核廃棄物テロ
はっきり言って、その日は散々だった。ここ数年会っていなかった連中と久々に会って飲み、大いに盛り上がってテンションが上がり過ぎたのが失敗で、一軒か二軒で止めておけば良かったのに、三軒目に入った店がなんとぼったくり。怒ったり泣き落そうとしたりをしてみて何とか少しは安くしてもらえたんだが、それでも交通費を残して財布の中はほぼすっからかんになった。
まぁ、家に帰れるだけマシだろう。
そう思って電車に乗ったんだが、それがまた失敗だった。終電の時刻を計算に入れていなかったんだよ。途中の駅で電車は止まっちまった。タクシー代もないし歩くには遠すぎるしで、仕方なくヒッチハイクでもしてみようかという気になって俺は駅を降りてみた。きっと酒がまだ残っていたんだな。普段ならそんな事は絶対にしない。ところが、その辺りは結構な田舎なもんだから、夜中に車なんかほとんど通らないんだよ。
それでもできる限り車の通りそうな道路を見つけて、俺は車をじっと待った。長距離トラックくらいなら通るかもしれないだろう? まぁ、もし通りかかってもこんな時間帯じゃ幽霊か何かと勘違いされて止まってくれないかもしれないけどさ。ぶっちゃけ半ば自棄になっていたんだ。
ところが、驚いた事に止まってくれたトラックがあったんだな。俺は地獄に仏とばかりに小躍りして喜んだよ。
運転手は若い男で、やせ気味であまり健康そうな雰囲気はなかった。ガテン系の人の好さそうなおじさんを想像していた俺は少し意外に思ったが、まぁ、とにかく、助かった事に変わりはない。
「いやぁ、あんたは良い人だ。まさか、こんな夜中に止まってくれる車がいるとは思わなかったよ。実は今日は酷い目にあったんだけどさ、最後にあんたみたいな人に会えてラッキーだ。ありがとう」
俺はそう言いながら助手席に乗り込んだ。
「良い人?」
俺のそのお礼の言葉を聞くと、その男は疑問符を伴った声でそう言った。何故か少し笑っている。馬鹿にされたのかと思ったが、ここでこの男と喧嘩でもしたらまずいと思ってこう返した。
「ああ、良い人だよ。じゃなかったら、こんな真夜中に誰かを乗っけてくれたりはしないだろう?」
そしてトラックのドアを閉める。
バタンッ
それを聞くと男は愉快そうにしながら、車を前進させた。
「まぁ、そうだな。オレは“良い人”なのかもしれない。分かってくれる人間は少ないが」
俺はその男の言葉に頷いて、テキトーにこう返した。
「本当に良い人ってもんは、皆から理解されないもんだよ」
男は満足げな様子を見せる。
「その通りだ。誰もオレの価値を分かっていない。バカばったりだ」
「そうそう」と、俺はやはりテキトーに返したが、そう返しながら思っていた。こいつ、なんか変じゃないか?
トラックをしばらく走らせると、男は不意に口を開いた。
「実は誰か話し相手が欲しかったんだよ。ほら、ずっと一人で運転していると飽きてきてさ…… ところで何処まで行くんだ?」
「ああ、できれば○○まで行って欲しい。その近くでも良いんだが」
「いいよ。こいつを運ぶ途中で寄ってやるよ」
男はそう言うと、親指で荷台を示した。俺はこう尋ねた。
「これ、何乗せているんだい?」
すると可笑しそうにしつつ、男はこう答えた。
「核廃棄物だよ」
――は?
俺はそれを聞いて目を丸くした。
「冗談だろう?」
「本当だよ。冗談なんて言ってどうするんだ?」
そう言った時の男の顔を見て、俺はギョッとなった。目が普通じゃなかったんだ。これでもかってくらいに大きく見開いていてさ。これでまだその言葉に真実味がないんならまだ良かったんだが、残念ながら本当っぽいんだよ、こいつの話。少し離れているが、ここらには原子力発電所があるし、実はこのトラックに乗る前に“特定廃棄物運搬車”ってドアに書かれてあるのを見ちまったんだな。こうなってくると“おいおい、大丈夫か?”って感じだろう。
「なるほど。あんたは原発で働ているんだな。それで、その核廃棄物をあんたは何処に運ぼうとしているんだ?」
それで俺はそう尋ねた。すると、男は「秘密だよ」なんて言う。
秘密?
核廃棄物を運んでいるのに、秘密ってのはなんかまずくないか? 業務上秘密って感じにも思えないし。このままで済ます訳にもいかないよーな気がする。
俺はそこで考えた。こいつは少しおだててノせれば簡単に喋りそうだ。多分、自慢したがりの話したがりだから。で、俺はこう言ってみたんだ。
「そう言えば聞いた話なんだが、原発で働くのってのは大変なんだろう? 俺になんかには絶対に真似できないね。あんたは凄いと思うよ」
すると嬉しそうにしながら男は言った。
「ああ、大変だ。並の人間には務まらない」
早速、釣れた。そう思った俺は続けてこう言ってみた。
「いくら貰っているかは知らないが、ならあんたはもっと貰っても良いのじゃないか? 給料をさ」
男はそれに大きく頷いた。
「それだよ!」
どれだよ?
「こっちは死ぬ思いで働いているってのに、何もしないでただ紹介しただけの上の会社の連中が俺からマージンを奪っていやがるんだ。信じられない話だろう??」
俺は頷く。
「それは酷いな。聞いた事があるよ。仕事丸投げの関連会社が原発労働者の上前をはねているって話」
これは無理に合わせた訳じゃなく、本当に酷い話だと思っているんだ。
因みにそんな状態だから、原発で働いている労働者がどんな奴らなのか分かり難くなっているって事もあるらしい。ま、だから、こいつもどんな奴なのかも分かったもんじゃないんだが。
「その通りだよ! だからオレは、ネットで文句を書いたんだ。なのに、ネットの連中は少しも分かっていやがらない!!」
男は明らかに興奮していた。“アハハハ、本気でやばそうだな、こいつ”なんて俺は思う。恐らく、なんか荒れるような書き方をしたんだろうが、それをまったく分かっていなくて、逆ギレしている感じだ。
「だから、オレはそれを分からせてやる事に決めたんだよ!」
「具体的には何をやるんだ?」
後ろを指で示してから男は言う。
「この核廃棄物を川に流してやるんだよ! 下流の連中は水をまったく使えなくなるぞ! 報いを受けろってんだ!」
――ダメだ、こいつ。
俺はそれを聞いた瞬間にはその男の顎の辺りを思い切り殴っていた。それと同時にハンドルを力いっぱい切る。事故らせてやれば、もう核廃棄物を川にまで運ぶなんてできないと思ったんだ。
その時は、この男の言っている事が嘘だとは思わなかったが、後で冷静になってかなりやばい事をしたなって思ったよ。もし単なる冗談だったら、俺は犯罪者だ。
……ただ、まぁ、何にせよ、幸いというのも不謹慎だが、男の話は本当で、それで核廃棄物テロを未然に防ぐ事ができたんだが。俺がハンドルを切ったお陰でトラックは横転し、男は気を失っていた。俺のパンチでノックアウトしたのか、それともトラック横転の衝撃でそうなったのかは分からなかった。幸いトラックの荷台から、核廃棄物がこぼれているような事はなかった。その辺りの仕組みは確りしているのかもしれない。
それから俺は警察に携帯電話で通報すると、事情を説明して直ぐに来てもらった。疲れていて眠いのに、色々と説明しなくちゃならなくて大変だった。まぁ、感謝はされたけどな。因みに、ぼったくられた話をしたら取り返してくれるかもと期待したが、笑われて終わりだった。そりゃ、ま、そうかもしれない。
その後、当然、この事件はニュースになるとばかり俺は思っていたんだが、少しも騒がれなかった。新聞を隅から隅まで探して、ようやくトラックが乗っ取られかけたって記事を見つけたが、それだけだ。
多分、核廃棄物のテロ対策がまったくできていないって事を国民に知られたくないから隠しているんだろう。
――大丈夫なのかね、この国は?
って、俺は大いに不安を感じたね。
原発のテロっていったら、爆破とかそういう派手なもんばかりイメージするかもしれないが、こんな感じの地味なテロだって充分に驚異だと俺は思う。コストカットで、おざなりな対策なんて事にならないようにと願うばかりだ。
でも、国に危機意識はなさそうだけどな……。