ここは乙女ゲームの世界でした。なお、ゲーム期間は終了しています。~悪役令嬢はミニサイズ~
王都に連れてこられて婚約者と引き合わされる朝、鏡を見ていて唐突に思い出した。
あ、これ、乙女ゲームの世界だ、と。
前世が普通に思い出せて、乙女ゲーム転生あるある、と納得する。
そして悪役令嬢転生だ。
わたしはメイン攻略対象の第二王子殿下の婚約者、ラーゼア・イリス・シュトルックに転生したのだ。
王城まで行って、これから会うのは幼い頃は体が弱かった婚約者の第二王子ジークフリート。
そこで「アレ?」となった。
乙女ゲームでは十歳で同い年の従兄弟の王子様が悪役令嬢ラーゼアの父侯爵の領地シュトルックに身を寄せて、療養に来ていて、出会ったはず。
それから二年、療養中のジークフリートをわがままに振り回し、わたしから逃げ出すようにジークフリートがお城に帰った後もジークフリートと結婚したいと言い続けて婚約をごり押しで取り付けたはず。
……はず。
首を傾げる。
十歳の時に王子様が領地に療養に来たりしたっけ?
会ってないよね。
療養に来てた親戚のおにいさまはいたけど、年齢違うし。
そもそもそのおにいさまは十歳の時に、王都に帰っていった。
本当なら、おにいさまと入れ替わる形で王子様がくるんだったんじゃないのかしら?
うーん。
会ってないから、悪役令嬢から婚約をごり押しもしてない。
じゃあ、この婚約はいったい。
しばらく悩んだ後、ぽんと手を打つ。
……そうか、強制力か!
ちょっとなんかズレが合って十歳では出会わなかったけど、噂に聞く乙女ゲームの強制力が働いて、婚約ってことになったのではあるまいか。
うん。
あれ、そうすると、強制力があるんじゃ悪役令嬢化は回避できないのかも……
どうしよう?
と思っているうちに、お城までやってきて、婚約者とご対面となった。
そして、びっくりした。
婚約者はでかかった。
十歳で出会わなかったはずだ。
だって、本来より五歳も年上なんだもの。
領地に療養に来てたのも、更に五年前だ。
わたしが五歳の時に療養に来て、小さい頃遊んでくれた親戚のおにいさまが攻略対象の王子様だった。
二年どころか、わたしが十歳になるまでの五年もの間、うちの領地で療養していた。
夏は涼しく冬は温かく一年を通しての気温差が大きくなくて過ごしやすいうちの領地で、美味しいお肉やお魚や野菜を食べて、田舎を歩いたり馬に乗ったりしていたおかげで、おにいさまはすっかり健康になって帰っていったはず。
十五歳で療養をやめたのも普通に入学年齢がきて寄宿学園に入るためだったし、お別れを惜しんで帰りたくないって言ってたのも覚えてる。
たしかに、おにいさまのお嫁さんになる! とか言ってたなあ……
わがまま言って振り回しもした気がするけど、でも十歳と五歳から十五歳と十歳までじゃ、相手の方がずっと大人で、上手くあしらわれてたよね。
普通に可愛がってもらったような……
おにいさまが帰るまで、いっぱいお膝に乗せてもらって、撫でてもらったりキスしたり……
…………
……今思えば、あれってちょっと、お、大人のキスじゃなかったかしら……?
「どうしたの? 大人しいね、ラーゼア」
「おにいさま……」
「僕と結婚するのは嬉しくないかな……? 前は僕のお嫁さんになりたいって言ってくれてたよね?」
「う、うん! 言ってたわ!」
「もう、僕のことなんて嫌いになっちゃった?」
「そんなことないわ! おにいさまのことは好きよ! 大好き」
でも、おにいさまは攻略対象のジークフリートなんだよね……?
婚約破棄するんだよね?
あれ?
「……おにいさま、今、おいくつ?」
「十八だよ。この間学園を卒業したから」
「卒業した!?」
「ちゃんと卒業したよ?」
……断罪の卒業パーティーが終わっちゃってる。
え。
えええ……
じゃあもう、わたしは婚約破棄……
されてない、されてない。
そもそもその時、婚約してなかった!
……おにいさまだけ、年齢が上なのかしら。
「あの、学園にピンクの髪の女生徒はおりませんでしたか?」
「ピンクの髪? マリス嬢のことかな。そう言えばマリス嬢もラーゼアのことを知っているみたいだったっけ。見当違いのことも言っていたけど。マリス嬢を知っているの? ラーゼア」
あ、ヒロインいたんだ。
「ちょっと噂に聞きまして……おにいさま、彼女と仲良くなったりは……」
「いや? 一時期よく話しかけられたけど、特に仲良くってほどではなかったよ」
あ、攻略失敗してる。
じゃあ、他の攻略対象もおにいさまと同い年?
他の攻略対象の名前、名前……騎士団長子息の脳筋がフレデリックだったはず。
「あの、騎士団長様のご子息のフレデリック様も、おにいさまと同じ学年でしたっけ」
「……フレデリックを知ってるの?」
おにいさまの声がなんだか低くなったような気がして、緊張する。
な、何?
「あ、いいえ……ちょっと噂に聞きまして……」
「フレデリックなら同じ学年だけど、彼は先程のマリス嬢と仲良くなって、多分近々結婚すると思うよ」
王子様の攻略は失敗して、脳筋ルートか!
うーん……乙女ゲームは終わっちゃってるらしい。
わたし一人だけ年齢がずれてるのはなんでかしら……って、そうか。
前世で余命宣告受けた後、五年ぐらい頑張って闘病しちゃったんだっけ。
だから産まれるのが五年ずれてるんだ。
それが本当かわからないけど、今はそれしか思いつかない。
「ラーゼア?」
「あ、はい!」
いけない、考え込んじゃった。
……でも、これからどうするのかしら。
「……ラーゼア、フレデリックのことが好きだったの?」
「えっ」
なになに!?
今、どういう話になってるの?
もしかして、おにいさまの話を聞いてなかった?
「領地に籠ってたラーゼアがフレデリックを知ってるのって、おかしいよね?」
おにいさまが手を握ってくる。
ええと、どうしよう……?
「う、うわさで」
「噂で何を聞いたの?」
どうしよう……!?
答えられなくって黙っていたら、おにいさまが深い溜息を吐いた。
「……まだ、帰してあげようかなって思ってたんだけど、もう今日からラーゼアは僕の部屋で暮らそうね」
「えっ」
おにいさまのお部屋って、このお城の?
婚約者って言っても、婚約しただけなのに、いいの?
「お、おにいさま」
「どうせ結婚式まで半年ぐらいだから。お妃教育もあるし、王族が婚約者と結婚より先に一緒に暮らすのなんてよくあることだから心配しなくていいよ。僕が成人したから、シュトルックの叔父上もやっと認めてくれたしね。たかが半年だけど、されど半年だ。君に余所見をされたらたまらないからね……叔父上との約束とは言え、三年も放っておくんじゃなかったな」
おにいさまに引き寄せられて、腕に閉じ込められる。
王子ルートじゃなかったら、普通に悪役令嬢と王子様は結婚するんだったっけ……?
「おいで、ラーゼア。僕の部屋に案内するよ」
「いやあああんっ、おにいさまっ、赤ちゃんできちゃうぅっ」
「大丈夫、すぐ孕んでも結婚式はまだ産まれる前だし、それまでこの部屋から出さなければ僕の子だっていうのは疑いようがないからね」