第一章 麻薬と記憶と脅迫 第二話
東野原は病院のベッドに横たわっていた。この感じは彼が前に一度感じていたかもしれなかった。しかし彼には思い出せない。ただ、この直前に思い出してはいけないことがあったような感じに思った。なんだか体に違和感があった。関節を一つずつ動かしてみる。首、右腕、左腕、右足、左足…動かしている感じはあったが布団に包まれている右足が布団に触れた感じがしない。彼は恐る恐る左足で右足の太ももを触ってみる。
(みぎあしがない)
その時隣の部屋から声がした。
「うちの息子はどうなっているんですか。」
たぶん僕の母親だろう、彼はそう思った。
「奥さん、落ち着いて聞いてください。息子さんは何とか無事に一命をとりとめました。しかし、右足が壊死していました。それについては手の施しようがなく切断しました。そして左目を失明しました。」
「そんな…」
その時ドスンという音が聞こえた。さっきの話は東野原にとって一つも理解できなかった。
バサッ。
なんだかひどく汗をかいている。今までのことを思い出してみた。確か授業中に貧血で倒れたのだ。そのあと保健室で眠っていた。10分くらいして退屈になったので保健室にある机の中を覗いてみた。すると赤いデジタル数字が残り十秒を刺した機械があった。彼は直感で保健室の窓から飛び降りた。そのあとさっきの機械が爆発し、保健室が跡形もなく消えた。彼は運動場に飛び降りたとき着地に失敗した。その後の記憶はない。
(いったい僕はどうしたんだろう。)
関節をまた一つずつ動かしていく。今度はすべてあった。しかし何か違和感を感じる。すると隣から声が聞こえてきた。
「彼は重度の薬物依存症です…」
それを聞いた東野原は気を失っていた。
彼は部活をやっていた。PC部のはずなのにバスケ部と吹奏楽部を兼部しているという設定らしい。しかも僕は高校生であった。この時点で僕は夢世界の真ん中にいるのだろうと理解した。
「ドレミも吹けねえのか。」
「おい、そこパスミスするな。」
「楽器の手入れくらいちゃんとしとけよ。」
「レイアップくらい入れろよ。」
「お前2メンも知らねえのか。」
「おいそこ音ずれてるぞ。」
部活によるストレスで重度のストレス性胃腸炎になってしまった。しかし彼は器用なのでスポーツも楽器もそこそこできるはずだが…
学校は一時騒然となった。警察の世話になろうだとかレスキュー隊を呼ぼうだとか挙句の果てにはSPをつけようとか言っている。中には組事務所に乗り込もうとか無謀なことを言っている奴らもいる。
しばらくしてからパトカーや消防車がやって来た。聞き込みをしていた刑事はパンチパーマにサングラスをかけひげを生やして趣味の悪いジャケットを着てお前は組長かと突っ込ませるギャグマンガのキャラクターみたいだった。しかし臆病らしくすごく震えていた。そんな刑事を今から「臆病組長刑事」と呼ぼう。
臆病組長刑事は東野原のところへやって来た。彼は最初ビビったが臆病だということを知ると胸をなでおろした。
「君はどうして爆弾があることを知ったのかね。」
「変な音がするから保健室の机の中を覗いたんです。そしたら残り10秒の時限爆弾があって怖かったんでドアから逃げようと思ったんですけど開かなかったから窓から跳んでその瞬間爆発してから吹っ飛ばされたんです。まるで脱走しようとしたジオン兵の気分でした」
場を和ませようといった軽い冗談は流された。デリカシーがない奴だと思った。
「ドアが開かなかった?」
「はい。」
その後の捜査で外からカギがかかっていたことが明らかになった。カギはドリルで取り付けて外からかけられるようにしてあったらしい。
すぐに臆病組長刑事は東野原のところへ向かった。
「あの日保健室には外側からカギがかかってたらしい。」
「えっ…」
「それにもっと恐れるべき事実も…」
ちなみに東野原は茅ヶ崎汚古男病院に入院している。
組長(臆病組長刑事と呼ぶのは長いしめんどくさいので省略する)は横浜に来ていた。彼はここに来るといつも不倫をテーマにしたサザンの歌を思い出す。だから大黒ふ頭からレインボーブリッジが見えると思っている。
横浜と言っても海とは程遠い品川のような駅の近くのことだ。路地裏にあるバーへ向かった。「気分しだい」という名のバーだった。頭の中にはサザンのあの曲が浮かんだ。どうも組長はサザンの熱狂的なファンらしい。バーの中は綺麗で新しかった。しかしこれでも30年の老舗らしい。
「いらっしゃい。」
バーのママは若かった。彼女はギネスを差し出した。
「最初のお客さんにはサービスしているの。」
「あ、どうも。」
「お客さん、ただものじゃないわね。刑事でしょ。なら教えてあげる。あんたが捜している人、そこにいるわよ。」
組長はあっけにとられた。いろいろ突っ込みたいところはあるがとりあえず事情を詳しく聞こうとした。
「百聞は一見にしかず。」
そういって組長をカウンターの奥のドアへ案内した。するとそこにはまさに捜していた4人の中年だった。
「すんません、刑事さん。私たち自首させてもらいます。」
「なんで…」
「実はこいつら私に惚れたのよ。そいで私にプロポーズするためにまともな人間になりたいんですって。」
4人が4人とも今回の事件の首謀者だ。そして麻薬事件もこの4人の仕業だった。
「お前ら、松島という中学生をどうやって言いなりにした。あの機械はガラクタだったし。」
「脅したにきまってますよ。」
「えらく他人行儀だな。」
「…」
「まあ、いい。」
「それなら、いいんじゃないですか。もう学校が脅かされることはなさそうだし。」
「いや、あの連中取り調べん時も他人行儀な面があった。もしかするとまだ首謀者がいるのかもしれない。」
「じゃあまだ捜査は続けるんですか。」
「いや、上の連中は勝手に捜査を切りやがった。中学の警備もそろそろ終わるらしい。」
「なるほど、再び警察が動くのは誰かさんが消されたときですね。」
(え…)
まさか中学生が中年刑事と同じことを思っているとは思わなかったようだ。
「…君ってサザン知ってる。」
「ええ、大ファンですよ。」
「おっ、じゃあ栞のテーマとかミスブランニューデイとかも知っているのかな。」
「ええ、好きですよ。でも個人的には90年代のLOVEAFFAIRや愛の言霊とかが好きです。あと彩とか栄光の男とか。」
「へえ…」
もしかしたら自分以上にサザンが好きなのかと思った。彼は00年代以降の曲はあまり知らない。ただ、時代が違うだけなのか。しかしさすがサザンだ。中学生も虜にしてしまうとは。このあと20分くらいサザンの話に花が開いた。