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 卓上ディスカッション

「あなた方は我々兵士に死ねとおっしゃるのですか!」



 兵士団副団長のマリウス・ファブロ殿が叫びに近い口調でそう言われました。

 それに対し、近衞騎士団団長のルーク・ベルゼンブルク殿は苦い顔をしております。

 それもそうでしょう。此度結成されることになったのは『森』に現れたとされ

る龍討伐部隊。

 ただでさえ『森』にいる魔物の討伐は兵士団には荷が重いというのに、今回標的となるのは物理攻撃が通じないと言われている龍です。


 例外的に特殊特性を持つ市井の出の者と、元より先祖代々特殊特性を引き継ぐ者だけが入団を認められる近衞騎士団とは違い、兵士団は戦争のために作られた、特殊特性が無くとも入れる唯一の国家組織です。言ってしまえば兵士団とは上手くいけば市民から貴族へとランクアップできる数少ない手段の一つというところでしょうか。

 そんな殆どが市民上がりの者たちの兵士団に龍と戦えというのは、マリウス兵士団副団長殿が言うように間接的に死ねという事と同意です。




 事の始まりは昨日の昼頃に『森』の入り口付近の村々から伝えられた信じがたい事態でした。

 『森』の中から、龍と思われる悍ましい鳴き声が響き渡ったというのです。しかも森の外まで焦げた臭いが漂ってきたとか。


 俄かには信じがたいその情報ですが、それが本当だった場合即座に対応しなければ被害が出ます。それも、相手が龍だと言うのなら尋常ではないほどに。



 本来ならば騎士団を主軸として編隊するべきそれを、侯爵家当主ガレア・サントキア・ライアン殿が騎士主軸の編成に反対意見を示し、代わりとして兵士団主軸の編隊を提案してきました。

 これがただの侯爵でしたら同爵位であり騎士団団長のいう地位を持ち、更には兄君に国王の主治医の地位をもつエルド・ベルゼンブルク医師長がおられるベルゼンブルク殿がひと蹴りなさったのでしょうが、いかせん相手は元魔術師団団長のライアン殿。

 今は併合したライアン、アドリアノ、パレモル、イスカーンのうちのライアン国の直系であり、更には土の神トキアの守護名を継ぐお方です。

 守護名とは、神が人に自身の守護……つまりは恩恵を与える時に、自身の名を人の名と姓の間に入れて名乗らせるものの事です。

 その神の名をそのまま入れていいのは守護を与えられた当人だけですが、その直系の血を引く者は守護名の前に『サン』を入れて名乗る事が許されております。


 また、発言力は高い順から魔術師団、騎士団、兵士団となっており、その発言力に比例して希少性が高いのです。

 魔術師団は純然なる貴族であり、かつ他と比べて魔素の質と量が一定以上の者しか入団のできない魔法・魔術特化の少数精鋭のエリート集団。ちなみに、魔法は口頭での詠唱、魔術は魔法陣での発動と仕組みが違うのですが、それについては魔術師団の機密となっております。



 ……だいぶ話が逸れてしまいましたね。

 まあ簡単に今の状況を言ってしまえば騎士団団長殿はかなりの権力者ではありますが彼以上の権力者によって強制的に黙らされてしまったというところでしょう。



「兵士団の者は人の話を最後まで聞かないから困ったものだ。これだから庶民出の者をこの会議に参加させるのは反対だと言うのに……」

「それ以上はこの会議の参加権を兵士団にもお与えになさった陛下への言葉と捉えますよ」

「ほほほ、流石はアドリアノの末裔。人の揚げ足取りが上手いようで」

「……話が進まなくなる。イスカーンの女狐は黙っとけ」

「なっ、誰が女狐ですって!? パレモルの熊風情がよくもまあ……!!」



 上から順に、先ほども言いましたが土の神トキアの守護名を持つライアンの末裔であり、元魔術師団団長ガレア・サントキア・ライアン侯爵殿。

 火の神シュラの守護名を持つ勇者をその血族に取り入れたと言われるアドリアノの末裔ユーゴ・サンシュラ・アドリアノ侯爵殿。

 美の神ヘヴィータの守護名を持つイスカーンの女帝の末裔、シャーロット・サンヘヴィータ・イスカーン侯爵殿。

 そして最後、守護名は無いものの代々『砂熊』の異名を受け継ぐパレモルの末裔、ユアン・パレモル侯爵殿。



 彼らは元を正せば皆一国の王となっていたかもしれない存在。

 それがおよそ200年前にあった東西戦争終結時にサラステラ王国に吸収合併され、時代を変え爵位を変え、今の侯爵家という地位に落ち着いたのです。

 そして本来なら200年という年月でサラステラの色に変わっていて当然だというのに、彼らは頑なにかつて王だった自分達の祖先を讃え、下手なプライドと選民思想が助長されてしまっておりました。

 いっそのこと一掃して膿を取り払ってしまった方がいいのではないかと私は思うのですが、残念ながら『合併する代わり、支配権を持っていた血族を一定以上の地位に付かせる』という取り決めをしてしまっていたが故にそれはできないことなのです。


 ……まぁ、今はそれどころでは無いので話を進めさせてもらいましょう。



「してガレア殿、兵士団を軸とした編隊を推す理由をもう一度聞いてもよろしいですか?」

「ふん、先ほども申したように、住民が鳴き声を聞いたと言っていてもそれが本当に龍の鳴き声だったとは限らないであろう。他の魔物同士が戦って起きた爆発音でもそう聞こえたのやもしれぬ。その程度の理由で王の盾である近衛騎士団が王都から離れ、王の守りが薄くなるような事はすべきでないと言っておるのだ。それに、魔物と戦う経験は兵士団にとって良い経験になるであろう?」



 理を整然と並べ立てているように聞こえなくも無いですが、実際に言っているのはただのイチャモンレベルの事です。

 まったく、ガレア殿は平民嫌いが行き過ぎていて困ったものですね。



「ならば聞きますが、もし本当に『森』に龍がいたとしたら、貴方はどう責任を取るおつもりで?」

「そんなもの、龍がいたと分かった時点で兵士団が……」

「まさかとは思いますが『森』という足場の悪い魔物の領域で、龍に見つからずに兵士が帰ってこられるとお思いなのでしょうか?」

「ぐっ……」

「兵士団への嫌がらせはそのぐらいにしておいて貰えませんか、ガレア殿」

「っ! 貴様は黙っておれ、カスカード・サルセード!」



 私の言葉には反論に詰まっていたというのに、兵士団団長のカスカード殿に対してとなるといきなり烈火のごとく怒り出されました。

 全くもって分かりやすく、地位の無いものには強く当たる質の人間という訳です。


 それにしても、今回のガレア殿の嫌がらせはいささか度が過ぎております。

 もし本気で提案していたのだとすれば、本当にただの無能です。

 それに、今の『森』の状態を知っていればそんな無謀な事最初から言わないはずですよね。



「ガレア殿、戯言はそこまでにしていただけませんか? 私とて『森』に龍が出ただけ・・なら、騎士団と兵士団の合同部隊の編隊を提案していたかもしれませんか、今の『森』にいるものにそんな手緩い部隊が対抗出来るとは思いません」

「なっ、龍が出ただけですって!?」

「ロイド殿! 貴公こそ自分が何を言っているのかわかっているのか!?」



 シャーロット殿とガレア殿が喚いております。

 彼らこそ、本当にこの状態を理解していらっしゃるのでしょうか?




「あなた方が何を思いそう言ってらっしゃるのかは知りませんが、今の『森』には龍が出たという不確認情報よりも、重大でもっと悍ましい情報が入っているのですよ? ジェネラルモックの群れと『魔王』が現れたという情報が。それを無視してあなた方は兵士団を主軸にすると言うのですか? まさか、そんな愚かな人はこの場にはおりませんよね?

……私は、ロイド・サンアティウス・リスターの名において、魔術師団団長として此度の編隊に私を含む優秀な魔術師を五人入れる事をお約束しましょう。我が祖先に守護を与えたもうた勝利の神アティウスの御名に誓って、邪魔立てする者はリスター公爵家の名において排除いたします」



 私の宣言に、会議に参加していた半数がぽかんとした間抜け面を晒し、もう半分は頭を抑えております。

 私の元上司であるガレア殿は、前者に入っておりました。

 あぁ、こんなのが元とはいえ上司とは、大変嘆かわしいことです。

 いっそのこと、その地位から引きずり降ろす時に処分してしまえばよかったかもしれません。



 これだから、私は権力を上手く使えない者が嫌いなのですよ。

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