間者のアンナちゃん
+ File.1 渡り廊下
「────あら、ウフフ。ごぶさたですね。いらっしゃい。
何が知りたいの?」
メイドのアンナさんは、私に対して、人なつっこくほほえんだ。
アンナさんは日当たりのいい渡り廊下にいた。
ここは帝国城の中で、もっとも人通りの少ない場所である。
陰鬱な城には珍しく、光りに満ちあふれた空間だった。
アンナさんは、古いカーテンに寄りかかっている。
渡り廊下はその明るさとは逆に、物理的な閉塞感があった。
換気も掃除もろくにしていないらしい。
ばら色の頬に浮かんだそばかすが、アンナさんのきれいな顔に親しみを加えていた。
+ File.2 アンナちゃんのプロフィール
「あら、今さらうふふ。そうですね、
両親は仕立屋で、兄と姉と弟と妹がいました。犬と猫を飼ってたの。
庭には二羽、にわとりが。
あら、本当ですよ。
もうみんな、いなくなってしまったけど。
魔物に殺されたのよ。今のご時世、珍しくもないですね。
あら、にらんでなんかいませんよ。
魔物が多くなったのは、今の皇帝になってからですね」
+ File.3 黒い双子について
「あの「帝国の救世主」のことですね。
これで何人目、だったかしら。
──あら、いえいえ。間違いなく一人目……というか一組目ですよね。
一年前のあれは、召喚の魔力が足りずに、召喚されたとたん魔獣が暴走して……、犠牲者も多くなって後処理が大変でしたね。
二ヶ月前のあれは、こざかしく立ち回って、下手に権力を持ちそうで目障りだからって理由で、多勢に無勢でほふりましたよね。
古の神殿を掘り起こしたかと思えば、なにが始まるのでしょうね。
えぇそうですね。命は惜しいので、この位にしときます。
あの双子のことですね。
ふつうの少年少女です。きっとよいご両親とご学友がお有りなんですね。
早く元の世界に返してあげればいいのにねっ。
目つきの悪さも、この帝国にはおあつらえ向きです。
雰囲気もあるし、男女の双子という相乗効果は抜群かと思います。
目鼻立ちもすっきりとしていて、人前に祭り上げられるのも、十分耐えうる容姿です。
成長途中の中性的な体は、マニア垂涎の
え? もうお腹いっぱいですか。そうですか」
+ File.4 王国の救世主
「こちらの双子よりもやや前の時期に、同じように召喚されたようです。
同じくまだ少女です。
好きな食べ物は、激甘、激辛、酸味と苦味。
極端なものを好むようですね。
護衛の一人に、大変懐いています。弱みを突くならここかと、乙女の勘が言っています。
最近の趣味は、野生動物の解体を覚えること。
野営が多いので、必然性もあるのでしょうね。
ただいま、立ち寄った村の少年を、魔物から助けられなくて傷心中。
精神的な弱さを攻撃するなら、克服をする前の、今がチャンスのようです。
星座とやらがアレで、血液型とやらがコレだそうで。
あ、情報の有用性がバラバラで分かりづらい。そうですか。
失礼しました。
まあ何に役立つか分からないので、一通りは聞いておいて損はないかと思います。
堅実な情報収集は、すばらしいことだと思います。にっこり。
イトコの神官からの直輸入なので、情報の正確性は保証しますよ。
つきましては、追加料として────」
+ File.5 「母なるなにか」とは
「あなたですら近づけない所を、私に調べさせるとは。
いくつ命があっても足りないわ。やり甲斐はありますけど。
……時間と料金がかかりますけど、それでもよろしいのなら。
────ハイ。毎度アリです。
今の段階で分かるのは、これくらいですよ。
史実を見るならば、
この世界が出来る前に、空から堕ちたものがあったそうです。
昔話では、それは万物の母となり、私たちを作ったと言われています。
空気も植物も、虫も動物も、すべてですね。
噂を見るならば、
ある将軍すじでは、かの黒い神殿を掘り起こした際に、壁に施された神話があったそうです。
その壁の神話を解釈して、帝国内の最北端にある永久凍土を掘り起こしたところ、驚きの維持状態の、生き物と思わしき何かを発掘したとか。
ある給仕すじによれば、近ごろ、皇帝の食の好みが変わったとか。
あと、皇帝が一人でいるはずなのに、会話をしているのが聞こえたそうですよ。
また、ネズミの数が異様に減ったようです。
誰かが、いえ何かが食べているのかしら。
ある研究者すじからは、空から堕ちたもの、というのは、他にもいた説があるそうです。
東の地の果ての海溝に、それが堕ちた可能性があるようよ。
あら、この研究者と連絡を取ってみますか?
ではその件については、後日また。連絡手段はいつもの方法で」
+ File.6 白魚の手
「────あなたの手は、いつも真っ白できれいですね。
まるで白魚のよう。
どんなお手入れをしているの?」
彼女は私を見て、赤毛を小さく揺らした。