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 罅は広がり

エグいの注意

 始まりはルリア歴358年。今が613年だから、ええと…………あぁ、そうだな、255年前だ。

 あ? なんでそんなに前のことから話し始めるかって? おいおい後で質問タイム作ってやるから今はおとなしく聞いとけよ。それに話の途中でどういうことかがわかるからよぉ。多分。

 それに、サラステラにある文献に一番最初にそれが出てきたのが255年前の物なだけで、実際はそれよりずっと前から起こっていたことかもしれないんだぜ? いちいち話の細部に口出ししてたら始まんねぇぜ。





 ルリア歴358年。

 初めにそれ・・を見たのは度胸試しにと夜の『森』へ足を踏み入れた子供達だったらしい。

 子供達の人数は三人。そのうちの一人が「あそこに誰かいる、黒い影がいる」と言い、何もない方向を指差した。

 じっと一点だけを見る子供と、何も見えていない子供達。何かが見えているらしい少年は急に、何かに怯えたように叫びながら森の奥へ走っていったそうだ。

 さすがに怖くなった二人の子供は、村に戻ってその事を大人たちに話した。

 すぐに捜索は開始され、翌日の昼には子供は発見された。

 魔物が出る区域間近の洞窟の中、左半身が食い千切られたようになくなった状態で、ずっと不気味な声で笑っていたそうだ。気が触れ、あまりにもむごい状態だったがためにその場で首を切り落とし埋めてやったと記録されている。

 当時の人々は、精神魔法を使う凶悪な魔族か、未知の知を持つ森の奥地に住むエルフの仕業ではないかという予測が立てられていたらしい。

 緑だったはずの子供の目は、真っ黒に変色していたと残っている。





 次にあったのは15年後、ルリア歴373年。

 森の奥の、満月の夜に咲くユリアの花の蜜には病を治す力がある、という迷信を信じた少女が森に入った。

 近隣の者は何度も森へ行こうとする少女を危ないからと止めていたが、こっそりと家を抜け出していたそうだ。

 母親が少女を出産したとき産後の肥立ちが悪く、その後重い病気に何度もかかっていたらしい。

 少女がいない事に仕事から帰ってきた父親が気付き、村人たちの協力のもと捜索が開始した。

 その夜のうちに少女は発見された。

 病床の母親が寝ているはずのベッドで、少女が頭部だけになった母親を食べているのを捜索から一時的に戻ってきた父親が発見したそうだ。


「わたしなんて生まれてこなければよかったって思うくらいなら、さいしょから作らなければよかったのに」


 そう言ってから、少女は笑いながら黒い靄のようなものになってきえたそうだ。

 父親が心配のあまりに不気味な夢を見たのではないかと言われたが、部屋には夥しい血痕と食い散らかした肉片が多く残っていたため信憑性を高めた。

 母親が病気になるのは少女のせいだと思っていることは近隣住民には周知の事実だったが、少女には一度もそう言ったことを言っていないというのが父親の主張だ。

 赤毛だった少女の髪は、暗かったからかは分からないが黒くみえたそうだ。





 次は388年と、403年。これはお前も知っているだろう。

 380年から始まり、38年間に渡る東西戦争。

 そう、もとは十二の国に分かれていたこの大陸が、我が国とエファームルの二国になった決め手の戦争だ。

 幾つもの国が殺し合い、乱戦と化した最中、388年は黒い髪に黒い目の『少年の姿をしたもの』が、403年は『女の形をした黒い靄の塊』が森から大群の魔物を引き連れ乱入し、多くの国の軍を不思議な黒い魔法……闇魔法を使って滅ぼした。

 ああ、本来の闇魔法は一般的に言われる闇魔法とは違うぞ?『気分を少し悪くさせる』ようなもんじゃなくて、術者も掛けられた側も内側から食いつぶしていく魔法らしい。

 激闘の末『少年』は祖国の英雄エリアドスにより、『女の形をしたもの』はエファームルの大神官ジオルクによって退治された。

 しかしそれまでに多くの軍が、国が魔獣に蹂躙され壊され滅びていった。

 エリアドスの英雄譚に出てくるその『少年』を『魔物を導くもの』、『魔物たちの王』……魔王であると吟遊詩人が語るようになったのは、東西戦争が終結してからすぐのことだった。

 『女の形をしたもの』については大神官により箝口令が敷かれ、公の記録として残っているのには15年前に現れた『少年』の率いた魔物の残党ということにされている。

 そして吟遊詩人により魔王と呼ばれるようになった『少年』が黒い魔法を使ったことや黒髪黒目だったことから、黒という色は禁忌のものと考えられるようになっていった。

 ……学校や家庭教師で教えられたのは、諸国の乱戦と魔王の登場ぐらいだっただろ。

 俺も小さい頃に習った時はそんなもんだった。魔王がどんな姿をしていたのかだとか、二度目に人の戦に手を出してきた魔物が実は別の『魔王』が率いていただとか、想像すらしたこともなかった。

 ただただ、そんなもんなのか、と過去にあったことの一つとして受け止めていただけだったからな。




 それ以降15年か30年に一度、『森』で奇妙な事件が必ず起きるようになった。

 433年にあったのは先の戦争の後に出来た魔王崇拝を基盤とする『邪神教』の起こした少年少女連続拉致殺害事件。

 邪神教には貴族も多くいたらしくてな。なかなか捜査が進まなくて、その結果が誘拐された子供達三十二人の死だった。

 発見されたのは奇しくも358年に事件があった森の奥の洞窟の中。血で描かれた魔法陣のようなものの周りに、干からびたような子供達の亡骸が放置されていた。



 448年は不作続きの年で、危険を承知の上で食べ物を求めて森の中へ入った村人たちが見たと言う。

 道に迷い、日も暮れてどうしようもなくなった時に、森へ入った男たちのうち未成年だった数人がある一点を見て怯え、怯えたと思ったらいきなり狂ったように笑いながら走って森の奥へ消えていった。

 翌朝、男たちがどうにか村に戻ると村には生きた人間が誰一人としていなくなっていた。悍ましいその光景に恐怖を抱きながらも血痕をたどっていくと、血の付いた鎌や斧が井戸の前に置いてあり、井戸の中には折り重なるようにして走り去っていった男たちが死んでいた。



 これ以降のことはお前も習っただろう。エファームルとの戦乱の中、何十年かに一度出てくる『魔王』の存在を。まあ、正確には15年に一度は出てきているらしいが、表沙汰になっているのはそのうちの何分の一かってていどだからな。

 出てくる度に多くの命を奪っていく存在を、流石に隠し通すことは出来ない。

 共通する点は髪か瞳のどちらかが黒いこと、不気味な笑い声を上げること、それから見た目から予測するに魔王はいつも未成年の姿をしていること、の三つだ。

 また、魔王が出てきて討伐された後、黒髪や黒目の子供が生まれることが多いことから、黒を持って生まれてくるのは魔王の生まれ変わりだと言われるようになり、そういった赤子が生まれればすぐに処分された。

 今じゃ話が捻れて、黒い色を持つ子供は魔王になるからと殺されるの、お前も知ってるだろう?


 法則性があることを知っていても、どこまでその法則が正しいのかは分からない。

 下手に情報を公開して、責務を負うことを王は極度に恐れている。

 だから、地震や台風、噴火といったいつ起きるかわからない天災の一つとして『魔王』が並べられているんだ。

 俺としては、不確定であってもこの事を公開したほうが良いと思うんだがな。ほら、いつ来るかわからない魔王に常に怯えるよりは、15年か30年って明確に分かっていた方がそれまでの間、心の安寧はあるだろ?

 まあ、その区切りの年がどれほど荒れるか想像はしたくないがな。




  *  *  *





「……っと、まあこんなもんか? お待ちかねの質問タイムだ。答えられる事には答えてやるよ」

「……昨日、エルド医師長殿の言っていた、もう『魔王』は出ないと思っていた、というのは、一体……」

「ああ、そういや兄さんそんなこと漏らしちまってたか。まあここまで話したんだから教えちまっても構わねぇか……。魔王はな、好んでなのか偶然なのかはわからないが、血と争いのある方へ惹かれるみてえなんだ。だからエファームルとの戦に現れたと言われている。

休戦以来、サラステラでは諍い事がほとんど無いが、エファームルでは先の戦で亡くなった王の跡継ぎ問題がある。出るとしたらそっちだと思ってたんだが、サラステラで多くの血が流れる変動が起こるのかもしれない……まぁ、その予測自体が間違っているかもしれないがな」



 質問したはいいが、余計に頭が痛くなった。

 サラステラで、多くの血が流れる?休戦し、ようやく落ち着いたこの国土が、また赤黒く染まるというのか。

 ルーク団長は「間違っている可能性もある」と言っているが、それは口先だけなのだろう。

 確信めいた何かを団長は持っている。



「ま、いきなり歴史の裏側を教えたから、まだ混乱してるだろ。まだ昼前だが今日はもう休んで、部屋でゆっくりしな」

「……はい。ありがとうございます……」



 言外に一人で脳内の整理をしろと言われ、私は王宮図書室の裏に作られた隠し部屋から出た。

 連れてこられた時にはこんな場所に部屋があったのかとか、明らかに王族用の秘密の小部屋だろうに勝手に使っていいのかといった衝撃を受けたが、今になってはそれ程度のことは霞んでしまった。

 『魔王』について習ったことと、今教えられたこと、そして私自身が幼い時に見たもの。三つとも同じことのはずなのに、どれも脳内で上手く噛み合わなくて混乱する。一体どれが、いや、どちらが正しいことなのだろうか。

 せめて、少しでも心が安らぐように、街にいる育ての母親であるヴィオラ夫人が送ってくれた紅茶でも淹れよう。


 全くもって今夜は寝れそうに無い。










 まさかこの三時間後、『森』に龍が出たかもしれないと緊急招集されるとは予想外の自体だった。

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