雛の気持ち
目覚めた時に思ったのは「腹が減った」という餓えの感情。
自分が何処の誰かなんてどうでもいい。
とにかく腹が減っていた。
ふと影が差して、何かがこっちに向かって来ているのがわかった。
かなり大きい。
だが、わかる。
これは私よりも弱いものだ。
目があった。
やつも何かを察したのか、身を翻して空へ戻っていこうとしていた。
せっかくの獲物を逃がすわけがないだろう。
私の、私たちの、全てを焼き焦がす吐息が断末魔さえ上げさせずに獲物を地に落とした。
私と同じ存在が四つ。
皆、意思の疎通をはかることもせずその焦げた死肉に群がった。
巨鳥の肉を食べてからどれぐらいの時間が経っただろうか。
巣のある木の下を一羽の小さな獣が走り抜けていく。
未だ飢えを感じる私たちはその獣を食べても良かったのだが、あえてそれをしないでいる。
巨鳥を食べ終えた時ですら満ちた感覚を得られず、むしろ余計強い飢えを感じる羽目になった。
あんな小さなものを食べたところで腹の足しにすらならない。
むしろ、よけい腹が減ってしまうだろう。
他の四つも同意見なのか、無言で思い思いの方向を眺めている。
本能的に自分と同じだとわかるそれら四つは、どれでもいいから一つ食べれば満たされるだろうと何となく分かっている。
それでも同種捕食をしないのは、四つとも自分と同等の力を持っていると分かっているから。
それにもし一つの捕食に成功したとして、その間に他に襲われた時に対処できない。
食うか喰われるかのそんな状況で率先して行動を起こすものはいなかった。
時折見られる魔力と水で出来たスライムを食み、淡々と朝と夜が繰り返されるのを見ていた。
それが変わったのは、突然だった。
昼下がり、また私は腹が減ったと飢えに耐えながら木々を見ていた。
しかしふと、そう遠くない位置に『旨いもの』があると感じた。
根拠はない。だが、そう感じ取ったのだ。
木々の隙間から現れたのは一人のニンゲンだった。
いや、『ニンゲンの見た目をしたもの』の方が正しいか。
ニンゲンを見たことがなくてもあれは別枠の何かだということはわかる。
記憶になくても知識としてあるのは、脈々と受け継がれる魔力と血の証。崇高なるものの特権だ。
まあ、それがニンゲンであれそうでなかれ、私たちにとってはどうでもいいのだが。
『クレ、クレ』
『ヨコセ、ヨコセ』
『クワセロ、クワセロ』
欲望のまま鳴けば、それはこっちを見た。
あぁ、見れば見るほどよだれが出そうだ。
逃げたら追えばいい。
そう思っていたが、それは馬鹿なのかそれともよほど私たちに負けないと自信があるの自分から近付いてきた。
飛び上がって、巣のすぐ横の木の枝に座った。
なにか言っているようだがその言葉は私たちには通じないようだ。
私たちの言葉も向こうに伝わっていないようで、それは不用意にもこちらに手を伸ばしてきた。
馬鹿め。食われるとも知らないで。
『ヨコセ、ヨコセ』
『クワセロ、クワセロ』
『ヨコセ、ヨコセ』
伸ばされた手にいっ食らいつく。
同時に、口の中にぶわりと広がる濃い魔力。
無我夢中で貪り食った。
腹の底から満たされる感覚。
これが、満足という感覚なのだろう。
乾いた何かが潤う気分だ。
かなりがっついたあと、落ち着いてその極上の食料を見た。
あれだけ食べたのだから死んだと思ったが、なぜだかそれはにこにこと笑っていた。
まるで私たちが食べたもの……魔力の量は端たでしかないとでも言うように。
その異様な状態のそれにゾッとした。
こいつよりも何十倍も何百倍も大きな鳥の肉すら削いだ嘴だというのに、こいつの手は怪我一つ負わず、ただ戯れられていたといわんばかりだ。
底なしの魔力に恐怖するとともに、その舐め腐った態度に心底腹がたつ。
だがそれ以上に、これからもこの極上の食料にありつけることに嬉しくなった。
自分のことながらつくづく現金だ。
またさらに何度か朝と夜が繰り返された。
朝が来て、太陽が真上に登った頃にやつはやってきた。
二回目以降は少し加減して、だが私たちが満足する程度には魔力をもらっている。
だというのに、そいつは一向に弱る気配がなかった。
時折落ち込んだように何かを言っているが所詮他の生き物の言語。
理解するには至らない。
それにこいつが落ち込んでいようが無かろうが私たちには関係のないことだ。
だがかなりの量をいただいているのだ、その分は優しくしてやろう。
優しくしてやった翌日。
いつもなら来る時間になってもやつは来なかった。
『アイツコナイナ』
『ソウダナ』
『キノウゲンキナカッタシ』
『マアソンナヒモアルダロ』
『……シンデタリシテ』
他より少し色の薄いやつが言った。
『……』
『……』
『……』
『……』
『……サガシニイクカ』
一番小さいやつが、珍しく意見を言った。
皆、重い腰を上げ巣から降り立つ。
仕方ない。
私たちの大事な食料だから。
あれだけ食べても平気な食料庫は、そうそう見つからないから。
自分で自分に言い訳するように思いながら、私たちはあれの魔力を感じる方へと向かって行った。
別にやつが死んでもいいのだけれど、それをやったのがが私達でないと思うと、なぜだか苛立ちを感じた。




