助かったけど、助かっていない気がするぅー。
大変遅くなりました。
よろしくお願いします。
みなさんこんにちは。
絶賛誘拐され中のタエコです。
簀巻きならぬ毛布巻きにされて馬車に乗っけられたかと思えば、巨大な袋に詰め込まれてしまいました。
スピードを出しているのか、車輪がけたたましい音をたて、ガタゴトガタゴトと車体が揺れています。
……あ、やばい。これはダメだ。
実は私、乗り物に酔う人なんですよ。
車とかなら、外の風景見たりとかで気をそらしてギリギリセーフなんですけど、船はアウトです。
それでですね、今回初めて馬車に乗ったわけなのですが、これはアウトです!
アウトもアウト。袋詰めにされて風景が見えないうえに真っ暗だから揺れを余計に感じるという、乗り物酔いする側からすれば、地獄としか言いようのないこの状況!!
む、無理だ……。
弾む身体のリズムに乗って、早くもココアとお菓子がお外へ飛び出してきそう……。
く、こうなったら最後の手段!
秘儀・気絶!!
ちーん。
「おい、おい、お嬢ちゃん起きろ」
「全然起きねぇな。死んでんじゃないのか?」
「息はしてるぞ。でも、丸一日眠っていたからなぁ」
「ん、んん〜……」
「おっ、起きたみたいだぞ!」
なになに、なんですか。
耳元でそんなに騒がないでくださいよ。
……て、あれ?
いつの間にか揺れも治まって、袋から上半身が抜け出ていた。
毛布巻きは継続なので相変わらず動けないけれど、猿ぐつわが外れたのはすごく嬉しい。
あー…、でも。ガタゴト地獄から解放されたいま、望むことはひとつ。
「お……」
「お?」
「お腹すいたぁ〜……」
そうぼやくと同時に、お腹がごろきゅ〜と盛大な音を立てた。
ひもじさのあまり背を丸めてしょんぼりしていると、周りを囲う男たちは「そりゃ、丸一日なんも食べてなかったからな」とつぶやいた。
「え?丸一日寝てたんですか?」
「そうだよ。馬車が動いている間、ずっと寝ていたんだ。死んだかと思ったよ」
「まじですか……」
そりゃ死んだと思うわな。
馬車が動いている間、一度として目覚めないだなんて……恐るべし、秘儀・気絶!
とか言ってる場合じゃないんですよ。
丸一日飲まず食わずとか、ヤバイじゃないですか。
自覚した途端に空腹だけじゃなくて喉の渇きまで感じてきた。
「うぅっ……。お腹すいたよぅ、何か飲みたいよぅ……」
ひもじさに耐えかねてベソベソ泣き出した私に、誘拐犯たちは丸いパンと水を差し出してくれた。
まさか食べ物がもらえるとは思っておらず、私はパンを差し出す誘拐犯の顔をまじまじと見つめて、「いいんですか?」と聞いてしまった。
「いいんだよ、お嬢ちゃん。あんたに死なれたら遺跡の宝が手に入らないからな。どんどん食ってくれ」
「あ、ありがとうございます!!」
よかった!とりあえず飢え死の心配はないみたい!!
遺跡の宝なんてまったく知らないので当てにされても困るんだけど。
役立たずだとバレる前に食べてしまおう!
私が食事できるよう、毛布巻きを解除しようと誘拐犯が手を伸ばした時だった。
ヒュッと風を切る音が幾つも聞こえたかと思うと、誘拐犯たちがパンと水をその場に落としてぱっと後ずさり、次の瞬間、私の周りにカカカッとナイフが数本突き刺さった。
私の蓑虫状態はかわらず。
地面に転がったパンには撒き散らかされた水がかかり、さらにナイフがぐっさりと根元まで刺さっていた。
「ねぇ、どうしてタエコちゃんがこんなところにいるの?」
何が起こったのか分からず、茫然とする私の耳に届く、聞きなれたデュオさんの声。
けれど、記憶の中の彼より、えらく暗く澱んだ声のような気がする。
あれ?デュオさんといえば、いつもニコニコ、太陽みたいに明るい人のはずなんだけど。おかしいな。
声が似ている赤の他人かしら、と思いつつ声がした方へと振り向いてみると、家ではないのでフードを深くかぶってはいるものの、記憶となんら変わりないデュオさんが立っていた。
うん。やっぱりまごうことなきデュオさんなんだけど、なんか、黒い気配というか、影みたいなものを背負っているように見えるのは気のせい?
おかしいな。と私が首を傾げている間にもデュオさんの背後にある建物からワラワラとヒイロさんたちが出てきた。
「タエコさん!?」
「タエコ、待ってろ。すぐに助けてやる!」
「ふふふ。あなたをさらう物好きがいるなんて、世の中は本当に広いんですね」
ひいいいいぃぃっ!
ラグロさんに見つかっちゃったよおお!!
デュオさんが現れた時点で覚悟していたけど、予想以上に禍々しい空気を放ってるうぅ!!!
なぜに!?
私悪くないよね?ねぇっ?
確かに捕まっちゃったけど、言いつけ通り引きこもっていた家に侵入されちゃあ、ただの一般人である私に抵抗なんてできるわけないよ!!
まぁそもそも、寝ている間に捕まったんだけど。
誘拐犯たちは勢揃いしたヒイロさんたちから私を隠そうと、目の前に並んで立った。
「ど、どうしてあいつらがここにいるんだ!プリメロの街へ帰っているころだろ!?」
「俺に聞かれても、分かんねぇよ!あんな簡単な仕事、とっくの前に終わっていると思ったのに……」
誘拐犯たちが何やらボソボソと話している。
話を聞く限り、もしかしてこの人たち、ヒイロさんたちの行動スケジュールを把握してるっぽい?
私が疑問に思っていると、デュオさんが「なるほどねぇ」と鼻で笑った。
「今回の仕事の依頼主はお前たちだな。俺たちがタエコちゃんを一人残して旅立つのを見越して、あんな簡単な仕事をよこしたというわけか」
真後ろにいる私がやっと聞き取れるくらい小さな声だったのに、デュオさん聞こえたの!?
てか、黒っ!!黒いよデュオさん!!
え?なんでこんなに黒いの?
私の憩いがなくなっちゃうっ。
無神経なヒイロさんやひたすら怖いラグロさんと違って、デュオさんは常識と思いやりのある人だと思っていたのに!
私がショックのあまり涙目になっていると、それに気づいたデュオさんが、黒い気配を引っ込めて優しく笑いかけてくれた。
「大丈夫だよ、タエコちゃん。すぐに助けてあげるからね」
そう言うデュオさんの笑顔はいつもの笑顔で、私は無意識に詰めていた息をほっと吐き出す。
瞬きをすると、溜まっていた涙が一粒こぼれた。
「ふふふ。あなたが私以外に泣かされるのはとても不愉快です。さっさと解放してあげましょう」
ラグロさんは神々しいくらいに光り輝く笑顔と禍々しい空気を振りまく。
……これは、喜んでいいんでしょうか?
助けてもらえるのは嬉しいんだけど、毛布巻きから解放されても身の危険しか感じない。
むしろラグロさんの側のほうが危ないような……。
誘拐犯たちもラグロさんの危ない気配に恐れをなしたのか、「ちくしょうっ」という捨て台詞と私を置いて逃げて行ってしまった。
逃げ去る時、ボソッと「嬢ちゃん、すまねえっ」と小さく謝って行ったのを私は聞き逃さなかった。
え?え?
私、誘拐犯に同情されちゃうくらいやばいの?
自分の立ち位置が分からず困惑している間に、ヒイロさんたちが私を袋から出して毛布巻きからも解放してくれた。
手首足首は直接縛られていたせいで赤く腫れてしまっていたが、すぐさまセイラさんが癒してくれる。
手をかざして祈ると、ほんわか光が溢れて傷が溶けるみたいに消えていくんだよ!
ファンタジー世界の巫女、すげー。
「傷は癒しました。痛みは残っていませんか?」
「うん!もうどこも痛くないです。ありがとうございます!!」
「罠だと知らずに仕事を引き受けて、お前を一人にしてしまってすまない。今度から、もっと慎重に仕事は選ぶことにしよう」
「そうだね。今回はたまたま仕事がはかどらなかったからこうやって鉢合わせできたけど、もし普段通りのペースで仕事が終わっていたら、きっとあいつらの思惑通り入れ違いになっていたと思う。本当に、助けられて良かった」
「ヒイロさん、デュオさん……」
ヒイロさんたちが私の身を真剣に案じてくれたので、不覚にも涙腺が刺激されてしまった。
うぅっ、良かった。
普段の私の扱いは酷いけど、ちゃんと市民権はあったらしい。
私が感激していると、ずっと黙っていたラグロさんが深い深いため息をこぼした。
「あんな戦うこともなく逃げるような小物に捕まるなんて、あなたは本当に役立たずなんですね」
「ひっ、ひどい!!凶器持った男二人相手に非力な女に何ができるっていうんですか!?」
「まぁ、確かに。あんなゴロツキに毛が生えた程度の冒険者、一人で対処してもらわなければこれから仕事もできなくなる」
「旅に連れて行くわけにもいかないし。だからと言って、一人残しても心配で仕事に支障をきたしそうだしね」
「誰か護衛を雇うというのはどうかしら。家には入れず、外の警備を任せるんです」
「そんな無駄金ありませんよ。ここはいっそのこと、遺跡に置いて帰りましょう。拾ったものは元の場所に戻せと言いますし」
「ひいぃっ!デュオさん助けて!!」
「こら、ダメだって言ってるでしょう。拾ったものは最後まで面倒を見るのが大人の対応だよ」
「…………」
「そうだぞラグロ。ここにタエコを置いていけば、補助金がもらえなくなって、また前みたいにくだらない仕事を受けなければならなくなる」
「………………」
「面倒を見きれなくなったからって、捨てるのはいけませんよ。せめてしかるべき機関に届けるべきです」
「……………………」
「それもそうですね。私としても、くだらない仕事のせいで時間を取られたくありませんし、ちょうどいい被験者がいなくなるのも勿体無いような気がします。もうしばらく、そばに置いておきましょう」
「良かったな、タエコ」
「ラグロさんが許してくれました。これからも一緒にいられますよ、タエコさん!」
「安心していいよ、タエコちゃん!!」
「…………………………うわあああああぁんっ!!全然安心できないよぉ〜!」
私は我慢できずに大泣きした。
もういやだ!!
やっぱり私はペット扱いじゃないか!!
しかもなんかいつ捨てられてもおかしくない状況だし!!
これならさっきの誘拐犯のほうがましだったかもしれない……。
あの人たち、私をちゃんと人として扱ってくれていたもん。
私を連れていっても遺跡の宝なんて見つからないとわかった時にどうなるのかが怖いけど。
ていうかそう思うと、やっぱり私の現状はまったく楽観視できないよね。
なんだかなぁ、悲しいとか恐ろしいとか不安とかいろいろあるんだけれど、いま一番言いたいことは、
「お腹、空いたよおおおおおぉぉっ」
ペット扱いでいいから食べ物ください。ぐすん。
サブタイトルは某芸人の、詩吟風。
古!!