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基礎練習、時々悪夢

「エルミシア、という名前だったか。いいかい、今日から君は私のむすめだよ」



 男の顔は笑っているのに、その目はどこまでも冷たい色をしていた。

 そして次に「私に逆らったら、こうなってしまうかもね?」と言いながら男の腕にしな垂れ掛かっていたお母さんの首を手で・・切り落として見せた。魔法を使ったのか、それは一瞬だった。

 とてつもない量の血が女の首から噴き出している。

 気持ち悪い。

 お母さんだったこの肉塊に未練なんてないけど、気持ち悪いものは気持ち悪い。


 口に手を当てて吐き気をどうにか堪えた。



「ふむ……これを目の前で見せられても泣かずに耐えるか。いやはや、なかなか良い買い物をしたようだ」



 男は後ろに控えていた部下に女の死体を下げるように言い、自身の手に着いた血をハンカチーフで拭った。



「スラム区に住んでいた事は忘れなさい。あの女はお前に何も関係ない人間だった。いいですね?」



 了承の意を込めて頷けば微笑まれた。スラムにいた男たちと同類で、でもそれよりずっと上品で後ろ暗いものを隠した笑みだ。



「たった今からお前は我が公爵家の子供として、エルミシア・シェルダントと名乗りその家名に恥じぬよう精進しなさい。……あぁ、それから私の事は平時から『お父様』と呼びなさい。それと、お前は身体が弱くて辺境で療養していたという設定ですから、その事を頭に入れておきなさい」

「……はい、お父様」

「うん、いい返事だ」



 きっと私は、修羅の巣窟に一歩踏み込んだのだろう。




  *  *  *  *  






 なんだかとっても悪趣味な夢を見た気がする。

 なんかこう、スタイリッシュな貴族然とした男が冷たい笑顔を向けてスタイリッシュじゃない精神攻撃を仕掛けてくる感じの夢。

 どんな精神状態なんだ、私。



 まあそれはともかくとして今日も今日とて魔素の感覚を掴む練習をしている。

 始めて四日がたった。


 未だにコツどころかなにもつかめていないから、もしかしたら私の「体内に流れる血液のよう」という解釈は間違っているのかもしれない。

 魔素の流れの組み方は人それぞれだってカウィールも言っていたし。



「……そういえばカウィールは魔法を使うときになんか言っていたよな……なんだっけ、『詠唱』とかいうんだっけ」


 私が最初に魔法を使ったときは何も言わなくとも魔法がいきなり発現して、それのことをたしか『無詠唱』とも言っていたはず。

 本当、あのときに何か違和感だとか不思議な気持ちになっただとかがあればそれを目安に試行錯誤できただろうに、特にこれといったものがなかったと思う。


 私はカウィールが例の大きな羽で作ってくれた服の端をいじいじしながら考えた。

 そうそう、カウィールは色々なことを知っているだけでなく、料理に始まり洋服作り、篭作り、魚用の罠など色々なものを作ることができた。

 どこに嫁に出しても恥ずかしくないレベルだ。むしろ私が嫁に欲しい。


 この服も、大きな羽を切っては細い蔓で繋ぎ、切っては繋ぎを繰り返して作ってくれた。

 ぶっちゃけ私は見ていただけだからどうやってつなげているのかよくわからない。元の羽が茶色と白のまだらだからちょっとした保護色にもなっている。


 話がそれてしまった。

 えっと、結局何を考えようとしていたんだっけ……。

 あぁそうだ、最初に魔法を使ったときのことを思い出そうとしたんだ。

 

 あー……そういえば火が欲しいと思ったら出てきたんだっけ。

 今も火が欲しいと思ったら出てくれるのかな。結局あの時出した火は翌日になっても消えなくて、カウィールが「エルミシア様の魔力がどのぐらいあるか分からないので、魔力が尽きてしまう前に消しておきましょう。……というか一晩中火が燃え続けられてさらに疲労を感じないとか魔素量の絶対値どんだけ……」と言いながら水を掛けて消火しちゃったし。



「火が欲しい……火が欲しい……火が欲しい火が欲しい火が欲しい…………やっぱ出ないか」



 魔素の流れとか分かんないけど感覚で魔法使えないかなーと思ったけどやっぱり使えなかった。


 ごろんと地面に転がる。

 地面って言っても土の上じゃなくて草の上だから服も汚れないしいいよね。



「あーあ、なんか集中力切れちゃったし、休憩いれるか」



 今日も空が青いなぁ……。あ、鳥が飛んでる。

 そういえばこの前魚以外に始めて発見した動く生き物の、巣に入ってピィピィ鳴く五羽の雛たちは可愛かったな。

 藍色の羽がとても綺麗だった。


 あの小鳥たちを見て癒されてくるか、と私は起き上がってストレッチした。

 雛たちの巣は木の結構高い位置にあるのだ。足が攣って転落死とか洒落にならないからね。


 帰ってくる時に夕飯用の果実でもとって帰ろうと決めて、私は小鳥の巣に向かった。

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