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掌編小説

彼女の『恋愛小説』

作者: 斎藤康介

 街で昔付き合っていた彼に会った。服の趣味、そして足を引きずるようにして歩く癖も変わらない。気付くと声をかけていた。彼に未練があった訳ではない。いまは別に付き合っている人がいる。声をかけたのはあえて言えば懐かしさだった。

 はじめのうち彼は私が誰だか分かっていないようだった。付き合っていたころと比べいまは髪も短くメイクも違う。気付かないのも当然かもしれない。

 彼は本当に何も変わっていなかった。話すときに目をそらす癖も、照れた時に笑ってごまかす仕草も、着用しているブランドも何もかも。私は髪型を変えメイクも工夫し毎日一生懸命に成長しようと努力しているのに、何一つ変わっていない彼を前にすると自分の努力のすべてが無駄だと言われたような気がした。挙句の果てに、


「君は前を変わらないね」と彼は微笑みながら言った。


 それは褒め言葉だったのかもしれない。

 だが私には侮辱と同義だった。何か反論して言い返そうとしたが、とっさに言葉が思い浮かばずそれに上気した顔を見られたくもなく「あとで連絡して」とだけ伝えその場は別れた。その日、電話はなかった。

 翌日、電話をかけたのは私の方だった。

 これはプライドの問題だった。私の日々の努力を正当に評価させ、今の私の方がいいと認めさせない訳にはいかなかったのだ。

 彼は電話に出た。電話番号も昔と変わっていない。


「連絡してって言ったよね」声は少し上ずっていた。

「ごめん。ちょっと時間がとれなくて……」

「そういうところは変わらないのね」


 それからいろいろと話をした。付き合っていたころはしたこともない種類の内容だ。だが彼は電話口の向こうで時おり相槌を打つだけだった。ただ一言「変ったね」と言えばいいのだ。話すうちに私はこの時間がとても虚しいものに思えた。それは彼にとっても私にとってもひどく惨めで情けない時間だった。だから最後のチャンスにと思い彼を食事に誘った。もう一度、直接会って話せばさすがに私の変化に気付くだろうと思った。だが、


「ごめん。その日は出張で居ない」


 そこで電話は終わった。

 私は彼のことをよく知っている。彼から電話してくることはないだろう。別れてからのこれまでに一度も連絡がなかったように、これからも同じことが続くのだ。もしかしたら今の電話でさえなかったことにするのかもしれない。

 私は日々成長し続ける。けれども彼は変わることはない。

 私は明日に生き、彼は過去に住む人間なのだ。

彼視点:『恋愛小説(http://ncode.syosetu.com/n9600bd/)』

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