一般の帝国民さん
+ Menu.1 城下町の宿屋
おれの名はジョン。
帝国城下町にある、しがない宿屋の息子だ。
つつましくも平和な暮らしをさせて貰っている。
おれの親父は、先代皇帝の第百二十四妃の第二子だとか言う、嘘でも本当でもどうでもいい与太を飛ばす、愛すべきお調子者だ。
うちの宿屋「まっかな狐とくろい狸亭」は、そんな親父の人柄とおふくろの料理を慕って、ボチボチ繁盛している。
ありがたいことです。
ちなみに宿の命名をしたのはおふくろだ。
故郷のとある商標名らしい。ちょっと後ろめたい顔をしていた。
でも「まっかな嘘とくろい噂亭」みたいだよね。まあそんでも帝国城下町の宿屋だから、おあつらえ向けの名前か。
宿の常連には魔法使いのおばちゃんに、剣士のおっちゃん。顔なじみの吟遊詩人たち、おれが小さい時から通っている行商のじいちゃん。たまに訳あり風の静かな旅人や、貴族のお忍び風など。
町なからしい軽薄な騒がしさが、城下町の夜を彩っている。
+ Menu.2 帝国城下町
おれの生まれ育ったこの帝国城下町は、文化水準が高いらしい。
町から出たことがないから、よく分からないが、確かにここにいれば、大抵の物や情報は集まる。
特にここは城下町なものだから、様々な人、文化、教養、娯楽、果ては犯罪までもが、それらの温床となる。
貴族屋敷からスラム街まで取りそろえております。
帝国城下町いいとこ一度はおいで。
+ Menu.3 帝国軍
おっと、ご覧下さいあれに見えますのは、凱旋した獅子将軍。
御歳五十を超えて、ますますの風格指導力眼力筋肉。
庶民という出自も、生来の体格も、決して恵まれてはいないはずなのに、いかつく堂々とした振る舞い。
鋭い眼光に、厳しく結んだ口。
男ならこう年を取りたいものである。不器用ですから的な。
凱旋を催す大通りは、色とりどりの花と紙吹雪に染まっている。
その色彩は、城下町の黒、白、灰色の石造りに相対して、なお一層引き立っていた。
顕示する軍旗が重厚にはためいて、野蛮な熱気と歓声が、耳が割れんばかりに響いております。
帝国民にとって、帝国軍は立派に娯楽対象だ。
こうして華々しく凱旋をしては、どこそれ軍の誰それ隊長がカッコイイとか、女子供老人、純粋にも不純にも男からも、まあ、なんだ。アイドル的人気を博しているのである。
こうしたミーハーな風潮を好まない人もいる。おれなんかは、大して詳しくもないのに、手ぇ振っちゃってるが。すみません。
更に歓声が上がったのは、あの黒い一軍が門をくぐったからだ。
制服の色を揃えると、見る者を圧倒させる。
黒い鎧で揃えられた兵士たちと、同じく黒い鎧の将軍は、揃いのマントをひるがえして行進をする。
黒い一軍をあずかるのは、黒髪で赤い瞳の将軍だ。猛獣かと思う軍馬にまたがり、禍々しい雰囲気を隠しもしない。
兵士も騎士も将軍も、恐ろしさと格好良さを併せ持つ一軍であった。
いつの世も「少し悪いことを知っている」というのは女子供からの人気を集める。
夜を共にする、猛者と書いて女がまれによくいるが、無事に帰ってくる女は五分と言った噂だ。くわばらくわばら。
五分と言うことは、半分は無事に帰してくれるという事だから、確率は悪くないと思わなくも、なくなくない? 気のせいか。
というように、帝国の軍隊は、その規模と面子が充実していた。
国境の小競り合いだったり、辺境領主の反乱だったり、人に害なすモンスターの討伐だったり、理由には事欠かないのである。
また戦争を始めると言ったからって、おれたちはなんの抵抗もなかった。
+ Menu.4 重税
まあ、敵対国が多いなとは思ったけどさ。
そのうち、魔物とかいうモンスターがはびこってきて、おかしいなとは思ったけどさ。
勝利に熱狂したり批判したり、または恐れたり眉をひそめたり、帝国内は、訳のわからん熱に浮かされていた。
城下町に物資が行き届かなくなり、重税に重税をして、ははは、おいおいちょっと待って。
おれたちはいつの間にか、悪の帝国の民になっていた。
+ Menu.5 氷と雪
ある日から、帝国城に謎の双子が現れた……らしい。
おれも噂でしか知らないが、帝国の救世主などと言われ、パレードや演説の時には、必ず姿を見せているようだ。
情報規制のかかる新聞から、有志の自費出版の新聞まで、その双子をとりあげた。
ちなみに後者は軍に潰されては復活するという、モグラ叩きのような動きを見せた。がんばれ。おれはより娯楽性のあるほうの味方だ。
「こういう城がらみの噂って言うのは、一体どこから出るんでしょうねえ」
おれが聞くと、白魚の手をした貴族風の青年が「さあ」と笑った。
今回も新しい噂を持ってきてくれた常連客である。
ある日、おれは何らかの祭典の時、謎の双子を遠くから見た。
年端の行かない少年少女だった。
赤い瞳の将軍や、たたき上げの将軍が席を並べる中、双子はそれらと同等に扱われているようだ。
生白い肌と鋭い眼光は、なるほど、ただの子供ではなさそうだ。
使い魔と思わしき魔物を従わせ、得体の知れない双子は催し事の余興を飾る。
促されて帝国民の前に出た双子は、互いに目を合わせて合図をすると、自分たちの片手を前に出した。
魔法が出る。
広場に集まった帝国民が身構えるよりも早く、大空に映し出されたのは、空を覆うほどの美女だった。
冷たい流し目に、薄い唇。ボディラインが惜しげもなく晒された衣装。
帝国民の主に男性はくぎ付けになったものだ。
幻聴か、軽やかな効果音を流しながら、巨大な美女は、妖艶に腕をたゆたわせる。
そして帝国民の頭上には、フワリフワリ、と雪が降った。
────あの双子はやりおる。
若干の肌寒さに震えながら、その場にいた帝国民のほとんどは、双子の実力を認めた。
+ Menu.6 情報通
今思えば、あれは双子のお披露目だったらしい。
美女は幻影で、実際の効果は、氷と雪の魔法だ。
言うなれば見栄え重視のパフォーマンスであったが、規模が桁外れには違いない。
一般人は雪の結晶を作って、一苦労だ。
魔法に呪文がないこの世界で、あれだけのイメージを柔軟に操るとは、末恐ろしい子供だった。
テレビもゲームも知らないおれは、単純に感心していた。
しかし城勤めをしている赤毛のメイドさんは、双子の魔法についてこう言う。
「なんでも、故郷の知的財産権に係わるものらしいわ。多用は控えているみたいね。オリジナリティとのせめぎ合いに苦心してるみたいよ」
どこかで聞いた文句だ。おれは、ちらり、とおふくろを見た。
+ Menu.7 うどん、そば
うちの宿屋に、旅をするには華奢な女の子が来た。
フード付きのマントをかぶっているが、かいま見える顔は可愛い。
おっと、ごつい二人連れと一緒か。そうだよな、そうだよね。
「おかみさん。
ここは……ここは……うどんやソバを扱ってるんですか……?」
女の子は小柄ななりに似合わず、やや鋭い口調でおふくろに聞いた。
おふくろの目が、ギラリと光る。
──たまにいるのだ。こういう客が。
なんの合言葉なのか、おふくろに「うどん」と「そば」とやらを注文する。
するとおふくろは手早く調理を済ませ、スッ……と、客に「うどん」と「そば」を差し出す。
やや小ぶりの器に入ったそれを見て、客によっては、まるで生き別れた両親に再会したみたいに打ち震える。
「うどん」と「そば」は、おふくろの故郷の料理だった。
おふくろは、あの中毒性のある味には、一生たどり着けない。と首を振っているが。
どうやら同郷人らしい。
ここは帝国城下町。さまざまな地方出身者が集う町である。
+ Menu.8 山吹色のお菓子
この商売、利用客のプライバシーには口を出さない。
うちの宿屋は、城下町の中では二流、三流の作りで、何の変哲もない。
基本的に石造りで、たまに木造が混ざる三階建て仕様。
一階は食堂兼酒場。
二、三階が、広さや調度品などのグレード違いの宿泊部屋。
どういったコネか知らないが、親父の元には、いかにも貴族のお忍びといった人間が来た。
うちの宿屋は、城下町の奥まったところにある。
城からは、ほどほどの距離であり、裏口を出れば、すぐに混み合った商店街。
その商店街を抜けると崩れた城壁がある。そこをくぐると、町の外の森へと繋がった。
森は中規模の大きさで、そこに逃げ込まれたら後を追うのは骨だと思う。
何らかの脱出ルートも万全である。
何らかってなに。とは聞いてはいけない。
なんでこういう作りにしたのか、親父に聞いてもいけない。
余計な詮索は、面倒事へと繋がる。
おれが親父の小さい背中を見て、学んだことの一つだ。
ある時は金髪と白魚の手が美しい、貴族の三男坊と言った客が来た。
角部屋をガッタンゴットン言わせて、なぜか裏口へ、数人の足音が走る。
数時間後、手品のように元の部屋から出てきた貴族は、来たときにはなかった葉っぱと泥を付けていた。
ある時は年を重ねて、なお品のある、有閑貴婦人がしずしずと来た。
いくつかの部屋を使い、数人の人物と会合を行っていたようだ。
帰り際には、こちらを機嫌良くほほえんだ。手みやげを増やしたようだ。
ある時は、いかにも悪の越後屋と言った感じの役人が来た。
おぬしもワルよのう、山吹色のお菓子でございます。などと言っているのだろうか。
おっと、この商売、余計な詮索は命取りにも繋がる。剣呑剣呑。
+ Menu.9 メモリーグラス
帝国の戦況は、とうとう厳しくなった。
城下町はますます陰鬱とした雰囲気に包まれる。
うちの宿は、町の外からの人間が減り、帝国兵の利用が増えて、客層のガラがすこし悪くなった。
客を選ぶ商売をしてもいいじゃない。と常連さんからの支持を得て、一定の風紀は保たれている。
敗戦色の濃い退廃的な雰囲気は、若い下っ端兵士の、社会的生命的な不安を増長させる。
恋のアレコレも悲喜こもごもといった次第だ。
ある兵士風の男が指輪を置いてったので、預かってみた。
捨ててくれ、などと言われたのは、赤い宝石のはまった、女性物の指輪である。
ある蓮っ葉風な若い女性が水割りを求めるので、涙の数だけ出してみた。
かなり水割りをかっ食らっているが、元サヤにプレイバックしてもいいじゃない。
帝国民は恐慌に震え、この国はどうなっちまうんだか分からないが、うちの宿屋は白湯の一杯になっても出します。元気出して。
品薄の時期である。
おれはめっきり淋しくなった店内を見渡した。
先程までカウンターにいた女性客の湯飲みを片付ける。あいつなんか飲み干してやれ。
かの女性客は、うちの宿の外に出て行ったようだ。
曇りガラスの外に目をやると、女性は若い兵士に抱きついていた。タックル気味なのはご愛敬だ。
ちなみに、指輪も水割りも湯飲み客も、全部別件です。世の中、色々あるよね。人生も男も女も、なんもかんも色々だよ。
噂によると、負け気味のこの戦いも、もうすぐ終わるらしい。
強力な関係者すじの話しなので、確かなのだろう。
戦いが終わった後も、この中の色んな誰かが、うちの宿屋に来てくれたらいい。
禍々しい曇天ばかりの帝国も、清濁や虚実入り交じったこの城下町も、おれは嫌いじゃない。
帝国城下町の宿屋も、住み慣れてしまえば悪くはない。