森中メランコリー
まさか、あの会議に出席していた方々の半分がジェネラルモックが森に現れたことすら知らなかったとは思っておりませんでした。
停戦してからかなり弛んできているとは思っていましたが、ここまで落ちていたとは……。嘆かわしい限りです。
戦争が無くなって暇しているのなら情報収集ぐらいちゃんとやれ、と思うのは私だけでは無いはずですよね?
結局、会議の末民に不信感を与えないよう少人数精鋭の討伐部隊が編成されました。
騎士十人、魔術師五人の部隊です。
勿論、戦う相手は良くて龍、悪くて報告に上がったジェネラルモックの群れ、最悪魔王なため、国の最高兵力を総動員させた結果の十五人です。ジェネラルモック単体だと龍より下ですが、群れを成してしまうと龍より厄介になります。どちらにせよ、普通対峙したら生を諦める魔物ですが。
どれが最初に出てきても対応可能な人材という理由からも、大人数で行くよりは少数でのほうがまだやりようがありますからね。
使えない人材を多く投入するよりも上位数名で片付けてしまった方が早いですし、尚且つ無駄な犠牲も出ずに済みます。
今回の編成では、私と私の優秀な弟子たち四人、そして騎士には近衛騎士団副団長のクリード・エイディンバル殿とその部下の方々八名が参加しております。ルーク殿も率先して参加したがっておりましたが、王都の守護を手薄にするわけにはいきません。騎士団の戦力の半分といってもいい副団長殿含む猛者たちを連れて行くのに、更に団長殿まで連れて行くというのは非現実的です。
そして、騎士枠として最後にもう一人。
「まさか、『砂熊』と名高いユアン殿が此度の討伐部隊に参加するとは思いませんでしたよ」
「それは、俺がいては迷惑という事か?」
「いえいえ、まさか。魔法戦士型がいる事によって戦法は幅が広がります。しかし、よろしかったのですか? 共を一人も付けなくては何かと不便でしょう」
そう、まさか侯爵家が一角の『砂熊』ことユアン殿が此度の魔王討伐に立候補されるとは思っておりませんでした。
基本、騎士団長を務めるルーク殿のルクセンブルク以外の侯爵家はこういった自領以外の問題にあまり興味を示さないか、茶々を入れるだけ入れて放置するという悪癖を持つ方々です。
前者側だったユアン殿がわざわざ出て来た理由が気になりますが、戦力は高ければ高いほど良いので、今回は事前調査をする時間を短縮して編隊の許可を出しました。
また、今回は特殊な編隊のため、不要な人材は一切なくしています。そのため貴族が討伐や戦争にまで連れてくる世話係という役目の者の参加は勿論禁止にしました。
私の弟子たちも騎士団に所属する方々も、遠征の時は従者を連れて行かないことが暗黙の了解になっておりますので問題はありません。文句も言わせません。
ですが団に所属していないユアン殿はそういったことに慣れていないでしょうから文句を言われるかと覚悟をしていたのですが……。
「先代から継承するときの条件として、国外遊学という名のサバイバルを一年ほどやったことがあるから問題ない。……それに、俺が従者を連れて行くとごねたところでロイド殿は許可したか?」
「するわけないでしょう?」
「……だろうな。」
だったら最初から聞くな、と言いたげな視線を彼はこちらに向けてきます。
一応確認として聞いただけでしたので、例えどんな回答が来てもさしたる問題はありませんでしたが……そうですか、一年間のサバイバル……。新人研修に入れてもいいかもしれませんね。
その後軽口を叩きながら、私たちは周囲への警戒を怠らないよう進んでいきました。
周囲を警戒しながら先に進むこと三時間。
「なっ……これはいったい……!?」
「団長、どうなされたのですか!」
当初の予定では丸一日かけて来るはずだった、魔王誕生の秘密が隠されていると考えられている大木のある場所。
ここに来るまで一度も魔物に遭遇しなかったことに、言い知れぬ不安があったのがまさかここで的中してしまうとは。
「木が、あるはずの大木がないなんて……」
「……木、ですか?」
一般的に知られる森の主の魔神とはまた別の、森そのものでは無いのかと思われる大木でした。
魔力の塊のような、圧倒的な気配を持つ大木でした。
気の弱いものが近付けば気が触れてしまう、未知の領域の大木でした。
魔王との遭遇率が最も高いと言われる、森の真ん中に位置する大木でした。
それが今は何処にもなく、ただ森の中にある、木の無い広い空間になってしまっているのです。
切り倒したようなあもとありません。
ただ何も無かったかのようになっているのです。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
背筋にぞわりと寒気が走りました。
もう一歩で正解にたどり着けそうだというのに、その答えを出すのを脳が、体が拒否しているような感覚です。
もう心の底から家に帰りたくなってしまいました。
それでも、進まなければいけません。
クリード殿とユアン殿が何か勘付いたようでしたが、もうここまできたら引き返すことはできません。
不安げな顔をする弟子たちと騎士の方々に向かい、平常の顔を作ります。
「……いえ、私の気のせいだったのかもしれません。先を急ぎましょう。あちらから、何かの気配を感じます」
予想以上に、我が国は脅威にさらされているのかもせれません。
大木のあるはずだった場所から、騎士団員が魔王らしき少女とジェネラルモックの群れを見た場所はかなり離れているため、仕方なく転移魔法を使うことにしました。
この転移魔法、使いようによってはとても便利なのですがかなりの魔力を消費するとともに、一度使うと一時間は使えなくなるという欠点付きなのです。
転移した先で休んでから先に進もうと決め、魔法を発動したら……。
「っ……!!」
「なっ!?」
「全員離れろ!」
転移先の湖の近く。
木以外何も無かったはずのその場所にあったのは、簡素な木で出来た家でした。
もしそれだけならば何故こんなところに、いつの間に家が? と驚くだけで済んだのですが、そうはいきませんでした。
その家の周囲に、恐ろしい程強力な風の防壁が作られていたのです。
運悪くなどと言った言葉で片付くものではありませんが、私たちが転移したのはちょうどその真ん中だったようで私とユアン殿、そして弟子二人と騎士三人が結界の外側に、クリード殿と弟子二人、騎士五人が結界の内側へと別れてしまいました。
どうしましょうか。まさか、転移して早々にこのような事態になってしまうなんて予想もつきませんでしたよ。
クリード殿が向こう側で何やら口をパクパクさせて何かを訴えているようなのですが、この結界は音すら遮断するようで伝わりません。
どうにかしてこの結界を破らなければ……と思っている時に、騎士の一人が結界に手を近付けました。
「あっ、馬鹿、やめなさい!!」
向こう側に聞こえてないであろう私の制止の声。
不思議そうな顔をして、騎士はその手で結界に触れてしまいました。
「うわあっ!?」
「ヒッ、」
結界を覆うように一気に広がる赤。
微かにする鉄の匂い。
一瞬にして向こう側が見えなくなり、私は思わず舌打ちをしてしまいました。
あぁ、こんなところで戦力を削がれるなんて!
「一体向こう側で何が……」
「これが結界であると同時に、『風の刃』と同じ構造をしているという可能性があります。しかも、一気に結界のほとんどに広がった事から見るに『風の刃』は常に結界を死角なく回っているという事。ユアン殿が『離れろ』と言ったのはこの結界の性質を見抜いたからではないですか?」
「ああ、そうだ……と言いたいところだが俺の『直感』スキルが働いただけだ。まさかそんな凶悪なものだとは……」
「どちらにせよ、これをどうにかして中にいる彼らを救出しなければ!」
当初の予想の斜め横を行く事態に、何時もは冷静な弟子二人も不安そうにこちらへ指示を仰いできます。
一箇所集中攻撃をすれば、いかに強固な防壁とはいえ崩れるはず。
騎士の使う魔法も魔術師と比べれば弱いですが、無いよりあったほうがマシです。
一斉に詠唱を開始し、いざ放つぞという時、目の前の結界が崩れました。
「え……」
薄い膜が割れるように消えていく結界の内部で、倒れ伏す我が弟子たちと騎士。
それ以上に目を引くのがこちらに背を向けているクリード殿の向こう側、黒い髪に青い目をした少女と、同じく黒い髪に赤い目の少年。ジェネラルモックの雛に近い見た目だが明らかに肥大化している五羽の鳥。
そしてさらにその奥に見える、半壊した家。
まごう事なき大惨事であり最悪の事態が、今ここに。




