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3.王国の救世主 「菜々子さん」


   * * *   Act.13 王国の救世主



 ある日、王国からの使者が来た。


 どういう政治的思惑か分からないが、「王国の救世主」と称する使者が、帝国を訪問したのである。


 帝国の救世主に会いに来た、王国の救世主。なんなのこの世界。


 私たちは、半ばあきれながらも、この訪問になすがままでいた。

 いちおう正式な手順を踏んだ訪問のようだ。城ではなく、国境に近い帝国領土内の、なんか豪華な屋敷で会う事になったよ。

 この訪問のセッティングには、白魚の手をした黒幕紳士の貴族さんが一枚噛んでるらしい。

 ……逆らわないでおこう。そうしときゃ間違いない。


 自分で言っちゃ何だが、私たちはお飾りなので、王国のひとたちが会う意味なんて、無いと思うんだけどなー。

 まあ帝国側としては、そんな双子が「王国側」に取り入られても、それはそれで困るのだろう。 王国からの訪問を待ち受ける屋敷の内外には、人に似せた魔物が、所狭しと配置されていた。


 魔物は屋敷に訪れた王国の一団を、超 威嚇した。


 しかし王国の一団は、そんな魔物の威嚇に対して、しっかりとした足取りで道を進ませてゆき、昨日今日魔物に対峙したのではないと思わせる。

 王国の使者の一団は、思ったよりも少人数だった。

 私と正也は、先に応接室で待っていたのだが、そこに入ってきた人たちも、合わせて三、四人程度である。

 帝国側は、その数倍の人数で訪問者を迎える。しかも強面揃い。 圧迫面接もいいところである。 私も一応帝国側なのだが、感じの悪さに居心地が悪い……。


 ふと、私は、部屋の暖炉の上にはめられてある、大きな鏡を見た。

 すぐに自分の姿が見つけられないほど、私の悪人面は、この魔物集団に馴染んでいたのだった。

 自分の白い顔を、手のひらでそっと覆い、涙なんか出ない。出ないんだからね……!


 正式な訪問とはいえ、この応接室は、派手なパレードや催し事など一切関係ない、会議室のような静かな部屋だ。


 そんな事よりも。

 私と正也が目を見張ったのは、恐らくこの人物が「王国の救世主」と思われる少女。



 その制服は…!



 まごうことなき、元の世界の学生服。

 さすがにマニアじゃないので、学校名までは分からないけど、この世界にはない、白の靴下に茶色いローファー。

 規定通りに着衣する様子に、相手の品行方正ぶりがうかがえる。


 真っ白い制服に、色素の薄い髪の毛、人畜無害そうな、たれ目の美少女。

 私たちよりも一つ二つ年上の女子高校生だった。


「あ、セーラー服に学ラン…!」


 白い制服のおねえさんも、元の世界を表す私たちの制服に、思わず声を上げる。おねえさんは、見た目通り声まで柔らかい。


 私たちと「王国の救世主」の心の距離は、一気に縮まったのである。


 おねえさんは菜々子さんと言って、今から数ヶ月前に、王国にある、天空の神殿に呼び出されたのだと言う。

 私たちは真っ黒い神殿で、菜々子さんは天空の神殿か……。

 世の中、人智を越えた域でうまくできてるものである……。私たちは、フローラおばあちゃんのように優しい菜々子さんに、つい遠い目をしてしまう。


「真沙子ちゃんと正也くんは、二人でいると、ますます雰囲気があるね」

「よく友達から「二人が揃ったら、なにか禍々しいものが呼び出されそう」って言われてました……」


 ご覧の有様だよ!


 護衛の魔物数人を背景に、トホーっとした私たちの肩を、菜々子さんは無言で慰めた。

 菜々子さんはなにげに、ふっくらキュッとした体型をしています。同性とはいえ、スキンシップに悪い気はしません。

「……分かる、分かるよ……! 見た目がなんだって言うのだよね、コノヤロー」


 ……菜々子さんは菜々子さんで、思う所があるらしい。まあ私の目には、一回転して、やはり人は見た目が九割にうつるのだけど。



   * * *   Act.14 帝国のしてること



「ところで、真沙子ちゃんと正也くんは、帝国が何をしているか、ちゃんと知ってるの?」

 菜々子さんはキュッと私たちを見つめた。

 キッではなく、キュッて感じである。主に結んだ口の形が。

 仲良しになった私たちに、キュッとするとは、帝国は許し難い所業を行っているのだろう。


 私たちは、帝国が何をしているのか、全く知らない。


 言われた事をこなすだけで、きっと私たちは、帝国の悪事に荷担しているのだろう。

 帝国が善行してたら、逆にびっくりだよ。


 しかし……私たちは帝国に協力しなければ、この世界で生きていけなかったのだ。


 帝国からの仕事が、自分たちの手を汚す物ではなかった。というのは、私たちが帝国を拒否しない、大きな理由ではある。

 でも、もし私たちが帝国を拒否したら、帝国城から逃げたら、と全く考えなかったわけではない。


 もし、私たちが帝国城から逃げたら、帝国はきっと、私たちを始末するための刺客を差し向けるだろう。

 帝国の中枢を見た子供をほっとくほど、越後屋さんも中高年のひとたちも、「社会見学楽しかった? また来てね♪」と言ってくれるお人好しには見えなかった。


 私たちは恐らく、この魔力があれば逃げ切れる。

 でも逃げ切れたとしても、逃げたその先で、この世界で、ご飯を食べていけるだろうか。元の世界に、また帰れるのだろうか。

 働いても奪っても、どっちにしても、追っ手とまわりを巻き込みながらの生活が待っている、と思う。


 そんな大冒険を試みる覚悟は、私には無かった。 言い訳のようだが、その先も想像する。


 私たちがいなくなったら、きっと帝国は、あの神殿から、また私たちの代わりを召喚するだろう。

 その再び召喚された何かが、今度こそ、本当に悪意を持っていたら? 高い魔力を使って、本当に悪いことをしたら? 帝国はますます混乱するのかも?

 それとも、私がそんな予想をして、こんな風に、暗に帝国に抵抗してても、焼け石に水なのかも?



 私たちは、菜々子さんの問いに、後ろめたい気持ちをつかれ、言葉をつまらせる。

 その様子に、菜々子さんは自分の質問に対する答えを得て、話を進めた。

「……私もまだ予想でしかないけど、帝国は、この世界中に魔物をまき散らしているわ。

 要所要所に魔物の幹部を置いて、魔物全体を、組織立てているの」


「…魔物……」


 私はちらっと護衛の魔物たちを見る。

 魔物たちは、私たちとは少し離れて、こちらを見張っている。菜々子さんは声を小さくした。


「どこまでの繋がりか、分からないけど、強い繋がりがあるのは確かよね」

「まあ、ご覧の通り、護衛にも使っていますしね……」


「帝国がこの世界を、支配したいのか滅ぼしたいのか、よくわからんけど、そんな段階よ」


 菜々子さんは端的に説明して、私たちは相槌を打った。

 魔物も見張ってるここでは、うかうか菜々子さんに教えられないけど、「母なるなにか」もいますしね。あれの禍々しさは確かに、この世界を滅ぼしちゃいそうな勢いではある。

「真沙子ちゃん、正也くん。気を付けてね」

 菜々子さんは、心配そうにそう言い残して、今回の訪問は終了した。



   * * *   Act.15 訪問を重ねる



 私たちと菜々子さんは、それからも連絡を取り合い、都合がつけば直接会ったりもした。

 この世界に関係のある話や、関係のない話をしたけど、多くは息抜きの雑談である。菜々子さんは全国各地を飛び回って、魔物退治をしているらしい。忙しそうだ。

 菜々子さんはとても強い。

 それは、アンナちゃんからの噂もさることながら、実際に会ってみて、肌に感じるこの魔力の強さは、私たち二人分かそれ以上である。


 王国側の顔ぶれも、毎回ほぼお馴染みであるので、ある程度覚えてきたよ。

 イノシシのような顔をした、護衛か騎士の人が毎回、欠かさずにいた。きっと菜々子さん専用の護衛なのだろう。


「イノさんと言います。強くてかっこいいよ!」


 菜々子さんが憧れの人を見る目で、イノシシ騎士さんを説明してくれた。

 ……イノシシ顔のひとにイノさんとは……。


「な……なんというあだ名ですか……」

「ほ……本名だよ?……」

 微妙な顔をした私に、菜々子さんも思い当たるふしがあるのか、絶妙な表情をしながら答えた。


「…………覚えやすい名前でいいですねッ」

「……短くてなッ」


「うん……そうね……」

 菜々子さんはそう言って、ことの成り行きの全てを包み込むような、ほんわかした笑顔をする。

 何度か話しをして分かったんだけど、菜々子さんは基本的に、ほんわかという名の無表情だ。むしろ精神的には男らしいというか、お母さんをすっ飛ばして、お父さんのようですらある。

 さっき初めて少女らしい表情を見たよ。


 菜々子さん……。……幸せな結婚ができそうな、異性の好みですね。


 私はイノシシ騎士さん、イノさんの近くに立って、イノさんを()めつ(すが)めつ観察した。 気は優しくて力持ちみたいな雰囲気だ。 近くに蝶々も飛んでるよ。

 そんな私を、イノさんは特に追い払う様子もなく、一瞥してのんべんだらりと警備を続ける。

 ほのぼのとして、うららかな日和である。


 私たちの少し離れた所では、正也と菜々子さんが雑談をしている。

 元の世界に帰るための、打ち合わせをしてるのかもしれない。


 ピーッ チチチ……


 鳥の声と爽やかな風。 この世界のどこかで戦争が起こっているだなんて思えない空である。

 ──私たちの後ろでは、帝国からの護衛の魔物たちが、赤々と目を光らせていますけどな。全体的にシュールです。


 黒い服と白い服の二人が、屋敷の庭園を歩いている。正也と菜々子さんだ。

 ふたりが並ぶその光景は、黒いツンツンした髪と、茶系のフワフワした髪で、つり目とたれ目。ちょっと笑ってしまうほど対照的である。

 二人の中身への言及はしない。しないったらしない。

 無駄に険悪な表情と、無駄に柔和な表情。身長差もまま理想的である。

 私は新たなコンビ萌えを開拓しそうだ。身内であろうが、娯楽に利用できる物は利用するよ。


 イノさんは、そんな黒い白い少年少女を、しょんぼりしながら見つめている。

 ──はあ。これは。


「正也の守備範囲は五十歳以上なので……だいじょうぶですよ、たぶん」


 私のアドバイスに対して、イノさんは、正也と菜々子さんを、色んな意味で二度見した。

 なにが大丈夫なんだろうな。正也の将来は大丈夫じゃないよな。いや、別に好みの問題なのでいいんだけどさ……もう。

 ふふっと、どこか投げ遣りな私のほほえみに、イノさんはふわっと赤面した。 おっと、あまり嬉しくないピンク色である。


 イノさんは照れて、わたわたと両手を否定に走らせる。 菜々子さんへの好意が丸分かりで、なにこのイノシシさんかわいい。


 このイノシシさんは良いイノシシさんだ。


 心温まる収穫を、得たり得なかったり、しながら、私たちと菜々子さんは情報の示し合わせを重ねていった。

 いやちゃんと、真面目な情報も示し合わせていきました。



   * * *


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