神と救世主、そして少年ラート
「さあ、早くしなさい、そうしないと、手遅れになるわよ」
何が手遅れになるのだろうか、詳しく説明してもらいたいものだ。
男の姿はいまいち不明瞭で、見た目からは男だということしかわからない。
金の髪の女にせかされながら、男はそんなことを思っていた。
男は突然連れてこられて、ここがどこだかもわからない状況で、連れてこられた理由も説明されず、ただついてこいと言われ。このあまりにも不当な扱いに、抗議の声を高らかに主張したかったが、相手との力関係を鑑みて、それは到底不可能なことだった。相手は神で、自分はその神の管理下に置かれる一介の魂。命令の拒否はあり得ない。しかし、仮に拒否できたとして、男が実際に拒否していたかはわからない。何故なら、この命令には対価が用意されており、かつ、それは男に求められる働きと比べ破格の報酬だったからだ。
現世への再誕。死んだ人間が心の底から願うものだ。しかし、かなわないもの。それを無理やりにも可能に、手の届く範囲に置くことができる今回の命令者。今まで男には何の干渉もしてこなかった、得体のしれない存在だ。
その恐ろしい力を持つ命令者は、先ほどから立ち止まって男が来るのを待っている。男が女のいる場所まで来ると、女は男に語り掛けた。
「下を見てみなさい」
下を見ろと言われても、ここは一面真っ白な空間で、上も下も当然白なのだ。遠近感覚もあいまいになっている。しかし、命令を聞かなければ、どうなるかわからない、男の生命与奪権を持つのは、女なのだから。
男は下を見た。そこには当然のごとく白い床があるだけで、それ以外に何が見えるとかはなかった。
「ああ、ごめんなさい、忘れていたわ、ここよく見えないんだった、調整するわ」
女がつぶやいたとたん白い床が動き出し、色を持ち始め、ある形を生み出した。
「森か?」
「ええ、そうよ、ご名答」
床は森を俯瞰した地図の様になった、地面が白く染まっていること以外は何の変哲もない。
「この、白い部分があなたの肉体になるのよ」
「何っ!? ほんとか?」
男が現世に再誕する方法は、再誕するための肉体を用意し、そこに魂を入れること、これだけだ。
だが、それは困難極まることで、成功したものは一人としていない。その理由は再誕させたい魂に最適な肉体を作らないと魂と肉体がうまく結合しないことと。魂を肉体まで誘導するのが至難の業だからだ。
今回、男を蘇らせる方法として女が用意したのは、特殊な土を使い肉体を自動的に創造してそこに魂を入れ込むというものだ。
その土というのが、あの白い部分というのだ。
「で、俺にどうしろと?」
男は今まで一度も、命令の詳しい内容を聞いていない。ただあるものを封印してほしいと、その報酬として現世に蘇らせるといわれただけだ。あとはその方法。
女は男の質問に簡潔に答えた。
「あの白い土、混沌の中に入って、その流れを堰き止めて、源流に戻して欲しいの。その時に混沌から自分の体を作ってちょうだい。簡単よ」
「…俺にそれができると思うか?」
「できるわよ、なんせあなたは神を封印した救世主なんだから」
救世主
その言葉を聞いた瞬間、男には深い郷愁が生まれた。その呼び名で呼ばれていたころ、生きていた頃の思い出が、蘇ってきた、驚くほど鮮やかに。そしてその感情は、男に強い衝動を起こさせた。
「どうやってあそこまで行くんだ?」
「あら、やってくれるの?」
「もちろんだ!」
「えっと、じゃあ、行ってらっしゃい」
女が言った瞬間、男の足元の床の感触が消えた一瞬下を見ると、床に描かれていた森がすぐ真下に見えた。どうやら、知らぬ間に森の真上に自分はいたようだ。一瞬冷静におかしなことを考え。意識を戻すと既に男は重力に引かれ、みるみる下へ落ちていった。
「う、わああああああああああああああああああっっっっ!?」
男は叫ぶことを思い出しながら下へ下へ、森に落ちていった。
今、男はただ混乱しているだけだが、男がこれからすることは。ラート少年の運命を大きく変えるものであった。それをもちろん男は知らない。今はただ叫ぶのみである。