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 平穏に入る罅 弐

「ま、おう……?」




 まおう、『魔王』。

 その言葉で呼び起こされるのは30年前の戦火。

 私はイオナ村より森に近い、今は亡きキリル村で幼少期を過ごしていた。

 当時のエファームルとの戦は一進一退。

 有利とも不利とも言えぬ状況の中、戦場はキリル村の近くの『森』の中へと変わっていった。


 その当時に偶然にも私は遠くの景色や人を見ることのできる『千里眼』のスキルを取得していた。

 戦争とはどんなものか、噂で聞く我が国の軍の活躍はどんなものか。

 誘惑に負けた私は普段なら絶対に近付かない『森』の外側まで行き、スキルで戦地を覗き見た。



 最初に見た光景は、想像していたものと全く違った。

 木々は切られ、折られ。

 人々は斬られ、撃たれ。


 多くの血が流れ、多くの人が地に倒れ伏していた。

 血の匂いは森の外まで伝わってくるような気がした。

 私はその光景に圧倒されて一歩も動けなくなっていた。

 そんな状況だというのに、むしろそんな状況だったからか、魔物は一匹たりと出てこなかった。

 今考えれば魔物が出てこなかったのは、巻き添えになる事を恐れての行動だったのだろう。


 それは突如、戦地の真っ只中に現れた。

 黒い塊が敵味方関係なく兵士や騎士を襲う。

 なす術もなく、飲み込まれていく。


 黒い靄の中心に居たのは、私より少し年上だと思われるくらいの黒い目の少女だった。

 笑っていた。

 笑っているのに、その黒い目からはボロボロと涙を零していた。

 それはとても禍々しく、それでいて神々しいとも思った。

 あれは『魔王』なのだと、頭のどこかで理解した。



「どうして泣いているの?」



 思わず私は呟いていた。

 決して少女には聞こえるはずのないその呟き。

 聞こえるはずないのに、少女はこちらを見て口を動かし、



『              』



 ぞっとした。

 聞いてはいけない言葉を聞いてしまったのだと思った。

 私は弾かれたように走り、森から、村から逃げた。

 徴兵令で連れて行かれた義父も、村でその義父の帰りを待つ義母もその時の私の頭にはなかった。

ただただ、逃げなくてはいけないと思った。









「おい……おい、クリード!」

「……っ、失礼しました。なんでしょうか?」

「なんでしょうかじゃないだろ。急に黙り込んで……」



 はっとして今の状況を思い出す。

 私としたことが魔王と聞いて意識が飛んでいた。



「なんでもありません。大丈夫です」

「大丈夫ってお前、顔色が……」

「……ぅう……っ、ここは……」



 団長が心配そうにこちらを伺ってきた時に、ラシュトベルクが目を覚ました。

 


「っ、団長! 副団長!! 『森』にジェネラルモックの群れが!」

「落ち着け、アルダ・ラシュトベルク。ここは騎士団の医務室だ」

「はっ、医務室……。じゃあ俺、今生きているんですよね……まだ、生きて……」



 大の男が涙を流して泣いている。

 それほどの恐怖だったのだろうと同情するが、それ以上に絵面が見苦しい。



「少しは落ち着いたか?」

「は、はい。申し訳ありません、医師長殿……」

「お前には色々と聞きたいことがある。構わないか?」



 相手に許可を取っているようで、エルド医師長のその口調は否とは言わせないものだった。

 ラシュトベルクは物々しく頷くと、話し始めた。




 密猟者四人と手を組んでモック鳥狩りに行ったこと。

 森でジェネラルモックに遭遇したこと。

 密猟者三人がジェネラルモックに焼き殺されたこと。

 いつの間にか五羽のジェネラルモックに囲まれていたこと。

 ジェネラルモックが懐いているらしき、黒髪の少女のこと。

 その少女が聞いたこともない魔法で、密猟者の一人を体だけ燃やし殺したこと。

 

 その少女に、言いようのない恐怖を感じたこと。

 



 未だ興奮状態にあるラシュトベルクから話を一通り聞いたところで、医師長が睡眠薬を飲ませてもう一度眠りにつかせた。

 医務室に重い空気が流れる。

 最初に口を開いたのはルーク団長だった。



「ともあれ、まずは上に報告だな。本当にジェネラルモックが出たとしたら対策を練らなきゃならない」



 立ち上がり、はぁ、とため息をつく団長。

 そして俺の方を見てああそうだ、と思い出したかのように言った。



「お前は遅かれ早かれ俺のいる地位につくだろう。だから『魔王』について、あとで詳しく教えてやる。……まあ、さっきの反応からして教えられる前から何か知ってそうではあるがな」

「……はい」



 団長の目はやはり歴戦の騎士のものだ。何を隠している、と鋭い目で訴えかけてくる。



「ま、それは後できちんと聞くとして……兄さん、そいつのこと頼んだぞ」

「いわれなくとも。ったく、もう『魔王』なんて出ねえと思ってたんだがなぁ……」



 医師長の声を聞きながら医務室の扉を閉める。



 三十年前、逃げ出した私は気付けば四つ向こうの街まで走ってきていた。

 裕福な夫人に拾われて、本当の子供のように育ててもらって今の私がある。


 何年か経ち、散々私を穀潰しだと言いいたぶってきた奴らだったとはいえ義父や義母が、村がどうなったのかを知りたくてあちこちで調べて回った。

 その結果わかったことは、『森』での戦歴は存在せず、キリル村は謎の爆発によって住民は全滅したという記録だった。


 思い出されるのは、あの時少女が口を動かして紡いだ音なき声。











『ひとがあまりにもおろかだから』



 少女の目には、確かに私が写っていた。

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