最初から決まっていたバッドエンド
昨日一日のPVが連載開始の三日間の合計PVを抜かしました。ありがとうございます。
後の展開のため、「アグラダイタスの森」をただの「森」という表記に変えました。
物心ついたときの最初の記憶は、黒い檻の中に入れられていた俺に向かって呪詛のようなものを呟き続ける大人たちだった。
何をしているのかと問えば、俺が魔王様に気に入ってもらうために必要なことだと返される。
それは毎日繰り返され、何時しか俺にとっての日常の一部となっていった。
文字を教えられ、本を読めるようになってすぐの頃から俺はありとあらゆる知識を学ばされた。算術、礼儀作法、武術、魔術、歴史、そして一度も出たことのない外のこと……。
綺麗な紙の娯楽本から難しい字で書き連ねられた古い魔術の本など、読みたいと思わなくても読むことを強制され、きちんと内容が頭に入っているか確認を取られた。食事に毒物を混ぜて毒に対する耐性をつけ、身体を痛めつけられ痛みに対する耐性もついた。
なぜこんなことをするのか、与えられた娯楽本に出てくる同じような年齢の子供たちは楽しそうな日々を太陽の下で送っているのに、何で俺だけこんな檻の中にいなくてはいけないのか……溜まりに溜まった疑問をぶつければ、大人たちの中で最も偉そうにしている老人が俺を殴りつけて言った。
「お前はただの子どもではない、魔王様のための依り代だ。黒い髪のお前が今もこうして生きていられるのは彼の方の依り代だからだ。依り代が普通の子どもと同じように生きたいなどというのは彼の方への冒涜だ。お前の価値は、彼の方が御降臨なされる御身体として、その身に知識を詰め込むことだ。二度と同じことを言うでないぞ」
もっと長く、かつ多くの罵り言葉を混ぜた言い方だったと思うけれど、俺がちゃんと理解できたのはそのぐらいのことだった。
そしてそのとき初めて、俺は自分の髪が黒いのだと、どの歴史書にも残る『魔王』のための、所謂生贄になるのだと知った。
以来、それまで教え込まれていた内容に『魔王様について』の知識が増えていった。
曰く、彼の方は15年に一度『森』に御降臨なされる。
曰く、降臨されるときには彼の方が入るに相応しい、黒を宿す依り代を用意しなくてはいけない。
曰く、彼の方は多くの知識を好むため、依り代は高度な教養を身につけていなくてはいけない。
曰く、御降臨なされるときに依り代が居なければ彼の方の怒りに触れ、土地が荒れる。
俺が生まれたのは、魔王様の怒りに触れた……土地が荒れ、凶作が続いた2年後のことだったそうだ。
疲弊しきった人々に、乾いた大地。村の後ろにあるらしい、広大な森に行けば食料はあるのかもしれないが、依り代を捧げに行く日以外で森に行った者たちはその肉片一つすら戻ってきたことはないそうだ。
そんな日照りが続く中、黒い髪を持つ俺が生まれた日にはおおよそ2年ぶりの雨が降った。
俺の前、つまり15年近く前に生まれた黒髪の子供を、よそ者が殺したことを魔王様がお許しになって、新しい依り代を与えてくださったのだと人々は歓喜に咽び泣いたそうだ。
ここまでくれば説明されなくとも、俺が生まれてしまった村が『邪神教』と呼ばれる、魔王崇拝の村だと分かった。
歴史書には「魔王を神と崇め称え、魔王召喚と言う名目で多くの少年少女を誘拐・監禁・殺害した極悪非道の集団」と残っているため、魔王様のための儀式の方法を変えたのか、それともこの村以外にも魔王崇拝をしている集団があるのかは定かではない。
礼儀作法、武術、魔術は村の大人が嬉々として教えに来ては「私が教えたことがいずれ魔王様のお役に立つ、これ以上の幸福はない」という。
もし俺に与えられる知識がこの大人たちからのものだけだったなら、俺も「この身を魔王様に使っていただけるなんて至福の喜びだ」などと言っていたかもしれない。
けれど俺に与えられた知識は、本によるものも多くあった。
本の中に生きる人々から常識を、世間を、外の世界を知った。
この村の外の人々の価値観を、知ってしまったのだ。
それも今となっては幸か不幸か分からない。
生まれた村も、生まれ持った色も、他の人から見れば不幸以外の何者でもないだろうから、常識を持っていようがいまいがさしたる違いはないのかもしれない。
もうすぐ魔王様降臨の儀式だと、そわそわと落ち着きのない大人たちを見ていた。逃げるという選択肢もあったけれど、どうにもそれを実行する気が起きなかった。幼い頃から言われ続けた「魔王様のために」という言葉に、洗脳されているような気がする。
もうすぐ俺は生まれた時から、最初から決まっていた終わりを迎えるのだろう。