贄 弐
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「ぐちゃぐちゃの紋様」→「ぐちゃぐちゃの黒い紋様」に変更しました。
「欲しい」とは思ったものの、それは別にこの少年から眼を抉り抜いて見ていたいとか、自分の眼として移植したいとかそういった物理的なものではない。この少年を、自分のそばにおいておきたいと強く思ったのだ。傍において、この無感動で空ろな紅玉の眼が輝くところを見てみたいと。
「ねぇ、あなた、名前なんていうの?」
私の問いに少年は答えなかった。ヒューヒューと喉の奥が鳴っているから、喋りたくても喋れないのだろう。それに気付いたのか今度は首を力なく横に振った。
「そう、名前がないんだ」
今度は頷いた。結構な年齢だろうに名前がないとはこれいかに。しかしよくよく彼を見ると、疲弊しきっているわりに身なりは綺麗だ。来ている服も、一目でいいものだと分かる白い布に、よくわからないぐちゃぐちゃの黒い紋様が描かれている。
……あ、これもしかしなくても生贄ってやつ?
この近くはわたしが走り回って探したから、人が住むような場所がないということは既に分かっている。ということはわざわざこの場所まで彼をつれてきたのだろう。口減らしにしては綺麗過ぎるし、何より忌み嫌われている『黒』の色を持ったものがここまで大きくなるまで育てられたのには何らかの理由が
あるように思える。
……いやむしろ『黒』い髪の色だからわざわざこんな森の奥に捨てられたのか?私が森に捨てられた理由も、街中で黒髪の子どもを捨てるところを誰かに見られたら自分の立場が危ういからだとかだったみたいだし。
でもそれだとわざわざ綺麗な服を着せている理由の説明がつかないし……うぅ~ん……。
まぁ、いっか。どうせ考えても仕方ないし。
何も映していないかのような赤い瞳の彼に、私は問いかけた。
「ここに居てもそのうち死んじゃうだけだし、私と一緒に来ない?」
私もどこに行くかとか決めてないんだけどね! というぶっちゃけは心の中でのみ言う。だってもし言ったら一緒に来てくれなそうだし。
少年は少し驚いたような顔をして眼をさまよわせた後、ゆっくりと頷いてくれた。やったねエルミシアちゃん! 仲間が増えたよ! あれなんだこれやばい発言をした気がする。
ともあれ付いてきてくれるのなら名前はあった方がいい。
名前は何がいいかな、何か意味を持つ名前だといいのかな、と考え始めると、一つの単語が脳内に浮かんできた。もう自分の記憶にない知識が浮かび上がってきたって驚かないぞ!
「そうね、じゃああなたの名前は今日から『黒夜の緋月』ね」
【眷属 にカウィールが追加されました】
うわなんかまた変な声が聞こえた! と驚くと同時に、少年……改めカウィールを一瞬黒い靄が包み込み、手足についていた鎖がパキンと音を立てて切れた。
お、おおう? 明らかに頑丈そうな鎖だったんだけど? 新しそうに見えたけど、見えてただけで実は腐食が進んでたとか? それにしては「朽ちた」というより「斬れた」という言葉の方が合ってそうな切り口だけど。
「ぉ…のす……を…と、ちか…す……」
私の意識が鎖に向いている間に、カウィールは何か不鮮明な事を言って、目を閉じてしまった。
「えっ、嘘もしかして死んだ!?」
慌てて首筋に手を当ててみる。規則的な呼吸を繰り返していた。
あぁなんだ、気絶しただけか。焦ったぁ……。
間近でまじまじと見れば、頰は痩けているし腕や首、足のあらゆるところに手で締められたような跡がくっきり残っていた。何これ怖い。
虐待の跡ってやつかな……。そういえば私としての意識が芽生えた時からあった背中や頰の痛みがいつの間にか消えている。もしかしたら痛みに慣れて感じなくなっただけかもしれないけど、さっき湖で自身の顔を見た時も叩かれた跡はなかったかのように思う。
「とりあえず、湖の所に連れてくか……」
食料は無くても水さえあれば暫くは生きてられるって聞いた事ある記憶があるし、と決意してカウィールを湖まで連れて行く事を決意した。
……まてよ、三歳ぐらいの私がどうやって十何歳かぐらいの少年を連れて行くんだ!?
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