贄
8月5日 人間→人間(体格的に子供と大人の中間ぐらい) に変更
なんでも、黒という色は何十年かに一度現れる魔王の持つ色だといわれているらしい。
そのため黒い色を持つものはいずれ魔王になると思われていて、生まれたその場で殺されるのだ。
まったく、そんな事実は存在しないというのに……
……あれ? 何で私が、魔王の持つ色だとか、そんな事実は存在しないだとかいいきれるんだろう?
少女の記憶の中にあるのは『黒は忌むべき色』ということだけだ。だというのに私ははじめからその答えを知っていたかのように分かった。既知感とでも言えばいいのだろうか。
何か違う別のものが自分の中にあるような気がしてならない。
不思議には思うものの気持ち悪いだとかは感じないから、まぁいいか。
そんなことよりも今重要なのは、もしも森の外に出られて人里をみつけたとして(もしくは森の中で人と遭遇して)も、私が殺される可能性が大いにあるということだ。
なんということだろう。いたいけな幼女でも、髪の毛が黒いというだけで迫害されてしまうのだ。いたいけな幼女でも。
大事なことなので二回言いました。
……これはもう森から出るな、って天啓なのかな? 神様とか信じないけど。
悩んでいても仕方ないから、とりあえず危害を加えてきそうな人間を見かけたら逃げることにしようそうしよう。うん。
湖の美味しい水をたらふく飲んで、私はまた寝床探しをはじめた。
あれからさらに三十分経った。
今のところ寝床候補は四つ見つかった。
ひとつは湖の近くにあった木の洞。少し狭いものの、そこさえ目をつぶれば立地的にも便利そうだ。
もう一つはかつて動物が住んでいたらしき岩陰の穴。中に動物の骨が散乱していたこと以外は気になる点もなく、湖からも遠からず近からずといった距離だ。ただし湿気がすごいせいで暑い。
三つ目は、湖からかなり距離のある場所にあった、大きな鳥の巣のような形状のもの。
……いや、うん、形状のものってか普通に鳥の巣っぽかった。明らかに大きすぎる羽とかも落ちていたからね。
一番快適な夜を過ごせそうではあったけど、さすがに自分の身長と同じぐらいの大きさの羽を落とす鳥とは添い寝したくないわ。
この時間帯にいなかったってことは夜行性のものだろうから、本当に私は運がよかった。
もし家主たる鳥がいたらつつき殺されるかしていただろう。
落ちていた羽は掛け布団にも敷布団にもなりそうだったからもてるだけ持ってきた。
一枚一枚がかなり軽いため、枚数としては結構な量である。
そして最後、今目の前にある洞窟だ。なんかこう、いかにもって感じの。
あとさっき一つ気付いたことがある。
夜眼が凄まじく効くのだ。というかもはや夜目なのかどうかわからないけど洞窟の奥、鎖で繋がれている人がかろうじて呼吸しているのがわかる程度には目が良くなっている。
……ってかなんで人が繋がれてるの?
白骨死体でもあるのかと思ったんですけど。
とりあえず私は私の人格になってから初めて発見した人に近付いてみることにした。
べ、べつに人どころか生き物一匹いなくて寂しかったわけじゃないんだからね!唐突なツンデレ乙。
普通の人間だったらわざわざ自分から近づくなんて無謀なことしないけど、明らかに衰弱しているし鎖でつながれてるし大丈夫でしょう。きっと。
なんだかここ数分で推量形の言葉を多用している気がする。
ついでに入り口から若干臭うから、戦利品の羽は外においておくことにした。お布団はお日様の香り派です。例えそれがダニや微生物の死骸の臭いだと知っていてもね!
洞窟の入り口までは来たんだけどなんだろう、ここだけ凄く空気が悪い。こう、淀んでいるというか煙り掛かっているというか。
ちょっと入るのを躊躇したけれど、何かに呼ばれているような気がして入っていった。
奥にいる人に近付けば近付くほどそれは濃くなっているような気がした。
「しかしなんとも視界が悪いな……」
煙がかったような靄のようなものに、虫を払うかのように手を振ればそれは散開した。
「……なんだ、ほんとに煙だったのかな」
とりあえず視界さえよくなればいいから目の前だけぱたぱたと手を振りつつ前に進んでいく。
この作業、団扇でもあったらもっと早く終わるのに。残念ながら団扇になりそうな羽は外だ。
たどり着いた洞窟奥の人間(体格的に子供と大人の中間ぐらい)は、なんと私と同じで黒い髪をしていた。
いや、なんとなく遠目からも「黒かなー?」とは思ってたけど、洞窟が暗いから紺色とかこげ茶色とかの暗めの色がそう見えるだけなのかもと思ったのに。もしかしなくても髪のせいでここに鎖でつながれているのか。
つか、この少年の周りに煙集中しすぎじゃない?手で払ったら消えたけども。
そんな私の行動に、ずっとうつむいていた少年が顔を上げる。
十歳半ばぐらいの、大人になりかけている中世的な顔だ。わぁーおめっちゃ美形、と思うか否かのとき、その少年の瞳を見て、私は思った。
この血のような赤が欲しい、と。