水面に揺れる影は黒
暗い森をひた走る幼女。
その眼光は鋭く、まるで獲物を狙う鷹のようで…………垂直ジャンプして木になっていた果実をもぎ取り、上に掲げた。
「とったどー!!」
その姿は自称勝利の旗を掲げる女神のようだったとかなんとか。
残念ながらそれを見た人は居なかったため定かではない。
* * *
やったね私、今日のご飯を手に出来たよ!
もうはらぺこだからどういった実か分からなくも口に入れちゃう。
毒々しい赤と紫の皮なんて見てないんだから!
「いただきます!」
がぶりと噛り付いた果物は少し口にピリリとした辛みを感じさせたが、甘くて美味しい果汁を沢山含んでいた。
……これはあれだな、皮さえ剥いてしまえば美味しい的な感じか。
さらに言えば冷やして食べると美味しさ倍増しそうだ。
少女の前世の記憶にあった《れいぞうこ》とかいう、物を冷やして保存する器具が無くて残念だ。
【猛毒耐性を取得しました】
【麻痺耐性を取得しました】
「ん……?」
あれ、なんか今誰か喋った?
キョロキョロと周りを見回しても誰もいないし、生き物の気配もしない。
空耳か? 猛毒とか麻痺とか聞こえた気がしたけど恐ろしい空耳か?
特に何も変わったこともなさそうだったから早々に食べることに集中した。
三つ食べてお腹が落ち着いた頃、ようやく頭もしっかりしてきたため今何をすべきかが分かってきた。
まあかっこつけて前説を言ったものの後にも先にも優先させるべきはただ一つ、「生きること」だ。
前世の記憶だとか今世の世界情勢だとか、少女でなければ私は誰なのかとか本当今どうでもいい。
なんかどっかの誰かが私が私であるために必要なものは何もないとかなんとか言ってたような気がするし、結局生きてる奴が正義なんだからこの場合の正義は少女じゃなくてこのエルミシアだ。
なんだろうちょっとかっこよくキマッた気がする!
さてと、次にやるべきことは住居の確保か。
私が入れそうな洞とかあればベストなんだけど安定して寝られるなら木の上でも構わない。
平均的な三歳児の身体能力がどのぐらいかわからないけれどさっき木の実を取るためにジャンプしたら軽く三メートルほどは行ったから、木に登るのなんて楽々だろう。
まだ試してないけど二段ジャンプ三段ジャンプもいけそうなきがする。
とりあえず行動しなければ始まらない、と体力の続く限りはうろちょろして休める場所を探そうと決めたのだった。
既に二時間ぐらい走り続けているというのに全く疲労する兆しがない。
流石に自分で自分が怖くなるけどその一方で好都合でもある。
こんだけ走り回っても余裕のよっちゃんなのだからそんなすぐに死んでしまうなんてこともないだろう。
まあ、その分お腹は空くようだけど。
お腹が空いて食べた白に水色の斑点のあるキノコはなんだか喉の奥がポカポカして水が欲しくなったけど美味しかった。
あとなんかまた例の空耳が聞こえた。今度ははっきり【火炎耐性を取得しました】と聞こえたけど、誰が言っているのかもわからないし確認のしようもないのでまた放置することにした。
さっきの果実の成っていた場所は覚えているから、そこに戻って喉を潤すためにもう一つ食べてもいいのだけれど、出来れば水源も確保しておきたい。
そう思った直後にどこからともなく水の流れる音が微かに聞こえてきた。
どうやら私が今真っ直ぐ走っている方向に水源があるようだ。
どんどん音が近くになってくる。
一瞬、なんて私は運がいいんだ、と思ったけれど、既に二時間以上走ってるのに水源一つどころか食べられそうな果実ときのこ各一種類ずつしか見つから無かったことを考えると、どちらかといえば運は悪いんじゃ無いかと思い至った。
まあ親に捨てられて変なものに襲われた時点で不運ここに極まれりといったところだし。
そんなことをつらつらと考えているうちに水音のする場所についた。
「うわあぉ……」
思わず口から感嘆の声が漏れる。
辿り着いた先にあったのは、大きな湖だった。
ふわふわと飛ぶ蛍のような光源の塊が遠くに幾つも見える。
三つある月のうちの一つ、紅い月も水面に反射して、とても幻想的な光景だ。
手を伸ばせば、水面に映る月が取れそうな気がしてくる。
そう思って手を伸ばしてみた時、何の気なしに水面に映った自分の姿を見た。
「ん? ん? んんんんん?」
顔は、自分で言うのもなんだが可愛らしく将来有望そうだ。
髪も肩にちょっとかかる程度のストレート。
全く整えたことがないからか少し跳ねている。瞳は爛々と光るサファイアのようだ。
母親は金髪碧眼だったから、この瞳の色はあった事のない父親譲りなのかもしれない。
少女の記憶には自分の姿を鏡で見たことがないようだから、これが初めて自分がどんな顔でどんな姿なのかを知る機会になった。
いや別に自分の姿を見たことがないとかいうのはどうでもいいのだ。
だって自分の姿なんて見なくても生きていけるから。
だけど、これは、いろいろとまずい。
「髪が、真っ黒……」
ほぼほぼ育児放棄されて知識が乏しい少女の記憶にすらある常識。
それは、この世界で『黒』という色が最も忌み嫌われているということだ。
「確かにこりゃ、捨てられるわな……」
むしろ生まれてからの三年間、母親が私を殺さなかった事に、本当に感謝しなくちゃいけないかもしれない。
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