帝国のカリスマ将軍さん
+ Scene.1
大地に、低く鳴り響く軍靴。血にまみれた戦略。
うろんな軍師。何が原の戦い。
部下の信頼と裏切り。
私のまわりは、そういったものに囲まれていた。
スピード出世と、手持ち兵の数と練度を指して、巷では私のことをカリスマ将軍と噂している。
褒められてると言うより、酒の肴にされてる気がする。
噂には怪談じみた尾ひれ背びれもついていた。
失敬な。私も人の子である。噂のように木の股から産まれた訳ではない。
+ Scene.2 家族構成
私の母は、先代寵姫のなにがしである。
寵姫とは言え、先代にはたくさんの側室がいたので、私は目立つ存在でもなかった。
兄弟姉妹も盛りだくさんである。
それぞれはうっかりした貴族の婿や嫁になっていたり、引き返せないほど帝国の暗部に入り込んでいたり、箸にも棒にもかからない役職に就いていたりと、長子から末子までバリエーション豊かな面々であった。
この調子だと、城下町で宿屋をやってる奴の一人くらい、いるのかもしれない。
今のご時世、石を投げれば、王族の傍系にあたる帝国であった。
特に城内では、いまさら珍しくもない。
現皇帝は上から何番目の異母兄なのだが、っていま言うまですっかり忘れてたよ。
普段は意識していないのだ。
下手すれば親子ほどに年が離れている。立場も離れている。
自分からすれば、仕えるべき皇帝であり、上司であり、よく知らんおっさんである。
先代側室の子供同志は、その数に比例して繋がりも薄かった。
へたすれば側室の浮気や連れ子、つまり皇帝とは一切、血の繋がっていないやつもいるのである。
+ Scene.3 将軍職
私が将軍になれたのは、たまたま軍に縁があり、戦果を上げ、部下と上司と人脈と運とタイミングが、うまい具合に運ばれただけである。
噂されるような、神秘性も奇跡も持っていない。
戦場では血も涙もない戦略で、敵と味方をドン引かせた。そしてその倍の功績を上げた。
私を邪魔する人間は、軍内外、帝国内外に問わず、部下が寝首をかいたが。
力に溺れて、人の情けを忘れかけているが。
自分の体を、より強くするために、己と魔物を融合させて、人である事を捨てかけているが。
この帝国内では、さして珍しくないのである。
私の瞳孔はいつの間に、こんなに赤くなったのか、もう思い出せないほど馴染んでいる。
肉体を魔物と融合させてから、私の目の色は魔物と同じになった。
赤い双眼で、陰鬱きわまりない帝国城を見上げた。
コウモリや竜の翼を持った使い魔が、今日も元気に飛び回っている。
すがすがしい景色である。
+ Scene.4 暗躍貴族
「ふふん、相変わらず人でなしな道を進んでいるな」
城内の赤絨毯にて、ある貴族の男が、気安く私に話しかける。鼻で笑いやがった。
そいつは頭のてっぺんから足のつま先まで、流行の高級素材とデザインで固めていた。
羽や宝石を施した帽子の下には、専属美容師が手塩にかけた金髪である。
暗躍をもっとも生き甲斐とする貴族連中、こいつもその中の一人だ。
父親や兄弟を毒殺しまくっている人に、人でなしと言われるとは心外。
「人でなしか。一人殺せば人殺しで、百万人殺せば英雄だとか、誰かが言ったな……」
「あのね。そういうのはもういいから」
私の反論を、貴族はバッサリと切った。無慈悲である。
そして、こちらの言い分を待たずに、怪訝に眉を寄せ、言葉を続けた。
「その顔色。いったい何を食ってるんだ」
どの顔色だと言うのかね。
確かに、人々が私を見る目は、なんだか最近、怖がっているが。
私は自分の食生活を、しれり、と答える。
「人の生き血を一日三リットルほど」
私の今さらの人道に踏み外れた行いに対して、貴族は一瞬沈黙した。
かと思えば、いかがわしい目でこちらを見る。
「……いわゆる、おとめの血か」
何故知っている。
単なるカマかけであろうが、相変わらず侮れぬやつだ。
己の強さを求めて魔族と融合を試みてから、私の食生活はガラリと変わった。
人はこうして年齢を重ねてゆくのだろう。肉食から魚食へと変わるように。……ちょっと違うかもしれない。
「そう。いわゆるおとめの血だと、より望ましいな」
「このスケベ!」
「……スケベとは人聞きの悪い」
ちうか人類みなスケベでなければ、こんなに大地にはびこっておらんわ。スケベは豊穣の象徴である。
私は考えを飛躍させた。
「大体、生き血を一日に三リットルとか、集めるのも飲むのも結構大変なんだぞ。気が付いた合間合間に、ジョッキでコツコツと飲むのだぞ」
「いやそんな生き血のことを苦労話風に言われても」
+ Scene.5 生き血
どうやら摂取すべき血の量は、含有する魔力量によるようだ。
つまり、おとめの魔力が高ければ、私の飲む血は少ない。
私は貴族に相談した。
「あの双子の片割れが、血をくれないものか」
「憲兵さん、こいつです」
貴族が遠くに控えている憲兵に向かい、軽く手を挙げた。
私は貴族の肩を押さえて、止めに入る。
「待て。冗談だ」
「この城にいる、じゅうごさい少女の身はおれがまもる!」
キリ、と良いおにいさんと変態の狭間を揺れ動く貴族に、むしろこっちが憲兵を呼びたくなった。
+ Scene.6 小鳥
そういえば、この貴族には、社交界にも参加していない病弱な妹がいた。
少し前に、人知れず亡くなったのだ。
まだ、たったの……何歳だったかな、あの双子と同じくらいの年齢だった。
ある日、貴族の屋敷に行ったら、飼われていた小鳥が、こう言ったものだ。
「オニイサマ」
小鳥の鳴き声を聞いて、私は貴族を見ざるを得ない。
「おまえ……小鳥に何を言わせている……」
「妹が飼っていた鳥でね。勝手に覚えてしまったのだよ」
貴族は、遠い目をしながらあさっての方角を向く。
こっちの目を見て言え。そこの変態。
この貴族の妹は、少し変わった体質であった。
魔力に対して極端に弱く、魔物がそばにいるだけで体調を崩した。
夜の明かりに、火でなければ魔法を使うくらい、魔力の浸透したこの世界では、さぞかし生きづらかっただろう。
帝国内では、人に紛れて魔物が出入りし、辺境でさえ獣に近い魔物がはびこっている。
つまり魔物のあふれたこのような世界では、貴族の妹はどこへ行っても、生きていけないのだ。
貴族の妹は徐々に衰え、静かに息を引き取ったのだった。
+ Scene.7 対峙
などなどと、在りし日の思い出が頭をよぎる。
ここは帝国城である。
最上階に近いこの部屋は、城下町を展望できる豪華な作りだ。
ステンドグラスはきらびやかに、床に光を落としている。
とりとめのない記憶に、私はつい笑った。
「──ふっ。王国の救世主……勇者よ。よくぞここまでたどり着いたな」
私はこの展望の間で、勇者と対峙していた。
外の戦場ではなく、城内で最後を戦うとは思わなかった。
接近戦も得意であるし、魔物の力を付けたこの身である。
ただの人間ふぜいの数人では、腕力も魔力も、私の足元に及ばないだろう。
しかし、私はこの勇者に勝てる気はしなかった。
城の内外は噴煙が舞い、雑兵はすでに城外へ避難している。
大柱か土台が崩れたのか、大理石の床は何度も揺れた。
爆発音が鳴り響き、シャンデリアも壁も絨毯も、贅をこらした調度品は、所々が崩れている。
逆境も良いところでなのである。
しかしこういうのも嫌いじゃないんだぜ。などと私は自嘲した。
勇者を見ると、装備を調え、相次ぐ戦闘にも疲労を見せず、かえって集中力が研ぎ澄まされている様子だった。
私は仰々しくもまがまがしい装飾の、愛剣を構えた。
+ Scene.8 べつのおはなし
勇者は、仲間と数人がかりで私に攻撃を加える。
ここにたどり着くまでに、何千もの帝国兵を、その数人の仲間で戦い抜いてきたのだから、文句は言うまい。
第三段階まで、形態変化したのに。結局、私は負けてしまった。
しかし、勇者の持った破魔やら祝福やらの仕込まれた、たぐいまれなるラグナロクな剣によって、私と魔物は、分離されたらしい。
なんとか命は長らえている。
しかし私は、手も足も、口も動かせなかった。
「あぶ」
私の口は不明瞭にうめいた。
……なんだこの姿は。
まるで子豚のようなもちもち肌に、短い手足ではないか。
私の気配を感じ取った勇者は、魔物部分の私の残骸から、私をすくい取った。
ステンドグラスからの光りは妙に輝かしく、私は白い布に包まれて、勇者に抱かれる。
それはまるで、神々しい宗教画のような……ってなんなのだこれは。
急激に腹が減ったし、とりあえず泣いてしまえ。
かの将軍が赤ん坊になり、展望の間にて産声を上げたのは、
────またべつのおはなし。
そんな顛末にすっころんだ私を見て、遠くから貴族が生暖かあい目を向けていた。