雛の気持ち 弐
やつはすぐに見つかった。
まあ、あれだけ濃い魔力を持っているのだからたどるのも簡単だったしな。
そして発見した時、あろうことかやつは下級のニンゲンを恐れて木の後ろに隠れていた。
どうやら、下級のニンゲンたちに襲われそうになっているようだ。
許し難い行為だ。
私たちの食料を、下等生物ごときが奪い取ろうとするなんて。
気付いたときには口から火が出ていて、ニンゲンの一人を焼き殺していた。
他の四つも静かに怒り、ニンゲンどもを取り囲んでいた。
結局、一人取り逃がしたが他は皆焼け死んで行った。
当たり前だ。
寧ろ逃げたやつがなぜ自分は生きていられたのだろうと考え、その上で見逃してやった私たちに感謝しても良いくらいだ。
……本当は、無事だったあいつの姿を見て安心していた。
そのせいで注意散漫になっていたのだ。
誰も何も言わないけれど、少しずつ考え方に変化が起きているような気がして気持ちが悪い。
……いや、きっとあいつという食料が無事だったから安心しただけだ。
絶対そうだ、そうに違いない。
そして私たちはあいつを助けてやった礼を貰うことを名目として、あいつについていった。
あと、なんかいつの間にかニンゲンが一人増えてた。
魔力量もニンゲンにしてはまあまあありそうで、取り敢えず非常食として生かしておいてやろうと思う。
ついていったそこで、私たちを驚愕が襲った。
まさか、私たちの巣より杜撰な作りの寝床だとは思っていなかったのだ。
なんだ、枯れ草の上に、私たちが最初に食べた鳥の羽に似た羽を敷いただけの寝床って。
ニンゲンはもっと文化的な生活をしているんじゃなかったのか!?
なんだかとても食料と非常食が不憫に思えて、私たちのふわふわでぬくぬくな毛を夜寝るときだけ少し貸してやった。
食料にまで気を配る私たち、なんと優秀なのだろう。
ついでについていった先にいた、周囲にふわ飛んでいた魔力の塊といっても過言じゃないウィスプたちは小腹が空いたときにモグモグした。
食料を食べた後だったせいか、たいした満足感は得られなかったが。
だがまさかこんな結果を招いてしまうとは。
翌朝起きたとき、なんだか視界が高いような気がした。
周囲を見回せば四つとは変わらず寄り添うように寝ていた。
しかし、問題はその横にいる食料と非常食だ。
なんだか、昨日よりやたらと小さいのだ。
それに保存食の方が具合悪そうである。
起きてきたあいつの反応をみた感じで、どうやら非常食の方は体調を崩してしまったようだった。
あいつは自分が無理させたから、と思っているようだったが、わたしたちはそれからそっと目をそらした。
身に覚えはないが、非常食と私たちの今の状態から考えて、可能性が高い仮定が一つ。
寝ている間に、私たちが非常食らの魔力をうっかり食べちゃったんじゃないか?というものだ。
食料が来るようになって、少しずつではあるが私たちは大きくなってきていた。
それが食べた魔力量に比例しているものだとしたら、昨夜から今朝にかけて食料と非常食からいただいた魔力はどれほどのものになるというのか。
それに加え、急激な発熱は大抵魔力切れを起こしたときに起こる病状だ。
もしかするともしかしちゃっている。
その罪悪感から、私たちは特に意見を交わすでもなくおとなしく非常食の湯たんぽ代わりになってやった。
……うん、非常食がなくなって困るのは私たちだからな。
ニンゲンは軟弱な精神と身体の持ち主だから。
非常食が死んだ後、食料の方に後追い自殺なんてされて困るのは私たちだからな。
仕方ない、仕方がないんだ。うん。
湯たんぽになってやってしばらくした頃、やつは急に私たちと非常食の周りに堅牢な魔法の結界を作った。
高度な多重魔法の結界だ。
風を練りこんで特殊な効果も付随しているようだが、ほとんど魔力で形成されているといっても過言ではない。
この結界一つ作るだけでも私たちが六回食事を満足するまで取るのと同じ魔力消費量だというのに、やつは風を使い土で何かを作っては壊し、作っては壊しを繰り返した。
異常な魔力量だ。
そして、異常なまでに効率が悪い。
なぜわざわざ風に魔力を与えて土の形成をしているのだろうか。
直接土に魔力を送った方が早いというのに。
自分に適した属性以外は確かに伝導率が悪いが、コツを掴めばある程度使えるようになるはず。
食料の場合、その尋常でない魔力量からゴリ押しでやろうと思えばやれるはず。
私たちが食べる分が少なくなるのではないかという心配が無いわけではないが、この超非効率なよくわからない作業で無駄に時間と魔力が消費されるよりかはマシなのではないだろうか。
そんな風に思いながら食料の行動を眺めていたら、やつは自分と、そして作り終わったらしき土の塊に同じ結界を作り、そして土の塊の内側に火を放ったようだった。
これまた膨大な魔力が結界の中で膨れ上がり拡散する。
強大なエネルギーが渦を巻いている。
やつは地団駄踏みながら何か叫んでいるようだが、生憎とこちらまでその声は届いてこない。
……何がしたかったんだろうか。
土の塊だったものを囲む結界の内側はもはや煙で見えなくなっていた。
やつがその結界を解除したと同時に、今度はそれを中心とした爆破が起こった。
火が収まってから周囲を見回せば、くっきりはっきり結界の周囲が焦げ付いている。
木々は焼き消え、地面も所々陥没している。
……どうやら私が想像していたよりも食料のやつ、危ない存在かもしれない。
土をいじくりまわしていた時と違い、木で作るのは早々に終わった。
どうやらちゃんとした巣を作っていたようだ。
巣に入り、食料は非常食と私たちを一段高くなっている囲いの中に入れた。
どうやらここが寝床らしい。
食料のやつも一緒になって寝た。
流石のやつも、魔力切れかそれに近い状態になったようだ。
圧倒的すぎる魔力量。
今は底があるようだが、これが成長した暁には底なしといっても過言でない魔力量に成長するだろう。
今でさえ、私たちが腹一杯食べても大丈夫なぐらい持っているわけだし。
これは本当に、いいものを見つけた。
翌朝、食料に頭突きをかまされて目が覚めた。
また視界の位置が高くなっていた。
昨日はどちらからもうっかりで食べないように気をつけていたにもかかわらずだ。
どうやら食料のそばにいるだけでも肥沃な魔力の恩恵を受けるようだ。ありがたい。
だが成長しすぎて寝床にみっちり挟まり、出れなくなってしまった。
『ダセ、ダシテクレ』
『ハヤク、ハヤク』
出してくれとアピールして鳴いてみるがあまり気に止められた様子がない。
あと会話の最中によく出てくる単語から考えて、食料は『エルミシアサマ』という名で、非常食の方が『カウィール』という個体名だとわかった。
どっちも長いから今後呼ぶときは『エル』と『カウィ』にしよう。
ニンゲンの言葉は話せないから通じるかどうかは別問題だが。
「『ジオーク』」
『ハイッ!?』
急に私に向かってエルは指をさし、一つの単語を言った。
思わず返事をしてしまってから、しまったと思った。気付いたときにはあとの祭りというやつだ。
理解したときにはすでに腹の中に暖かいものが広がるような感覚がする。
個体名を、名前を付けられた。
名前をつけるとは、分別されていなかった種の枠から個を取り出し、一つの個体として認識するということ。
即ち、数多ある中から外れて特別な一になるということ。
気付けば私含め五つ全てに名がつけられ、種から個へ認識が変わっていた。
『ジオーク』
『エカテリーヌ』
『ネイヴィ』
『ラキト』
『ルーナ』
どれもが力ある名に似た響きを持つものだ。
力があるということは、名前を付けたものの影響力があるということ。
今つけられた名はそこまで力のあるものではないが、それでも名前の拘束力は力のない名前より遥かに強い。
簡単に言ってしまえば、私たちは名付け親のエルに、あまり逆らうことができなくなったということだ。
食料が主人になるとは、とんだお笑い種だ。
……どこかで、それも悪くないと思っている自分がいる。
食料だと思っていても、コロコロと表情の変わるこいつに情がわいていたのだ。
不本意ながら。
……まあ仕方ない。
なってしまったものはどうにもならないし、付けられた名前を撤廃する事も出来ないからな。
と、言うわけで主人となったエルの負担にならないためにも、まずはこの腹減りをどうにかしよう。
最近エルの魔力ばっか食べていたけれど、流石に魔力切れを起こした翌日のエルからさらに魔力を搾り取るのはなんだか申し訳ない気分になる。
一番はやはりエルの魔力だが、普通の食べ物を食べても一応腹には溜まる。
そんな理由から大きなカバンを漁って、中から出てきた保存食を咀嚼する。
「あぁっ! 備蓄食料がっ!」
「…………ペッ」
まっず! これまっず!
なんだよすごいパサパサするし、硬いし味濃いし。
とにかく美味しくなくて、思わず口の中に入れていたものを吐き出した。
なんとなくではあるけど、名前を付けられてからエルの言う言葉が少し理解できるようになった気がする。
まあ今吐き出したから気まずくなってみんなで寝床に戻ったけど。
エル、なんかちょっと怒ってるみたいだし。
未だにジト目でこっちを見てくるエルを無視して、私たちは空腹を抑え込むためねむりにつく事にした。
おやすみなさい。
……あれ? 私たち結構、主人に逆らってるけどさしたる問題なくないか?




