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4.帰ります


   * * *   Act.16



 帝国の救世主に、王国の救世主。

 今さらイメージや象徴を祭り上げても、国力の差は歴然だったのである。


 帝国首脳陣の力なのか、各国の情勢なのか、その中の帝国の立ち位置なのか、私たちには分からない大きな流れによって、帝国は、確実に敗北への道を進めていった。


 直接の原因は、勇者と呼ばれる王国の救世主が、国内外に散らばる「魔物」と呼ばれる雑魚キメラ、幹部キメラを倒していった事。「魔物」の製造元であった帝国の城を、物理的に壊した事による。



   * * *   Act.17 帝国の最後



 城内は、どこかで火の手があがったようで、所々で煙を立ちこめさせている。

 私と正也は、最初に訪れた、あの禍々しい神殿へと急いで向かう。

 いつもは厳重な警備がされているのだ。行けるのは、きっと今しかない。


 私たちが呼び出されたあの時、神殿には、数百人もの中高年が集まっていた。

 私たちが元の世界に帰るには、恐らくあの時と同程度の魔力が必要だ。

 正也との二人だけで、あるいは合流する予定の菜々子さんとの三人だけで、それだけの魔力が補えるだろうか。

 魔力も、城が崩れるまでの時間も、はたして間に合うのだろうか。


 城の天井や壁は、所々がはがれ崩れ落ちている。

 沈む船からはネズミも逃げると言うが、城内に人は、ほとんどいなかった。

 私たちは駆け足で、階段を上がって下がって、吊り橋を渡って、地下へもぐって、フロアを横切って、階段を下って、を数回繰り返した。


 そしてようやく、あの懐かしい、おどろおどろしい神殿へとたどりついた。


 この世界の魔法には、呪文がない。

 意識の調整で行う。私と正也は、元の世界に帰る魔法を、ちゃんとに出せるのかな。

 魔力の量だけはお墨付きなので、がんばるよ!


 数刻遅れて、菜々子さんが追いついた。

 今さらだけど凄いな。一見(いちげん)で城外からあの迷路を通って、この城の地下まで追ってくるなんて。


「菜々子さん! 早く!」


 私と正也は、魔法装置のそばから、菜々子さんに手を伸ばした。

 神殿の装置は、すでに私たちがこの世界に来たときと同じように、訳のわからん蒸気を発している。きっともう、この装置をくぐれば、あとはすぐに元の世界だ。


 私たちは元の世界に帰れるのだ。


 しかし菜々子さんは、なぜか、後ろを振り返った。

 そこには、イノシシみたいな顔の騎士さんがいた。イノさんだ。質実剛健を表したような顔。鎧や顔はススや血で汚れている。きっとここまで、帝国の最深部まで、菜々子さんを連れてきてくれたのだ。


「菜々子さ」


 途中まで言いかけて、私たちは目に見えないはずの空気を読んだ。

 ひったりと見つめ合う、菜々子さんとイノさん。

 一瞬のはずなのに、なんていうかアレな永遠みたいな、なんつうか。



「……………………………………………………」



 察せざるを得ない、目で会話する雰囲気だった。

 私と正也は、気の利いた言葉も言えず、しどろもどろと、



「いや、あの、菜々子さんが幸せな方がいいですし……」

「そう……無理に、元の世界に帰る必要はないですし……」

「元の世界にこだわる必要も、そんな、無いですし……ねっ……」



 自分の事じゃないのに顔を赤くしながら、言葉をつなげる。

 菜々子さんは、自分の気持ちを見透かしたような私たちの言葉に、少し焦って表情を取り繕う。

 菜々子さんの皮膚の薄い頬が、桃色に染まった。 どうでもいい時にかわいいな。


 菜々子さんは、私たちとイノさんを交互に見て、静かに神殿の装置から足を離した。


 菜々子さんのたゆたう髪はきれいで、どこか現実味がなかった。

 今までの事は全部、夢オチだったんじゃないのか、とさえ予感させる。



「真沙子ちゃん、正也くん……」



 菜々子さんは、グロいデザインの魔法装置に手を添え、私たちを見送った。

「私はここから手伝うよ」


「菜々子さん……。城が崩れはじめてるから、気を付けて」

「ありがとう。菜々子さん」

「うん。真沙子ちゃんも正也くんも気を付けて。……ありがとう。 元気でね、気を付けて」


 菜々子さんは、いつもの笑顔で私たちを見送った。

 その表情は、別にいつものデフォルト無表情笑顔だったのだけど、菜々子さんの見慣れた表情に、私たちはかえって安心した。


 菜々子さんはどうして、おかねもち名門私立校に通いながら、以前私たちに「元の世界ではもう身内がいない」と言ったのか、分からない。

 いつも自暴自棄じみた行動で、自分の身を危険にさらして、この世界のあちこちを駆けまわって、その空虚な気持ちを推し量ることもできない。


 まあ、人にはそれぞれ事情があるものだ。 私は、菜々子さんに笑い返した。



   * * *   Act.18



「菜々子さんて、な、中身で人を選ぶ人だったんだね」

「う、うん……。良い人……だよな……」

 私たちは、目の前で行われたラブラブしい展開に戸惑いを隠せず、婉曲な表現を重ねて逆に失礼かもしれない感想を、ぎこちなく述べた。


「……えーと次元と座標と、時間軸の調整とやらを……」

「菜々子さんとの、打ち合わせ通りの感じでな」

「そうだね」


 ここまできて、オチが時空の狭間で迷子だなんて、シャレにならない。

 私と正也は、年甲斐もなく手をつないだのだった。



   * * *   Act.19



 気が付くと、私たちは、召喚される直前までいた公園に立っていた。


 時刻は夕方。下校の近道として、横切ろうとした、小さい公園である。

 私と正也は、公園に入る、短い階段を下りている途中だった。


 自分たちのカバンが地面に落ちている。

 今落ちたのか、さっき落ちたのか分からない。

 遠くでカラスが鳴いている。風が吹く。どこかのお家のカレーの匂いだ。

 今日はカレーが食べたいな。



「……」


 

 私たちは帰ってきたのか。帰ってきたのだ。


「あれぇ、真沙子、正也。どうしたのー?」

 友人が自転車をキッと止めて、私たちの後ろ頭に声を掛けた。

 日常だ。


「手なんか繋いじゃって。UFOでも呼んでるの?」


 軽口を叩く友人。日常だ。

 なぜUFO。本当に呼んでやろうか。このやろう。呼べないけど。

 しかし私は思わず、友人に抱きついた。


「うわあん!」


 ガッション


「うお!」

 自転車と友人が横転しそうになる。


「大変だったんだよ、何か色々、大変だったんだよっ!」

「本当に、色々とあれがこう色々とな!」


「お、おう……」


 まくし立てる私たちに、友人は思わずびびる。

 私と同じ真っ黒い制服の友人。その後ろにある、もうすぐ沈む夕日が、目にまぶしかった。



   * * *   Act.20 エピローグ



 菜々子さんはこれからもあの世界にいて、そして救世主として……、幸せに過ごせるのかな。分からない。


 フローラおばあちゃんは、無事に疎開できたのかなぁ。

 メイドで実はスパイのアンナちゃんは、うまく逃げ切ってそうだ。


 赤い瞳のカリスマ将軍さんは、きっと責任を取らされる。それとも、もう既に討ち取られたのかもしれない。

 添えられた皇帝さんは、干物のような姿で衰弱死してたと噂に聞いたが、そのあとすぐに城から火の手が上がったので、真偽は分からない。


 たたき上げのライオン将軍さんは、城と共に没したのだろうか。数十人の部下に取り囲まれているのを見たのが最後だが、仮に生き残ったとしても、あの戦い好きの将軍さんは戦いの鎮静化した世界で生きてられるのかなー。


 黒幕紳士の貴族さんは、最後の詰めに失敗したようで、人気の無くなった城の大広間に突っ立っていた。 何だかんだで、人好きのする性格だったなぁ。 その傍らには、貴族さんの側近の人が三人、忠犬のように控えていた。


 帝国民のみなさんたちは、菜々子さんが悪いようにはしないと思う。


 私たちはあの世界で、何らかの役に立ったのだろうか。分からない。

 とりあえず、こっちの世界では役に立たないものばかりと、ふれあった気がする。魔法とか。

 私たちはあっちの世界で、力が足りなくて、振り回されただけで、正義の味方でも悪の使者でもなかった。


 でも菜々子さんは美女と野獣で乗りきってください。


 私たちも受験を乗り切ります。

 おっと現実を思い出したら鬱々してきたよ!



 私は、何とも言えない思いを抱きながら……沈みゆく夕日を見つめた。



 カラスがぎゃあぎゃあと鳴いて、血のように真っ赤な夕日をあびながら、私たちは今日も不本意にも不穏です。



   * * *



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