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悪者っぽい帝国に召喚されました双子  作者: すすす
サイドストーリー
8/9

一般の帝国民さん

   + Menu.1 城下町の宿屋



 おれの名はジョン。

 帝国城下町にある、しがない宿屋の息子だ。

 つつましくも平和な暮らしをさせて貰っている。


 おれの親父は、先代皇帝の第百二十四妃の第二子だとか言う、嘘でも本当でもどうでもいい与太を飛ばす、愛すべきお調子者だ。

 うちの宿屋「まっかな(きつね)とくろい(たぬき)亭」は、そんな親父の人柄とおふくろの料理を慕って、ボチボチ繁盛している。

 ありがたいことです。

 ちなみに宿の命名をしたのはおふくろだ。

 故郷のとある商標名らしい。ちょっと後ろめたい顔をしていた。

 でも「まっかな(うそ)とくろい(うわさ)亭」みたいだよね。まあそんでも帝国城下町の宿屋だから、おあつらえ向けの名前か。


 宿の常連には魔法使いのおばちゃんに、剣士のおっちゃん。顔なじみの吟遊詩人たち、おれが小さい時から通っている行商のじいちゃん。たまに訳あり風の静かな旅人や、貴族のお忍び風など。


 町なからしい軽薄な騒がしさが、城下町の夜を彩っている。



   + Menu.2 帝国城下町



 おれの生まれ育ったこの帝国城下町は、文化水準が高いらしい。

 町から出たことがないから、よく分からないが、確かにここにいれば、大抵の物や情報は集まる。


 特にここは城下町なものだから、様々な人、文化、教養、娯楽、果ては犯罪までもが、それらの温床となる。

 貴族屋敷からスラム街まで取りそろえております。


 帝国城下町いいとこ一度はおいで。



   + Menu.3 帝国軍



 おっと、ご覧下さいあれに見えますのは、凱旋した獅子将軍。

 御歳五十を超えて、ますますの風格指導力眼力筋肉。

 庶民という出自も、生来の体格も、決して恵まれてはいないはずなのに、いかつく堂々とした振る舞い。

 鋭い眼光に、厳しく結んだ口。

 男ならこう年を取りたいものである。不器用ですから的な。


 凱旋を催す大通りは、色とりどりの花と紙吹雪に染まっている。

 その色彩は、城下町の黒、白、灰色の石造りに相対して、なお一層引き立っていた。

 顕示する軍旗が重厚にはためいて、野蛮な熱気と歓声が、耳が割れんばかりに響いております。


 帝国民にとって、帝国軍は立派に娯楽対象だ。

 こうして華々しく凱旋をしては、どこそれ軍の誰それ隊長がカッコイイとか、女子供老人、純粋にも不純にも男からも、まあ、なんだ。アイドル的人気を博しているのである。

 こうしたミーハーな風潮を好まない人もいる。おれなんかは、大して詳しくもないのに、手ぇ振っちゃってるが。すみません。


 更に歓声が上がったのは、あの黒い一軍が門をくぐったからだ。


 制服の色を揃えると、見る者を圧倒させる。

 黒い鎧で揃えられた兵士たちと、同じく黒い鎧の将軍は、揃いのマントをひるがえして行進をする。

 黒い一軍をあずかるのは、黒髪で赤い瞳の将軍だ。猛獣かと思う軍馬にまたがり、禍々しい雰囲気を隠しもしない。


 兵士も騎士も将軍も、恐ろしさと格好良さを併せ持つ一軍であった。

 いつの世も「少し悪いことを知っている」というのは女子供からの人気を集める。

 夜を共にする、猛者と書いて女がまれによくいるが、無事に帰ってくる女は五分と言った噂だ。くわばらくわばら。

 五分と言うことは、半分は無事に帰してくれるという事だから、確率は悪くないと思わなくも、なくなくない? 気のせいか。


 というように、帝国の軍隊は、その規模と面子が充実していた。

 国境の小競り合いだったり、辺境領主の反乱だったり、人に害なすモンスターの討伐だったり、理由には事欠かないのである。


 また戦争を始めると言ったからって、おれたちはなんの抵抗もなかった。



   + Menu.4 重税



 まあ、敵対国が多いなとは思ったけどさ。

 そのうち、魔物とかいうモンスターがはびこってきて、おかしいなとは思ったけどさ。


 勝利に熱狂したり批判したり、または恐れたり眉をひそめたり、帝国内は、訳のわからん熱に浮かされていた。


 城下町に物資が行き届かなくなり、重税に重税をして、ははは、おいおいちょっと待って。


 おれたちはいつの間にか、悪の帝国の民になっていた。



   + Menu.5 氷と雪



 ある日から、帝国城に謎の双子が現れた……らしい。


 おれも噂でしか知らないが、帝国の救世主などと言われ、パレードや演説の時には、必ず姿を見せているようだ。

 情報規制のかかる新聞から、有志の自費出版の新聞まで、その双子をとりあげた。

 ちなみに後者は軍に潰されては復活するという、モグラ叩きのような動きを見せた。がんばれ。おれはより娯楽性のあるほうの味方だ。


「こういう城がらみの噂って言うのは、一体どこから出るんでしょうねえ」


 おれが聞くと、白魚の手をした貴族風の青年が「さあ」と笑った。

 今回も新しい噂を持ってきてくれた常連客である。


 ある日、おれは何らかの祭典の時、謎の双子を遠くから見た。

 年端の行かない少年少女だった。


 赤い瞳の将軍や、たたき上げの将軍が席を並べる中、双子はそれらと同等に扱われているようだ。

 生白い肌と鋭い眼光は、なるほど、ただの子供ではなさそうだ。


 使い魔と思わしき魔物を従わせ、得体の知れない双子は催し事の余興を飾る。

 促されて帝国民の前に出た双子は、互いに目を合わせて合図をすると、自分たちの片手を前に出した。


 魔法が出る。


 広場に集まった帝国民が身構えるよりも早く、大空に映し出されたのは、空を覆うほどの美女だった。

 冷たい流し目に、薄い唇。ボディラインが惜しげもなく晒された衣装。

 帝国民の主に男性はくぎ付けになったものだ。


 幻聴か、軽やかな効果音を流しながら、巨大な美女は、妖艶に腕をたゆたわせる。

 そして帝国民の頭上には、フワリフワリ、と雪が降った。


 ────あの双子はやりおる。


 若干の肌寒さに震えながら、その場にいた帝国民のほとんどは、双子の実力を認めた。



   + Menu.6 情報通



 今思えば、あれは双子のお披露目だったらしい。


 美女は幻影で、実際の効果は、氷と雪の魔法だ。

 言うなれば見栄え重視のパフォーマンスであったが、規模が桁外れには違いない。

 一般人は雪の結晶を作って、一苦労だ。

 魔法に呪文がないこの世界で、あれだけのイメージを柔軟に操るとは、末恐ろしい子供だった。

 テレビもゲームも知らないおれは、単純に感心していた。

 しかし城勤めをしている赤毛のメイドさんは、双子の魔法についてこう言う。


「なんでも、故郷の知的財産権に係わるものらしいわ。多用は控えているみたいね。オリジナリティとのせめぎ合いに苦心してるみたいよ」


 どこかで聞いた文句だ。おれは、ちらり、とおふくろを見た。



   + Menu.7 うどん、そば



 うちの宿屋に、旅をするには華奢な女の子が来た。

 フード付きのマントをかぶっているが、かいま見える顔は可愛い。

 おっと、ごつい二人連れと一緒か。そうだよな、そうだよね。


「おかみさん。

 ここは……ここは……うどんやソバを扱ってるんですか……?」


 女の子は小柄ななりに似合わず、やや鋭い口調でおふくろに聞いた。

 おふくろの目が、ギラリと光る。


 ──たまにいるのだ。こういう客が。


 なんの合言葉なのか、おふくろに「うどん」と「そば」とやらを注文する。

 するとおふくろは手早く調理を済ませ、スッ……と、客に「うどん」と「そば」を差し出す。

 やや小ぶりの器に入ったそれを見て、客によっては、まるで生き別れた両親に再会したみたいに打ち震える。

 「うどん」と「そば」は、おふくろの故郷の料理だった。

 おふくろは、あの中毒性のある味には、一生たどり着けない。と首を振っているが。

 どうやら同郷人らしい。


 ここは帝国城下町。さまざまな地方出身者が集う町である。



   + Menu.8 山吹色のお菓子



 この商売、利用客のプライバシーには口を出さない。


 うちの宿屋は、城下町の中では二流、三流の作りで、何の変哲もない。

 基本的に石造りで、たまに木造が混ざる三階建て仕様。


 一階は食堂兼酒場。

 二、三階が、広さや調度品などのグレード違いの宿泊部屋。


 どういったコネか知らないが、親父の元には、いかにも貴族のお忍びといった人間が来た。


 うちの宿屋は、城下町の奥まったところにある。

 城からは、ほどほどの距離であり、裏口を出れば、すぐに混み合った商店街。

 その商店街を抜けると崩れた城壁がある。そこをくぐると、町の外の森へと繋がった。

 森は中規模の大きさで、そこに逃げ込まれたら後を追うのは骨だと思う。

 何らかの脱出ルートも万全である。


 何らかってなに。とは聞いてはいけない。

 なんでこういう作りにしたのか、親父に聞いてもいけない。

 余計な詮索は、面倒事へと繋がる。

 おれが親父の小さい背中を見て、学んだことの一つだ。


 ある時は金髪と白魚の手が美しい、貴族の三男坊と言った客が来た。

 角部屋をガッタンゴットン言わせて、なぜか裏口へ、数人の足音が走る。

 数時間後、手品のように元の部屋から出てきた貴族は、来たときにはなかった葉っぱと泥を付けていた。


 ある時は年を重ねて、なお品のある、有閑貴婦人がしずしずと来た。

 いくつかの部屋を使い、数人の人物と会合を行っていたようだ。

 帰り際には、こちらを機嫌良くほほえんだ。手みやげを増やしたようだ。


 ある時は、いかにも悪の越後屋と言った感じの役人が来た。

 おぬしもワルよのう、山吹色のお菓子でございます。などと言っているのだろうか。


 おっと、この商売、余計な詮索は命取りにも繋がる。剣呑剣呑(けんのんけんのん)



   + Menu.9 メモリーグラス



 帝国の戦況は、とうとう厳しくなった。


 城下町はますます陰鬱とした雰囲気に包まれる。

 うちの宿は、町の外からの人間が減り、帝国兵の利用が増えて、客層のガラがすこし悪くなった。

 客を選ぶ商売をしてもいいじゃない。と常連さんからの支持を得て、一定の風紀は保たれている。


 敗戦色の濃い退廃的な雰囲気は、若い下っ端兵士の、社会的生命的な不安を増長させる。

 恋のアレコレも悲喜こもごもといった次第だ。


 ある兵士風の男が指輪を置いてったので、預かってみた。

 捨ててくれ、などと言われたのは、赤い宝石のはまった、女性物の指輪である。


 ある蓮っ葉風な若い女性が水割りを求めるので、涙の数だけ出してみた。

 かなり水割りをかっ食らっているが、元サヤにプレイバックしてもいいじゃない。


 帝国民は恐慌に震え、この国はどうなっちまうんだか分からないが、うちの宿屋は白湯の一杯になっても出します。元気出して。


 品薄の時期である。

 おれはめっきり淋しくなった店内を見渡した。

 先程までカウンターにいた女性客の湯飲みを片付ける。あいつなんか飲み干してやれ。

 かの女性客は、うちの宿の外に出て行ったようだ。

 曇りガラスの外に目をやると、女性は若い兵士に抱きついていた。タックル気味なのはご愛敬だ。


 ちなみに、指輪も水割りも湯飲み客も、全部別件です。世の中、色々あるよね。人生も男も女も、なんもかんも色々だよ。


 噂によると、負け気味のこの戦いも、もうすぐ終わるらしい。

 強力な関係者すじの話しなので、確かなのだろう。


 戦いが終わった後も、この中の色んな誰かが、うちの宿屋に来てくれたらいい。

 禍々しい曇天(どんてん)ばかりの帝国も、清濁や虚実入り交じったこの城下町も、おれは嫌いじゃない。



 帝国城下町の宿屋も、住み慣れてしまえば悪くはない。





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