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エルミシアという少女

感想・誤字報告などよろしくお願いします。


乙女ゲーム設定なのにしばらく乙女ゲーム要素が影も形も見当たらないよ!

※軽いホラー注意

「公爵様が私を迎えに来てくれたの」


 嬉しそうな声色で言ったきり一言も発さなくなったお母さんに手を握られ、暗い森の奥へ連れて行かれた少し寒い冬間近の日の夕方。

 お母さんは覚えてないかも知れないけれど、私の三歳の誕生日だった。


 暗くなっていく森の道に、不気味な何かがいるような気がして何度も振り返ってはその度にお母さんに手を強く引かれた。


 どのぐらい歩いたのかわからないほど歩き、足が痛くなってきた頃にようやく辿り着いたのは、周囲に草の覆い茂った、とてもとても大きな木の下だった。

 いつも見ていたお母さんの美しい横顔が、正面から私に向けられる。



「エルミシア、公爵様が私を迎えに来てくれるって言ったそうなの。私を迎えに来てくれるんだから、あんたはもう要らないわ。三年間も育ててあげたんだから、感謝してよね」

「えっ……」


 急に振り払われた手。

 もう私のことなんて見えてないとばかりに背を向けて去ろうとしたお母さんのスカートを思わず掴んだ。



「っ、触らないでよ汚らわしい!!」

「いぅっ……」


 頬を強く叩かれ、後ろの木に背中を強く打ち付けてしまった。

 少し前に殴られた場所と同じ所にあたったせいでとても痛い。



「まったく……わざわざこんな森の奥に捨てに来なきゃいけないなら、最初っから産まなければ良かったわ」


 ぐわんぐわんと揺れる頭で遠ざかるお母さんの背中を見た。

 言いたいのに、言わなきゃいけないのに、言葉が喉に張り付いてしまったかのように口に出来ない。




   行かないで


    捨てないで


  お願いだから、私を必要として


      ねぇ、お母さん

 



 伸ばした手は掴まれることなく落ちて、私の意識もそこで落ちた。











 目が覚めたのは三つの月が空に浮かぶ深夜だった。

 かなり長い時間気絶していたようで、身体の節々が痛い。

 背中の痛みも相まって少し動くのすら辛く感じる。


 幸か不幸か寝ている間に獣に食べられるという事態にはならなかったようだ。

 捨てられて帰る場所もないのだから、いっその事寝ている間に食べられて、痛い思いをせずに死んでしまいたかった。



 ふらふらとした足取りで大木から数歩離れる。

 目前に見える木々に挟まれた道を辿っていけば家に帰れるのだろうか。

 ふいに遠くから狼か何かの遠吠えが聞こえて、驚いて尻餅をついた。


 まだあまりはっきりとしない頭でふと空を見上げると頭上には紅い月、蒼い月、碧の月。

 いつもお母さんに家を追い出された時に見ていた月は別々の方角に浮かんでいたはず。

 不思議に思って見ていたらその三つの月は徐々に近付きあっていき、ついには端同士が重なり合った。



 ぞわり、と言いようのない寒気が全身を襲う。


 月の重なり合った部分が周囲の空より黒く、闇のように深い色へと変わっていく。

 ガチガチと歯を鳴らすほど寒いのに、背後から、大木の方から凄まじい熱を発する何かの存在を感じた。



 早くここから逃げなきゃ、と思うのに体は凍り付いたように月を見上げたまま動かない。

 じわじわと月は重なっていき、ついには三つの月が完全に一つの真っ黒な月が出来た。



 その光景はまるで夜空にぽっかりと大きな穴が空いたようだった。



 背後に感じた熱は、今は既に真後ろにあるようで、背中を焼いているのではと思うほど熱い。

 絶対に振り向いちゃダメだ、振り向いたら殺される、食い殺されてしまう。

 そう無意識のうちにわかった。


  せっかく健康な体で産まれたのに、自分の足で歩ける体を貰ったのに、こんなところで死にたくない!



 強くそう思うと、ふと背後の熱が和らいだ。

 逃げるなら今しかない。


 一歩前に踏み出そうとした、その時









『エルミシア』

「お母さ……っ!?」


 お母さんの声に思わず振り返ったそこにはいたのは、人の形をした黒い靄だった。



『うヒヒヒアハははははハキャハははいひひひヒヒひ』


 お母さんと同じ声で発される不気味な笑い声。

 頭にガンガンと響くその声を発しながら、それはグアッと開けた大きな口で私の左肩に噛み付いた。



「いああぁぁぁぁぁ!」

『ふひヒヒっははハハッぎゃははハハうフフふふふ』


 ブヂブヂと引きちぎられる音と焼けた鉄を押し付けられたように熱くなった肩から、私の腕が食いちぎられたのだろうと頭の隅で理解した。

 黒い靄は、音を立てて私の腕を食している。

 ぼんやりと、ああ私もう死んじゃうんだなと痛みでショート寸前の頭で思った。




『あはははははきひひひヒヒヒヒぃいいイラなぁぁイぃいらナァイィィェエルミィィシアァぁはあああイラナァァイいこおおおぉぉ』


 身体中の血が凍りついたように感じた。

 さっきまで意味をなしていなかった黒い靄の雄叫びが、お母さんの声で発されるそれが、言葉として私の耳に入る。


 私を否定する、その言葉が。



「……ゃめて」

『いらなぁぁイィカアぁあらぁすうゥゥてらぁレタァァアあああはハハハハハ』

「やめて!!」


 そう叫ぶと同時に、どこからか出てきた大きな黒い靄が私もろとも人型の黒い靄を飲み込んだ・・・・・


 なんで私が捨てられなきゃいけないの、どうして私だけがこんなに辛い思いをしなくちゃいけないの、許せない、絶対にゆるさない…怒りと憎しみの感情、そして凄まじい痛みが全身を支配し、意識がそこで完全に途絶えた。





  *  *  *  *  




「……訳がわからないよ」



 私は『エルミシア』の記憶を覗くのを終えて、ため息を吐いた。

 少女視点でのみの状況しか見えていないから仕方ないにしても、主観が入りまくってるせいで何が何だかわからない状態で人生からドロップアウトした、ってことぐらいしかわからない。


 あと分かったことといえば『エルミシア』の記憶が0歳より前、所謂前世というところから繋がっていることだ。

 この少女、『エルミシア』として生まれる前は病弱で、病院と自分の家の往復でしか外に出たことが無く過保護すぎるほどに育てられたため、極端なまでに知識が欠けていた。

 さらには両親に心配をかけさせない様にと、物心ついた時からずっと微笑んだまま表情が固定されたような少女だったようだ。

 そのせいで病気でコロッと死んだあとに『エルミシア』として生を受け、泣きもしない、ただひたすらに微笑み続ける子供となってしまったのだ。


 叩いても抓っても怒鳴り罵ってもずっとにこにこと笑ったままの子供なんてそりゃ不気味だろう。



 まぁ母親も母親で充分可笑しな女だ。

 金さえあれば誰でも相手にするような売女で、『エルミシア』が言う母親の美しい横顔は常に『エルミシア』以外の誰かに向けられたものだった。

 癇癪を起こしては自分を甚振る、醜く歪んだ顔の母親は何か違うものという事にして片付けてしまっている。

 ……頭の可笑しい母親とずっと笑っている娘の親子なんて、側から見て近付きたくないものナンバーワンだな。




 さて、かるーくさらりとエルミシアとその母親について語ったところで、なぜ私が少女エルミシアの記憶をたどったかについて説明しよう。


 多分、多分ではあるが、『エルミシア』=私なのだ。


 な……何を言っているのかわからねーと思うが私も何を言っているのかわからない!!

 今起こってる事をありのまま話すと、私は今までの記憶が無いけど自分の名前が『エルミシア』であると知っている。記憶を辿るのと同じ様に思案したら『エルミシア』という少女の記憶(前世含む)が頭の中にあった。そしてその記憶が自分のものなのかなーと覗いてみたら予想外にヘヴィーで、どう考えても私の記憶であるとは思えない! ……っといった状態である。


 ちょっとだけ私は少女エルミシアが記憶喪失になった状態が今の私なのかと思ったが、それなら少女エルミシアの記憶を本を読むような手軽な感覚で知ることはできないだろう。

 それに少女エルミシアが死んだのは絶対だ。間違いなく死んだのだ。

 で、その肢体に入ったのがエルミシア

 少女の精神が消えたとして私は一体どこから来て少女の身体に入ったんだ?


 少女=私でない事を示すにしても相違点はたったの一つ。

 少女エルミシアの記憶ではあの黒い靄のような奴に食い千切られて無くなったはずの左肩があるという事だけだ。

 ついでとばかりに黒い靄に襲われて感じたであろう痛みも一切無い。

 母親に叩かれた背中や頬は痛いのに、だ。



 ……なんだかもう考えるのが面倒になってきたな。

 それにそろそろエルミシアエルミシア言い過ぎてエルミシアがゲシュタルト崩壊しそうだ。


 現状把握を放棄して土の上に倒れこむ。濃い土の匂いがした。

 ふと見上げた空には、三方向ばらばらに月が浮かんでいる。

 少女エルミシアの記憶にある限りではこれが普通の状態なんだよなぁ……とボヤいてからゆっくりと立ち上がる。倒れてみたものの固い土の上は幼女の身体にはちと辛い。


 周囲を見回せばなんだか違和感を感じるけれど全方向視界良好オールグリーン

 流石にこれだと夜の間に襲われて死ぬなんて事態になりかね無い。

 まずは拠点を作るか、と思い立った時、盛大にお腹が鳴った。



ぐぎゅるるる〜

「あ……」



……まずは食料探しからだな、うん。

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