表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪者っぽい帝国に召喚されました双子  作者: すすす
サイドストーリー
7/9

帝国のカリスマ将軍さん

   + Scene.1



 大地に、低く鳴り響く軍靴。血にまみれた戦略。

 うろんな軍師。何が原の戦い。

 部下の信頼と裏切り。


 私のまわりは、そういったものに囲まれていた。

 スピード出世と、手持ち兵の数と練度を指して、巷では私のことをカリスマ将軍と噂している。


 褒められてると言うより、酒の(さかな)にされてる気がする。

 噂には怪談じみた尾ひれ背びれもついていた。

 失敬な。私も人の子である。噂のように木の股から産まれた訳ではない。



   + Scene.2 家族構成



 私の母は、先代寵姫のなにがしである。

 寵姫とは言え、先代にはたくさんの側室がいたので、私は目立つ存在でもなかった。

 兄弟姉妹も盛りだくさんである。

 それぞれはうっかりした貴族の婿や嫁になっていたり、引き返せないほど帝国の暗部に入り込んでいたり、箸にも棒にもかからない役職に就いていたりと、長子から末子までバリエーション豊かな面々であった。


 この調子だと、城下町で宿屋をやってる奴の一人くらい、いるのかもしれない。


 今のご時世、石を投げれば、王族の傍系にあたる帝国であった。

 特に城内では、いまさら珍しくもない。


 現皇帝は上から何番目の異母兄なのだが、っていま言うまですっかり忘れてたよ。

 普段は意識していないのだ。

 下手すれば親子ほどに年が離れている。立場も離れている。

 自分からすれば、仕えるべき皇帝であり、上司であり、よく知らんおっさんである。

 先代側室の子供同志は、その数に比例して繋がりも薄かった。


 へたすれば側室の浮気や連れ子、つまり皇帝とは一切、血の繋がっていないやつもいるのである。



   + Scene.3 将軍職



 私が将軍になれたのは、たまたま軍に縁があり、戦果を上げ、部下と上司と人脈と運とタイミングが、うまい具合に運ばれただけである。

 噂されるような、神秘性も奇跡も持っていない。

 戦場では血も涙もない戦略で、敵と味方をドン引かせた。そしてその倍の功績を上げた。


 私を邪魔する人間は、軍内外、帝国内外に問わず、部下が寝首をかいたが。

 力に溺れて、人の情けを忘れかけているが。

 自分の体を、より強くするために、己と魔物を融合させて、人である事を捨てかけているが。


 この帝国内では、さして珍しくないのである。


 私の瞳孔はいつの間に、こんなに赤くなったのか、もう思い出せないほど馴染んでいる。

 肉体を魔物と融合させてから、私の目の色は魔物と同じになった。


 赤い双眼で、陰鬱きわまりない帝国城を見上げた。


 コウモリや竜の翼を持った使い魔が、今日も元気に飛び回っている。

 すがすがしい景色である。



   + Scene.4 暗躍貴族



「ふふん、相変わらず人でなしな道を進んでいるな」


 城内の赤絨毯にて、ある貴族の男が、気安く私に話しかける。鼻で笑いやがった。

 そいつは頭のてっぺんから足のつま先まで、流行の高級素材とデザインで固めていた。

 羽や宝石を施した帽子の下には、専属美容師が手塩にかけた金髪である。


 暗躍をもっとも生き甲斐とする貴族連中、こいつもその中の一人だ。

 父親や兄弟を毒殺しまくっている人に、人でなしと言われるとは心外。


「人でなしか。一人殺せば人殺しで、百万人殺せば英雄だとか、誰かが言ったな……」

「あのね。そういうのはもういいから」


 私の反論を、貴族はバッサリと切った。無慈悲である。

 そして、こちらの言い分を待たずに、怪訝に眉を寄せ、言葉を続けた。


「その顔色。いったい何を食ってるんだ」


 どの顔色だと言うのかね。

 確かに、人々が私を見る目は、なんだか最近、怖がっているが。

 私は自分の食生活を、しれり、と答える。


「人の生き血を一日三リットルほど」


 私の今さらの人道に踏み外れた行いに対して、貴族は一瞬沈黙した。

 かと思えば、いかがわしい目でこちらを見る。

「……いわゆる、おとめの血か」

 何故知っている。

 単なるカマかけであろうが、相変わらず侮れぬやつだ。


 己の強さを求めて魔族と融合を試みてから、私の食生活はガラリと変わった。

 人はこうして年齢を重ねてゆくのだろう。肉食から魚食へと変わるように。……ちょっと違うかもしれない。


「そう。いわゆるおとめの血だと、より望ましいな」

「このスケベ!」

「……スケベとは人聞きの悪い」


 ちうか人類みなスケベでなければ、こんなに大地にはびこっておらんわ。スケベは豊穣の象徴である。

 私は考えを飛躍させた。


「大体、生き血を一日に三リットルとか、集めるのも飲むのも結構大変なんだぞ。気が付いた合間合間に、ジョッキでコツコツと飲むのだぞ」


「いやそんな生き血のことを苦労話風に言われても」



   + Scene.5 生き血



 どうやら摂取すべき血の量は、含有する魔力量によるようだ。

 つまり、おとめの魔力が高ければ、私の飲む血は少ない。


 私は貴族に相談した。


「あの双子の片割れが、血をくれないものか」

憲兵(おまわり)さん、こいつです」


 貴族が遠くに控えている憲兵に向かい、軽く手を挙げた。

 私は貴族の肩を押さえて、止めに入る。


「待て。冗談だ」

「この城にいる、じゅうごさい少女の身はおれがまもる!」


 キリ、と良いおにいさんと変態の狭間を揺れ動く貴族に、むしろこっちが憲兵を呼びたくなった。



   + Scene.6 小鳥



 そういえば、この貴族には、社交界にも参加していない病弱な妹がいた。

 少し前に、人知れず亡くなったのだ。

 まだ、たったの……何歳だったかな、あの双子と同じくらいの年齢だった。


 ある日、貴族の屋敷に行ったら、飼われていた小鳥が、こう言ったものだ。


「オニイサマ」


 小鳥の鳴き声を聞いて、私は貴族を見ざるを得ない。


「おまえ……小鳥に何を言わせている……」

「妹が飼っていた鳥でね。勝手に覚えてしまったのだよ」


 貴族は、遠い目をしながらあさっての方角を向く。

 こっちの目を見て言え。そこの変態。


 この貴族の妹は、少し変わった体質であった。

 魔力に対して極端に弱く、魔物がそばにいるだけで体調を崩した。

 夜の明かりに、火でなければ魔法を使うくらい、魔力の浸透したこの世界では、さぞかし生きづらかっただろう。

 帝国内では、人に紛れて魔物が出入りし、辺境でさえ獣に近い魔物がはびこっている。

 つまり魔物のあふれたこのような世界では、貴族の妹はどこへ行っても、生きていけないのだ。


 貴族の妹は徐々に衰え、静かに息を引き取ったのだった。



   + Scene.7 対峙



 などなどと、在りし日の思い出が頭をよぎる。


 ここは帝国城である。

 最上階に近いこの部屋は、城下町を展望できる豪華な作りだ。

 ステンドグラスはきらびやかに、床に光を落としている。


 とりとめのない記憶に、私はつい笑った。


「──ふっ。王国の救世主……勇者よ。よくぞここまでたどり着いたな」


 私はこの展望の間で、勇者と対峙していた。


 外の戦場ではなく、城内で最後を戦うとは思わなかった。


 接近戦も得意であるし、魔物の力を付けたこの身である。

 ただの人間ふぜいの数人では、腕力も魔力も、私の足元に及ばないだろう。


 しかし、私はこの勇者に勝てる気はしなかった。


 城の内外は噴煙が舞い、雑兵はすでに城外へ避難している。

 大柱か土台が崩れたのか、大理石の床は何度も揺れた。

 爆発音が鳴り響き、シャンデリアも壁も絨毯も、贅をこらした調度品は、所々が崩れている。


 逆境も良いところでなのである。

 しかしこういうのも嫌いじゃないんだぜ。などと私は自嘲した。

 勇者を見ると、装備を調え、相次ぐ戦闘にも疲労を見せず、かえって集中力が研ぎ澄まされている様子だった。


 私は仰々しくもまがまがしい装飾の、愛剣を構えた。



   + Scene.8 べつのおはなし



 勇者は、仲間と数人がかりで私に攻撃を加える。

 ここにたどり着くまでに、何千もの帝国兵を、その数人の仲間で戦い抜いてきたのだから、文句は言うまい。

 第三段階まで、形態変化したのに。結局、私は負けてしまった。


 しかし、勇者の持った破魔やら祝福やらの仕込まれた、たぐいまれなるラグナロクな剣によって、私と魔物は、分離されたらしい。


 なんとか命は長らえている。

 しかし私は、手も足も、口も動かせなかった。


「あぶ」


 私の口は不明瞭にうめいた。


 ……なんだこの姿は。

 まるで子豚のようなもちもち肌に、短い手足ではないか。


 私の気配を感じ取った勇者は、魔物部分の私の残骸から、私をすくい取った。

 ステンドグラスからの光りは妙に輝かしく、私は白い布に包まれて、勇者に抱かれる。

 それはまるで、神々しい宗教画のような……ってなんなのだこれは。


 急激に腹が減ったし、とりあえず泣いてしまえ。


 かの将軍が赤ん坊になり、展望の間にて産声を上げたのは、


 ────またべつのおはなし。


 そんな顛末(てんまつ)にすっころんだ私を見て、遠くから貴族が生暖かあい目を向けていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ