撃は飛び掛かった狼の一匹をたやすく粉砕し、血飛沫を辺りに散らす。顎骨が外れ舌と共に窓に叩き付けられ、脳漿と目玉が弾けた。刹那遅れて銃のごとき音が轟いた。だがその間に背後を取っていた闘狼が黒の一番の腕に噛み付く。


 ――――突き刺すような痛みが走った。同時に身を焼くような熱の心地がして、目の前のモンスターへの対応が遅れた。


 狼共はその一瞬を決して逃すことはなかった。意志疎通を図るように咆哮を響かせて、残りの三匹も腹部や首に食らい付く。……勝敗は決した。まもなくすると、溢れ出る鮮血を浴び、あらゆる細胞を死に至らしめる壊毒に蝕まれた狼共が少しばかりのた打ち回り、痙攣するとにじみ出るように全身から出血し、バタバタと連鎖的に絶命していった。


 黒の一番は腹部や首などの致命傷を受けながらも、外気に曝されたその赤黒い傷口は驚異的なまでの早さで治癒されていった。


(うははははは! 凄いぞお前。本当に人間じゃなくなったんだな。けど安心しロッテ、俺はいつだってお前の味方だぜ。だから人間をやめちまえ。それでもって自由を手に入れるんだ)


 ウィルソンが嘲笑していた。黒の一番もまたこの状況を嘲ってやりたかったが、それ以上にレーヴェが誇らしげに含み笑いを浮かべているのに苛立ちを覚え、彼女を一瞥した。


「アクティブスキルは信じないくせにパッシヴは信じるのですね。いいですか? あなたの身体の異常な治癒も筋力も科学ではありません。魔素を通じて行われた奇跡の一環であり、分かりやすくいうならば【筋力強化X】や【常時リジェネーション】、【根性】、【死毒の身体】と言った感じであるわけです。実験は滞りなく成功していますよ。実に素晴らしいです。天才ですよ」


「……だれがだ?」


「ワタシに決まっているではありませんか。あなたにスキルを与え、無意識のうちに科学に汚染されて実証主義に陥ったあなたに反映させたのですから。ひとまず今日の実験は終了です。すぐに部屋に戻りなさい」


 レーヴェはほんの僅かにはにかんだが、すぐに冷淡な双眸を浮かべ、淡々と告げた。その一瞬の微笑みが酷く脳に刻み込まれる。どうしてか脳を揺らされる。だが理由は分からない。黒の一番は時折感じ取る違和感を全て気のせいにし、ただ彼女に従い続け、さらに月日は経過し続けることとなった。

 闘狼ドレッドウルフ学名:Canis lupus pugna 極北圏周辺に生息する狼の亜種の一種である。


分布

 魔王同盟連邦全地域とレグルス神聖王国北部、レグルス同盟国自治領北ヴェスプッチ・ヴィクトリア島、ヴァンクス島等。


体格

 ドレッドウルフは一般的な狼より体格が大きく、通常の固体でも3m~5mほどある。雌のほうが大きくなりやすい傾向にある。重量は80~600kgほど。寿命は最大18年。野生の中での平均寿命は、7年から10年程度である。狼は本来おとなしい生き物であるがこの固体においていえば例外である。


生態

 純白の毛並みをもった夜行性の肉食動物である。基本的には雪にまぎれて擬態し、通りがかった獲物を群れで捕らえる。その主な手段としては一匹が鉄砲玉として突撃し、それに対応した獲物の隙を捉えて他の狼達が一斉に噛み付くというものだ。この一匹は必ず群れの長ではない老年の雄狼が行う習性がある。

 その牙や爪が鋭利なことはもちろん、突出した脚力でもって並みの生物では対応できない移動を行い獲物をパニックに陥らせるほか、咆哮には聞く者に恐怖を与える力があるが、格上には通用しない。そのため群れの長はこの咆哮にもっとも力があるものが選ばれる。

 主に獲物とするのはトナカイ、ウサギ、セイウチ、魚などのいわゆるモンスターに分類されない通常動物であるが、余裕がない際は自身らより強力な力をもつ月熊やスノウドラゴン、雪鯱スネックカサトーカなどを襲っている光景も見られる。

 繁殖期は5~6月。棲息土壌が永久凍土のために掘るのが困難。そのため、一般的なオオカミより約1か月遅れている。この2ヶ月の間にメスの狼は2~4匹の子供を産む。


人間とのかかわり。

 闘狼が人間の村を襲うことは少ない。罠に掛かった獲物や漁で得た魚を横取りするなどの被害が主である。しかし襲われた例がないわけではなく、北方の農村ではたびたび村が壊滅する被害を受けている。

 この狼がモンスターとして扱われる最も大きな理由は、もちろんトチ狂った戦闘能力もあるが、洗脳の魔力の影響を受けやすく魔族らの手足として動くことが多いことだろうか。また、この狼のなかには群れから追放されたハグレモノという特殊な固体がおり、その固体は自種のメスはおろか、他哺乳類のメスを襲うという事例が確認されている。

 嗅覚、知能が極めて高く村が襲撃されて地下に隠れていた女子供をたやすく発見し、扉をも開けてしまうことがあるため逃げ場のない場所に隠れることはオススメできない。また、群れの大半がやられた際は撤退するが、その後数週間にわたり遠吠えが山に響くことがある。原因はいまだ解明されていないが、いくつかの説をあげると一つが同胞を殺した生物への威嚇で、もう一説が鎮魂歌の代わりという説である。

 村人からしてみれば迷惑甚だしいが、この狼の牙や爪は強靭な刃物を作る材料となるほか、その純白の毛並みと共に芸術品的価値があり、倒すことができればしばらく遊んで暮らせる程度の財産を持つことができるだろう。

 この狼の生態をまとめたのはニホンコク?(このような国は確認されていない)出身のアダーチ・サダノブであるが、この男の遺品から闘狼で財産を得ようとした銀髪ロリっ娘の盗賊がハグレモノにいろいろやられてしまう絵本(訂正:この書物はいわゆる漫画と呼ばれる文体であった)が見つかっており、この書物はただちにレグルス国内に広まったが、一ヶ月ほどして国から発禁処分を受けたため絶版である。

 狼そのものより書物のほうが高い値段で取引されているわけだ。なんとも言葉にしがたい話である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ