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伝説の竜の息子  作者: 旭桜
プロローグ
10/12

初めての戦い

お久しぶりです

ラートは狼に向けて剣を構える。狼の突進を防御するためだ。狼はそれを見て、突進の勢いを抑えることなく、さらに勢いよく地面を蹴り、ラートに向かっていった。ラートは勢いよく突進してくる狼に委縮し、たじろいだ。そのせいなのかどうなのかはわからないが。構えた剣と狼が触れるや否や、剣は粉々に砕け、ラートは突進の威力に耐えられず、後ろに吹き飛び、すさまじい勢いで木にぶつかり、うつぶせに倒れこんだ。

 狼はラートに突進をしてから素早く後退し、ラートの様子を見ている。

 ラートは衝撃をまともに食らい、しばらくの間呼吸に支障をきたし意識も朦朧としていた。しかし、ラートは安心していた。

 自分はこんなにも弱いのだから、きっとあいつも、俺が自分に危害を与えないと思って、安心して帰っていくだろう。

 大体このようなことをラートは思っていた。

 あまり現実味のない楽観的観測だったが。この、自分が危機的状況に陥っているという現実から目をそらすためのそれは、ラートにとって救いとなっていた。

 ラートは息朦朧としながら、がたがたになった体に鞭を打って立ち上がった。もし、本当に狼が帰っていたのなら、必要のない行為といえよう。しかし、彼の本能が告げていた。こんな程度で帰ってくれるほど相手は優しくも気まぐれでもないと。

 ラートは立ち上がる、顔を上げ、前を見る。ゆがむ視界の中に悠然とその白い狼はいた。狼はこちらをただ見据え、一向に動こうとはしなかった。勝者の余裕かあるいは警戒か、そんなことはラートには問題にならない。問題となるのは、どうやって敵を退けるか、ただそれだけだ。

 ふと、足元を見る、あるのは刀身が根元から砕け散ったラートの剣だけだ。

 (いや、違う)

 ラートは足元を見ながら、朦朧とする意識の中、勝算を見出し始めていた。頭の中に浮かぶのは、スビの言葉。 

 ラートは顔を下げたまま笑った、にたりと、計算高い悪役がするようなあくどい笑顔でだ。




                    §





 ラートは足元の折れた剣をゆっくり拾い上げる。狼はそれを見ても何の反応も示さない。依然として、ラートを見据えるだけだ。 

 ラートは一回二回と意識して呼吸をし、息を整える。

 三回目、ラートは手に持った剣を大きく振りかぶって狼へ投擲した。直後、狼を中心に円を描くように狼の周りを走り始めた。

 狼は投げつけられた剣に見向きもせず。自分の周りをまわるラートが正面に来るように逐一動きながら油断なく見つめている。剣は狼の背中に当たり————しかし、それだけだった。剣は狼の背中、より詳しく言うならば背中の毛皮にはじかれた。

 それはラートにとって予想通りのことだった。突進を食らった感触で、毛皮の硬さを推測していたからだ。

 ラートは狼の周りを走り続けながら、ある場所へ移動していた。狼はラートの目論見に気づいてはいない、ラートは懐からあるものを取り出しながらその場所に到着した。そこは一見何もない場所、だが、ラートを勝利へ導く重要なものがそこにはある。

 ラートは狼と正面から対峙し、懐から取り出したあるものを狼へ投げつけた。それは一握りにできる程度の赤色の筒型で、狼の足元に着地したその一瞬後、それが強烈な光を放ち、あたりは光に包まれた。閃光を放つそれは、スビに念のため余分に持たされた装備の一つで魔閃光筒という名がある、側面についた札をはがして投げると光を放つ仕組みになっている。

 ラートはいち早く目を瞑り手を目の前にかざして光を直視しなかったが、しかし狼は光を直視してしまい目が眩んだようで頭を振っている。

 狼がようやく意識をはっきりさせた時、ラートは狼に魔閃光筒を投げつけた位置からじっと狼を見つめていた。

 つまりは動いていない。ラートはそこから動けない訳があったのだ。狼はラートめがけて襲い掛かってくる、魔閃光筒を食らって、狼は怒り狂っている。何も考えずに咆哮を放ちながら突進してくる。

 

 それがラートの狙いであった。

 

 ラートは再度、狼に何かを投げつける。激昂する狼は、何かを投げつけられたことで一瞬にして冷静さを取り戻し、一気に後退する。 

 狼は投げつけられたものを確認する。

 ただのキノコだった。ラートは、キノコを採取するためにそこから動かなかったのだ。

 狼は一瞬で警戒を解き、ラートに突進していく、冷静さを取り戻したものの狼のラートに対する怒りは消えはしない。再度、ラートはキノコを投げつけるが、狼は先の経験をもってそのキノコを無害なものだと判断し、そのまま勢いを落とさず吠えながら突進していった。

 しかし、狼の判断は正しくなかった。

 狼はキノコが顔に当たった瞬間、体がしびれて動かなくなってしまった。

 ラートが投げつけたキノコは、グチーダという名前で、胞子を吸い込むと即時に体が麻痺してしまうのだ。

 スビが教えてくれたキノコの知識がなければラートはこの方法を思いつかなかっただろう。ラートは心の底からスビに感謝した。

 ラートは狼が麻痺している間に足元にあるキノコ等を掴み取り、狼から距離をとった。

 とった距離はやがて詰められてしまう。その間にラートがどれだけ時間稼ぎできるかで、ラートの、おそらくは生死が決定する。

 ラートは手元にあるあらゆるキノコを狼に投げつけた。それらはスビが危険と言っていたキノコで、触れるだけでも危険なキノコなのだが。ラートはスビの言っていた「とりあえず手袋を着けておけばいい」という安全な採取方法に則り採取していたので、キノコの毒に侵されることはなかった。

 狼はもう油断はしない、狼は投げつけられらたキノコすべてを右へ左へ避けながら、着実にラートに向かっていく。

 狼がラートに近づいていき、ついに目の前までたどり着いた。

 ラートは動こうとはしない、全く無防備の姿勢で直立し、じっと狼を見据える。狼には事ここに至って平然としているラートの心のうちは読めない、だが、この状況が好機であることは明らかだ。狼は一吠えし、ラートの喉元に牙を突き立てる。しかし、ここで、狼は違和感を覚える。狼の牙はラートに致命傷を与えられなかった。いや、狼の牙は、ラートに届いてすらいない。何かに牙を阻まれているのだ。狼が混乱した、その瞬間を逃さずラートは狼に筒の形をしたものを放った。魔閃光筒ではない。魔閃光筒は赤色だったが、ラートが今投げつけたのは緑色だった。狼は、投げつけられたものを見た瞬間に、全力で後退しようとした。これまでの経験から、今投げつけられたものは危険だと判断したからだ。その判断は正しかった。しかし、その筒がその効果を発揮したのは、狼の予想よりずっと早かった。

 轟音が響いた、筒から放たれた真っ赤な炎があたりに迸る。それより先に筒から放たれた爆風で、狼とラートは弾けるように吹き飛ばされた。

 ラートが放った筒の名は魔爆筒。魔閃光筒と同じように、札をはがして投げればたちまち大爆発を起こす。その携帯性と威力から、当時『小さき死』とまで呼ばれ、300年たった今でも、その形状を保持しながら。多くの開拓者に利用されている。




                    §




 ここまでの戦闘の流れは、おおよそラートが思った通りに動いていた。狼にキノコを投げつけて、時間稼ぎをし、近づいてきたところに魔爆筒を投げる。魔爆筒はスビに渡されたもので、暴発してはいけないと、スビの手によって封印されていて、その封印を解くために時間稼ぎが必要だった。幸い、万が一のことを考えてか、封印は時間をかければラートにも解けるようになっていた。

 (まずいな、スビさんにもらった陣具、使い切っちゃった)

 倒れ伏した姿勢で、ラートは少し厄介なことになったと考えていた。

 無傷である、魔爆筒の威力は、ラートの身長ほどの高さの石を簡単に吹き飛ばしてしまう。しかし、その爆発を至近距離で受けたラートは無傷である。何故か、その答えは陣具という言葉の中にある。

 陣具とは、魔閃光筒や魔爆筒などの、魔法で作られた道具の通称だ。スビに渡された 陣具は三つ、魔閃光筒と魔爆筒、そして、ラートを魔爆筒の爆発とその前の狼の牙からもラートを守った。防護陣という陣具だ。

 防護陣は自分に貼り付けることで効果を発揮し、数秒間の間、たいていの攻撃から身を守る、魔法による防護壁を使用者の周りに作る。

 これがラートの命を救ったのだ。

 しかし、命助かったラートの顔はすぐれなかった。

 ラートは、予感がしていた。これで終わりではないという予感が。

 しかし、とラートは少し考えた、あの爆発をもろに浴びて、無傷でいられるものか、ラートの答えは否であった。いかに頑丈な毛皮を持とうと、あの爆発を食らってはひとたまりもない、はずだと。

 ラートは立ち上がる、何かを恐れるように下を向きながら。そして、聞いた、あの獣の嘶きを。

 狼は悠然とラートの前にいた。しかも、無傷で。何故か、その答えは一つ。

 読者は覚えているだろうか、ラートが打ち上げた信号弾が、狼ににらみつけられた瞬間に消え去ったことを、これは、狼の魔法によるものだ。通常、魔法や魔術を使う動物はそれを発動するための触媒を持っている。触媒は器官として動物と一体化している。このような動物を、俗に、魔獣という。しかし、狼は魔獣ではない。ではなぜ狼は魔法を使えたのか。それは、狼が使っている魔法は元素魔法という触媒を必要としないものだからだ。

 狼は爆風に吹き飛ばされる直前に、この元素魔法を使って爆風を消し去り。狼自身は元素魔法を放った反動で後ろに自分から吹き飛んだのだ。狼は酷く疲れた様子だ。元素魔法は使うと体力を著しく消耗するらしい。そう何発も連続して打つことはできないようだ。

 とはいえ、ラートにはもう策などない、こうまでして狼は疲れこそすれ無傷である。万事休すといったところであるが。ここで、ラートは最後の賭けに出た。

 ラートは自分から狼の方へ歩いて行ったのだ。

 一歩、狼はただラートを見つめる。

 二歩、狼の瞳の色が青から金に変わる。

 三歩、狼の頭上のに空気が流れ込む。

 四歩、ラートはなぜ爆発を受けながら狼が無傷なのか理解した。

 五歩、狼の頭上の空気は刻一刻とその密度を大きくしていく。

 六歩、狼の周りの空気が減った、強い風が狼に向かって、正確には狼の頭上に向かっていく。ラートは大きく息を吸い込んだ。

 七歩、狼が頭上の空気の塊をラートに撃ち出す。

 ——————その一瞬前にラートは何かを踏みつけた。ラートが踏みつけたものから、勢いよく煙が噴き出した。

 ラートが踏みつけたのは、ユーツクだった。

 どんな危険性があるのかも、どれだけ煙が出続けるかもわからない。狼に効果があるかもわからない、自分をこんな目に遭わせた原因であるユーツクに、しかし、ラートは自分の命を賭けた。

 そして、そして、煙が緩やかに消え終わった瞬間、ラートは自分が勝利ことを理解する。

 狼は倒れていた。

 ラートは勝ったのだった。狼に、あれだけ自分を苦しめた狼に、

 ラートは、初めての戦いに勝ったのだ。

 ラートは狼に近づいていく、あれだけ苦しめられた狼が気を失っているのを確認して、本当に勝った実感を得るためだ。

 狼も気を失ってしまえばかわいいものだ。ラートは気を失ってる狼を跪いて見ながらそう思った。ついでに少しなでたりもした。 

 (早く帰らなくちゃ)

 狼を倒したことで気が緩んだラートが帰ろうと思ったその時だった。

  

 目の前を見る、白い壁があった。なんだこれ? ラートは今までそこになかったものが現れたことに困惑する、なんだこれ、毛皮? ラートはその白い壁を触って、先ほどまで触っていた狼の毛皮と同じような感触を感じた。

 ふと、白い壁のてっぺんが気になりラートは白い壁を見上げた。見上げると、その白い壁の造形が、なんだか気になってきた。 

 (足?)

 ラートは白い壁を最後まで見上げた、見上げ終わった瞬間。

 ラートは吐瀉した。胃の内容物をすべて吐き出した。

 ありえない威圧を、今更になって感じた。それと目が合った瞬間、頭の中が真っ白になった。自分が途方もなくちっぽけだという錯覚を引き起こした。死ぬと思った。いやなことばかり頭に浮かんできた。

 ラートが吐き気を抑えながら後ろを見ると、さっきまでそこに倒れていた狼の姿がない。

 ラートはその場に座り込んだ。ラートは理解した。あぁ、これはそうなのだと。

 この、見上げるほどの大きさのこの狼のような何かは、本当に狼で、その上、狼の、今まで戦ったあの狼の、親なのだと。



  

                    §



 

 ラートはもう生きることを諦めていた。もう、どうしようもないのだと悟った。

 最後の言葉なんて、案外腐るほど出てくるのだな、と、ラートは考えていた。

 白い壁が、いや、親狼の前足が宙に浮き始めた。

 これにつぶされて死ぬのか。

 ラートは持ち上がる前足を見ながらそんなことを考えていた。

 目を瞑る。走馬燈がもう見え始めた、誰かの顔が見えてきた。ラートの父ザラ、母リルファ、ザゲンとホウ、アギトにギシタキ、キュオイ、シンラ三兄弟、ユアイにストラ、そしてシ……

 振り下ろされた前足は地面を軽々と砕いた。砕かれた地面の悲鳴のような音をラートは聞いた。

 「………………ぇ?」

 目を開く、あたりの後継が目に入ってきた。つまり、ラートは生きている。 

 ラートが呆けている間にも親狼は轟音を立てながら去っていく。

 ラートはどうやら見逃されたらしい。

 息を、少しづつ吐き出す。自分が生きていることを実感するために、長く長く。

 長い息を吐き終えたラートは、今度こそここから離れようと立ち上がった。

 その時、ラートは気づいた。遠くに離れて行ってるはずの親狼の足音が消えている。ラートは咄嗟に後ろに振り向いた。そこに見えるはずの親狼の姿はなかった。

 「え?」

 ラートは困惑した。親狼はどこに行ったのだろうか。

 ラートにそのことを考える時間は与えられなかった。

 草むらから葉擦れの音が聞こえてきた。ラートが振り向いて見ると、そこから金髪の男が現れた。いやな笑みをしながらこちらに近づいてくる。ラートは男を警戒してすり足で離れていく。

 男は警戒するラートに近づきながらこう言った。

 「久しぶりだね、ラート君。」「いや、君は私のことを知らないだろうが」「私は君を知っている」「まあ、そんなことはどうでもいい」「君にはこれから、私についてきてもらう」「断ったりしないでくれよ?」「私は君を力づくでも連れていくつもりなんだ」「けれど、君を極力傷つけたりしたくない」「おとなしくついてきてくれ」「理由なんて聞くなよ?」「なに、ほんの数年別の場所に行くだけだ」「その間、君に苦労はさせないよ」「どうだ、来てくれるかい?」

 

 ラートは男にこう言った

 「嫌だね、行くもんか」


これからも頑張ります

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